REGAL GAME | ナノ


▼ 13.安心

10月15日木曜日、2時間目中休み。
前4日間で残業申請をして全個人ロッカー、それに各部活動のロッカーまで探したが、未だに生首は見付かっていなかった。もう15日だぞ。いい加減生首を見付けなければ最悪強硬手段に出ざるを得なくなる。
俺はもう既に9時間ほど業務と関係無い残業を取っており、今日残業を取れば足して12時間になる。流石にこれ以上は校長に怪しまれるか。かといって生首が見付からない以上何らかの対策を練らなければ待っているのは敗北だ。

(ああイライラする。)

ガンガンと規則的な音が聞こえると思って我に返ればそれは自分の貧乏揺すりの音だった。そんな事すら気付かないほど余裕が無くなっていたのかと自分で自分に吃驚する。でもそれ以上に、隣の席の教諭に「少し休んではどうですか?」と心配されてしまった事の方が吃驚した。

落ち着け、焦るな。赤司は俺が作戦を見破ったお陰で教師=ケイサツだとは認識していないはずだ。警戒されていない以上生首を探す手段はまだある。俺は逸る気持ちを抑え、飲みかけのコーヒーを一気に煽った。

「失礼します。」

気分を入れ替えるため少しボーっとしていると、後ろの扉から一人の女子生徒がノートを抱えこちらにやってきた。

「斉藤先生。数学の宿題のノート、クラス分集めました。」
「ああ。そこに置いておいてくれ。」
「はい。」

毎回宿題のノートを集めさせている女子生徒が、今日もいつも通りそれを持ってきて机の端に置いた。確か名前は、苗字…だったか。
成績優秀、真面目で素行不良も無く教師にも従順。こういう生徒は割と嫌いではない。そういえば、こいつはバスケ部のマネージャーで赤司と面識があったはずだ。ただ生首を探し回っているより、多少のリスクを承知で赤司の事について探る時期に来ているのかもしれない。それに、赤司と面識がある以上こいつだってハンニンの可能性はある。俺は自分がケイサツだとバレない範囲で、この生徒に質問をしてみる事にした。

「お前は確かバスケ部だったな。」
「あ、はい。男子バスケ部のマネージャーです。」
「赤司、あいつはいつもああなのか?」
「…え?」

生徒は首を傾げた。こいつがハンニンでなくともいい。せめて赤司の情報を探れれば勝つ為の取っ掛かりになるかもしれない。それに、もしこいつがハンニンであれば、こんなに旨い話はない。

「あの、どういう意味でしょうか?」
「この前の朝礼での言動、他の教員は笑って済ませていたが、あのような場でふざけた発言をするものでは無いと俺は思っている。もし普段からあのような態度なのであれば指導が必要かと思ったんだが。」
「ああ、例の…。」

俺は目の前の女子生徒の顔色をじっくりと伺った。目線を左上にずらす仕草。これは過去の記憶を思い出している証拠だ。それから瞬きの回数。1分に約20回ってところか。至って平常心だ。不審な動作も特に無い。

「本人は『前に見たDVDの真似』って言っていましたが、でも普段はそういうことを言うタイプではありませんよ。むしろ真面目で節度ある人だと私は思います。」
「そうか。」
「斉藤先生がおっしゃっていたこと、赤司くんに伝えた方がよろしいですか?」
「いや、いい。」
「わかりました。それでは、失礼します。」

女子生徒は愛想良くお辞儀をして職員室から出て行った。ふう、と重力を吐き出すように溜め息を吐く。背もたれに体重を掛ければ安物のオフィスチェアが軋んだ。何の収穫も得られなかったが、何故かなんとなく気が楽になった気がした。人から笑顔を向けられるなんて、そういえばしばらくなかったな、と俺は感傷に浸る。皆俺と喋るときは緊張気味に、顔色を窺うように話す。家出直前までは、妻ですらそんな調子だったような気がする。

(今日の俺はどうかしているな。生徒の愛想笑いに安心しているなんて、相当疲れているようだ。)

落ち着いた女子生徒の雰囲気が、出会ったばかりの妻に似ていると、どこかで考えている自分がいた。最近は残業続きで、仕事と捜査に追われ碌に休めていなかったからこんな事を考えるのだろう。

今日で残業も最後だ。
俺は無理矢理体を起こし、最後の残業申請書を校長の机に提出した。





10月15日木曜日、私はたくさんの腕時計を持って校舎裏へ向かった。一昨日新たに立てたケイサツ特定作戦の概要を頭で整理しながら足を進める。

ケイサツは生首を探す為、誰よりも遅く校舎に残っている。つまり、教師の中で一番帰りが遅い人物を特定出来れば、自ずとケイサツの正体が分かるという事だ。
教師が推定12時間の残業をすべて取り終えるまでに突き止めれば作戦成功。赤司くんとの一昨日の会話を思い出す。

『ケイサツはしばらく連続して残業を取ってくると思う。』
『私達が作戦失敗したと思っているから、安心して残業を取ってくるんだね。』
『そう。そしてその油断を逆に利用する。』

昨日1日で準備を整え、今日作戦を実行すれば明日にはケイサツが特定出来る、赤司くんはそう言っていた。昼休み終了まであと15分。まだまだ時間に余裕はある。気配に気を付けて、少しでも変な感じがしたら絶対に続行しない。
辿り着いた駐車場で、私は足を止めた。

『これは想像に過ぎないが、ケイサツは多分徒歩か自家用車通勤だ。』
『え、どうして?』
『電車通勤だと遅くまで残業が出来ないから。』
『あっ!終電ってことだね。最寄駅の終電は大体11時半だから、9時半頃の警備員の見回りの後捜査するとしても約2時間しか時間が取れない。それだと残業を12時間取り終えるまでに結構日数がかかっちゃうね。』
『そう、その割にケイサツが動き出したのはゲーム中盤だ。まぁキョウハンを恐れて動けなかった可能性もあるから、あくまで想像だが。』
『うん。でも私も何となくその意見に賛成かも。なんか、ケイサツには必死さみたいなのがそこまで感じられないというか…』
『そうだな。必死になればどうしても冷静さが欠けてくるものだが、ケイサツはしっかり紙片を見付けて来た。』

ケイサツには毎日が残業が取れる保障なんてない。その上12時間で生首を見付けられるとも限らない。それなのに必死な空気が伝わって来ないのは、終電の縛りが無い――つまり1日に沢山の残業を取れる自家用車組か徒歩組だからだ。

『取りあえずは自家用車で通勤している教師に的を絞って作戦を立てよう。』
『具体的にはどうやって?』
『これを使う。』

腕時計。私はそれを自家用車の後輪に設置した。そうやってすべての自家用車に一つずつ設置したのを確認すると、私は何事も無かったかのように駐車場を離れる。

『腕時計?それをどうするの?』
『これをすべての車のタイヤに設置するんだ。発進した時に潰れるように。』
『ああ!そうか!潰れて時計の針が止まった時間がその先生の帰宅時間って事だね!』
『そういうこと。もし遅くまで残っている人がいなければ、徒歩と電車通勤の人物で作戦を立て直そう。という事で、俺は明日1日で誰がどの自動車に乗っているか調べるから、苗字は』
『時計を用意して設置するんだね。』
『…違う。いつも通り平然を装って』
『時計を用意して設置するんだね!赤司くんは昨日みたいに出来るだけケイサツの注意を逸らしてくれればいいから。』
『…。初期のゲームに怯えている頃の苗字の方が可愛げがあったな。』
『じゃあ決まりだね!』

そうやって強引に言い包めて、私はこの作戦をこの前同様任せてもらった。ほらね、強引に言い包められるって事はやっぱり理論的には私が動いた方が良いんだって。それに、赤司くんがケイサツの気を逸らしてくれていると思えば安心して行動出来た。だって、彼がその程度の事で失敗するはずがない。



[ back ]