REGAL GAME | ナノ


▼ 14.特定

私の手に握られているのは、午前0時13分を指したままで止まっている壊れた腕時計。ノートに記載されている車種と駐車場の配置図を机に並べて、私達は二人してしたり顔を浮かべた。

「この時計以外はみんな9時前後には止まっていたよ。この黒い車の持ち主がケイサツで間違いないと思う。」
「そうか。無事やり遂げられたようで良かった。こちらもどの教師がどの車種に乗っているかの特定は済んでいる。」
「どうやって調べたの?」
「事務職の女性に色目を使った。」
「ぶっ!!い、色目ですか。」
「『自動車産業のレポートの参考にしたい』って言っただけだよ。あ、ちょっと上目遣いもしたかな。しかし、個人情報を簡単に教えるなんて社会人としてどうかと思うけどね。」
「…。」

自分の魅力さえ意図的に使ってしまう赤司くんの清々しいまでの潔さに、私はもはや呆れを通り越して尊敬の念すら抱いた。赤司くんは自分の認める仲間以外にはとことん無関心だ。そのあまりにも違う態度に、時々彼が怖いと感じる事さえある。

「あの、それでこの車の持ち主って一体誰なの?」
「聞きたいか?」
「え?うん。あ…」

聞きたいか、というのはすなわち“聞いてもその人物と平然を装って接することが出来るか”という意味だと私は察した。ケイサツが教師であれば授業等で頻繁に関わる事もあるだろうから、赤司くんはそれを心配しているのだ。でも教師すべてに注意を払って疲弊するよりは、一人に注意を絞った方が私にはずっと良かった。

「うん。やっぱり聞いとくよ。」
「わかった。…ケイサツは、斉藤先生だよ。」
「!!さ、斉藤先生…」

私は吃驚したと同時にもの凄く納得してしまった。斉藤先生なら、もともと表情が固いから動揺しても分かり難そうだ。それに動揺する斉藤先生なんて想像できない。私の中での先生は、赤司くんと少し雰囲気が似ている印象だった。

「そうだ。私、昨日先生から赤司くんの事聞かれた。」
「なに?それで、大丈夫だったのか。というか何故それをすぐに報告しないんだお前は。」
「するつもりだったよ!でも先にケイサツの正体を聞いた方がいいと思って後回しにしちゃったの。先生、赤司くんの朝礼での事を聞いてきたよ。」
「それで?」
「赤司くんは普段はあんなこと言わないんですけど…って言っといた。」
「…。動揺しなかったのか。」
「ふふ。それは勉強の成果です。」

私は鞄から心理学の本を数冊取り出し、自慢げに赤司くんに見せた。それから、本のポイントをまとめたノートもついでに見せる。

「私、ここ最近図書館で本を借りて暇な時に勉強してたんだ。主に仕草で分かる感情について。瞬きの回数とか、知っていれば意図して出来ると思って。」

赤司くんはしばらく黙って机に置かれた数々の本を眺めていた。ちょっとは褒められるかも、なんて期待をしていただけに、彼の怪訝そうな表情が私を不安にさせる。不快にさせるつもりは無かった、ただ認めて欲しかっただけなんだけれど、この人を感動させるとなるとやはり中々一筋縄ではいかないようだ。

「これを、意図してやったのか。」
「は、はい。まぁ…。」
「凄いな。」
「え!?」

唐突に褒められた。

「俺は、苗字はもっと臆病な人間かと思っていた。何も出来ない苗字に一方的に頼られてゲームに勝利して、それでいいと思っていたんだが。」
「酷い物言いですね…。でもそれって、見直したって事?」
「ん、」

赤司くんが優しく、ふわりと笑った。

「今は、とても頼もしく思うよ。」

その言葉に、私は胸に込み上げてくる感情そのままに手放しで喜んだ。





10月19日 月曜日。
職員室にはカタカタとパソコンを叩く音と用紙が擦れる音のみが響く。俺も例に違わずロボットのように無心でパソコンを鳴らした。

12時間と決めた残業を使い切り、それでも見付からない生首に、俺は焦りを隠せずいた。全個人ロッカーはすべて調べ終わった。が、生首はおろかハンニンの手掛かりすらゼロという始末だ。このまま何も進展が無ければあっという間にゲーム終了となり、俺は敗者となってしまう。
負ければ口封じに始末されるか、海外に売られるか。本物の富豪の仕出かすことは俺には分からないが、どうせ傲慢で不遜な奴らばかりの世界だ、碌な事にはならない。きっと今この瞬間も俺達の知らないところでゲームを観戦して楽しんでいるのだろう。この俺が他人に弄ばれほくそ笑まれているのかと思うと反吐が出た。

キョウハンを作ることによってケイサツが圧倒的不利になる事は分かっていたが、まさかここまで追い込まれるとは。どうにかしなくては。どうにか。

「斉藤先生。」
「…っ!」

俺は無意識のうちに進めていたタイピングを止め、声の方を見上げた。

「斉藤先生、顔色が優れないようですが、お疲れですか?」
(あ…、)

――赤司征十郎!

奴は俺を嘲るように見下していた。表情を取り繕って、見上げる俺に影を落とす。俺は見開きそうになる目を無理矢理瞬きで押さえつけて平静を装った。

「何の用だ。」
「いつもノートを集めている生徒が他の先生に呼び出されていたので、代わりに俺が引き受けました。ノートはここに置いておきます。」

赤司は淡々とした手つきでノートの束を机の端に置いた。そこに緊張も動揺もみじんも感じられない。俺はその様子をただじっと見つめていた。用事を終えた彼は「あ、そうだ」とまるで今思い出したかの様に装い、俺に言う。

「先生、夜遅くまで残業ご苦労様です。探し物は見つかりましたか?」
「――っ!!」

俺は一瞬息が出来なくなった。探し物、生首の事か。

(バレている。俺の正体が。何故。いつ。)

混乱のまま赤司を見続けていると、赤司はそのまま振り返って何事も無かったかの様に俺の元を離れて行った。失礼します、といつも通りに職員室を出ていく赤司の、能面のような顔が頭に張り付いて離れなかった。



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