REGAL GAME | ナノ


▼ 16.起死回生

俺がケイサツだとバレてからの数日間、赤司を警戒する事だけに全神経を注いできたが、結局赤司が挑発以外の何かをして来る事は無かった。やはり所詮は中学生、犯罪紛いの行為に手を出す事も無ければ人を雇ってそれをさせる事も無い。最終日までこのまま硬直状態を続けて勝利する気なのだとしたら、俺は残りの日数と前金全てを使って最後の賭けに出るだけだ。

全ての決着は最終日につけてやる。

自宅のパソコンに、一通のメールが届く。それを確認し俺は口角を上げた。俺は勝つ。どんな卑劣な行為を使ってでも。勝って赤司に地べたを舐めさせてやる。


そしてついに、その日がやって来た。





携帯の時計を確認して溜息をひとつ吐いた。

「ふぅ、行くか。」

10月31日、土曜日。今日の午後5時で遂にゲームが終わる。俺は決意と共に重い瞼をゆっくりと開けて部活動へと向かった。

いつも通りと散々苗字に言い聞かせて来たが、今日をいつも通り過ごすというのは俺でも些か難儀だった。このまま何事も無く今日が過ぎれば一番良いが、残念ながらそうは行かなさそうな雰囲気をピリピリと感じる。言ってしまえばただの勘なのだが、俺には今日戦況が動くという漠然とした確信があった。

周りを最警戒で歩き、校門を通り過ぎ、閑散とした校内を歩く。職員室の扉を開ければ、そこには真田先生がいた。

「おはようございます。コーチ。」
「ああ、赤司か。おはよう。」
「体育館の鍵、お借りしますね。」
「ああ頼む。俺も支度したらすぐ行く。」

視線だけを動かし斎藤の机を確認するも、出勤している様子はない。まだ来ていないのか。俺は真田先生に一礼をし、体育館に向かった。

「あ、赤司くん。おはよう。」
「苗字、」

体育館の前には既に苗字の姿があって、廊下を歩く俺に気付くとニッコリと微笑んだ。

「今日も早いな。」
「今日は部員が揃う前にボール磨きをしようと思って。さつきちゃんは他校に偵察に行く日だし、少し早めに来たの。」
「そうか。いつもありがとう、助かっているよ。」

いつも通りのやり取りの中にアイコンタクトを織り交ぜて、特別なやり取りをする。苗字に緊張は見られなくて、ここ1ヶ月で大きく成長した姿に感心を通り越して感服してしまった。

ゲームが始まる前のあの頃が懐かしい。俺は苗字を『人並み以上に他人に尽くす真面目で細やかな人間』と評価し、その人柄に少なからず惹かれていた。しかし、ゲームを通してその認識は間違っていたと気付かされた。
曜日毎に変えられていると思っていたドリンクは、実は個人毎の体調の変化に合わせて調整されていた。栄養補給の為の食べ物も、部員の好みを把握し作られていた。それを誰にも気付かれること無く、主張することも無く、黙々とこなしていた苗字の健気さを知った。

何やら、人が恋に落ちる為には『自分に無いものを持っている』『自分を認めてくれる』『助けになりたいと思う』という条件が必要らしい。以前読んだ恋愛小説を思い出し、思わず自嘲した。こんな時に何を考えているんだ、俺は。

今日はゲーム最終日だ、少し感傷的になるのも無理は無いのかもしれない。
兎にも角にも先ずは部活だ。吐く息とともに気持ちを切り替える。段々と集まり始める部員に集合の指示を出し、俺は部長としての仕事に就いた。





段取りは順調だった。金曜日の夕方にこっそりと真田の席から盗んだバスケ部の予定表をもう一度確認し、請負人にメールで指示を出す。送信を確認すれば、携帯をしまいゆっくりとした足取りで校内に入った。

『午後4時、各自ランニング及び自由練習。監督・コーチは別室にてミーティング』、予定表にはそう書かれていた。各自自主練習、そして教師陣は別室となれば、部員が一人消えた所で誰にも気付かれまい。実行するならここしか無いと、俺は起死回生の作戦を練っていた。
作戦に取れる時間は1時間。だが勝機はある。俺だって教師である以上中学生に手荒な真似はしたく無かったが、仕方が無いのだ。これは恐怖によって心を支配されるゲームなのだから。俺は悪くない。

「…はははは、」

赤司が泣いて助けを請う姿を想像したら笑いが堪えきれなかった。とうとう俺は壊れてしまったのかもしれない。酷く開放感があった。

もう良いんだ。勝てば。勝った者が正義なんだ。

腕時計を確認すれば時刻は15時50分、そろそろ時間だ。俺は震える手を握りしめて体育館に向かった。





「おーい、赤司っち!なんか斎藤先生が呼んでんスけど。」

それは各々で苦手分野の自主練をしていた最中、黄瀬が扉を指差しながら俺の元に近付いて来た。

「…来たな。」
「ん?なんスか?」
「いや、なんでも無いよ。」
「つかなんで斎藤先生?赤司っちなんかしたんスか?」
「さあ、なんだろうね。俺は少し席を外すから、もし指揮が必要になったら緑間に頼んでくれ。」
「あいよーっス。」

黄瀬は特に気にする様子も無く自分の練習に戻って行った。扉の方を垣間見れば、斎藤は極力目立たない様に扉の陰に隠れている。俺は毅然とした態度で彼の所に向かった。

「斎藤先生、何かご用ですか?」
「黙ってついて来い。用件はわかるな?」
「!」

斎藤の懐には柄物が握られていた。何も知らない部員の前で血生臭い行為は勘弁願いたい。館内をチラリと見やれば、他の部員はこちらには目もくれず自主練に集中している。時刻は…午後4時。思ったより遅かったが想定内、むしろ好都合だ。

斎藤は目にクマを作り狂気染みた顔をしていた。負ければどうなるか分からない。なら最後に暴れてやる、といった所か。哀れだな。

「早く済ませましょうか。」
「妙な真似するなよ。」
「分かっていますよ。」

元より抵抗の意志は無い。両手を顔の辺りに挙げながら大人しくついて行けば、連れて来られたのは主に外掃除で使う用具が置いてある校舎裏の倉庫だった。

「それで、俺に何か……ッ!」

突然、思い切り腹を蹴られ倉庫内に押し入れられた。中には学校関係者とは到底思えない強面の男が身を潜めており、屈む俺の前に立ちはだかって逃げ場を遮る。腹の痛みに耐えながら体勢を立て直そうとするも、男の素早い動きに腕を封じられてそのまま右手で頭を強く地面に叩きつけられた。

「そのまま拘束しろ。」
「オーケー。」

俺の抵抗も虚しくあっという間に手首を縛られ、ついでに胴体をグルグルと縄で固定される。プロの拘束術に俺は状況も忘れてうっかり感心してしまった。

「ほう、素人とは思えない手付きだな……ぐっ!」
「余計な口叩くんじゃねぇ。」

強く縄を締められて腕に縄が食い込む。仕方が無いので斎藤の言うとおり余計な口を叩かず軽蔑の目を向けてやると、奴は愉しそうに笑った。

「クク、期待通りの顔で嬉しいよ、赤司。」
「それはどうも。」
「おい、斎藤さん。依頼は済んだぜ。報酬を…」

話ぶりからして雇われのヤクザか何かだろうその男は、斎藤から報酬を受け取ると足早に立ち去って行った。成る程、ゲームの詳しい事情を聞かず“赤司”を襲う依頼を引き受けたのか。とはいえ、出来て拘束までとは情けない。そんなに“赤司”が怖いのか。何にせよ、人を雇う相場についてはあまり詳しく無かったので今後の参考になった。
斎藤は恐らく前金すべてを支払い、ギリギリまで時間を使った作戦を立てて来ている。要はそれだけ必死って事だ。

…良いだろう、そんなに僕と遊びたいなら、遊んでやろうではないか。

僕はケイサツを挑発する為、哀れむような顔を作って微笑んだ。





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