REGAL GAME | ナノ


▼ 12.才能

「紙が落ちていない…。」

10月13日火曜日。いつもより5分だけ早く登校し紙の状況を確認したが、それは一枚たりとも落ちていなかった。

「…。」

予想外の展開に、俺は歩く足を止め、腕を組みながら考える。教師がケイサツならそろそろ動き出す頃だと思ったが、昨日じゃなかったか。それとも紙をセットしている際に視線を感じたから、あの時作戦がバレていたのか。もしくは警戒されて捜査の日をずらされたのかもしれない。だがもう今日は13日、ゲームの半分が過ぎようとしている時期にそんな悠長な事を言っている余裕があるだろうか。今捜査しなければケイサツはどんどん追い込まれていくだけだ。
俺は自分のロッカーを確認するため早足で階段を上った。

(…。俺の扉の紙切れも落ちていない。)

苗字には言っていなかったが、俺のロッカーにはゲーム開始時からずっと紙が仕込まれていた。ケイサツならまず俺のロッカーを調べたがると思い当初から挟み込んでおいたのだが、これも一度も落ちていた事はない。つまり、ケイサツは俺の想定通り今まで身動きが取れずにいた、それは間違いない。

(なら、ケイサツは教師じゃ無いのか?)

俺は自分の予想が外れた事に若干の異存を残しつつ、念の為今日の放課後も紙切れを設置してそれでも反応がなければ用務員、調理員、各部活のコーチの線で洗い直す事にして、この結果を端的に苗字にメールした。

いつも通り職員室へ体育館の鍵を取りに行けば、職員室ではやはりいつも通り斉藤先生が無表情でテストの採点をしていた。俺は先生に背を向けたまま鍵を取り職員室を去った。





部活後、今回の作戦について話すため俺達はここ何度目かになるカフェへと集まった。だが、今から話すのは作戦の事についてではない。

「苗字、これはどういう事だ。」

今朝やり取りしたメール画面。その画面を向かい側に見せつつ彼女の説明を待つ。

『今日の放課後も紙を設置する。リスクを考えて今日は俺一人で。』
『必要ないよ。後で話すからいつもの場所で。』
『必要ないとはどういう事だ。』
『そのままの意味。とにかく後で。』

そこでメールが途切れた。流石に2日続けて苗字に手伝ってもらうのはリスクが高過ぎて断ったのだが、それが気に食わなかったのだろうか。はたまた俺を心配するが故にこのようなメールを打ったのだろうか。その割には、彼女は珍しく自信があるような顔で説明を始めようとしていて、俺は更に分からなくなる。まさか本当に『その必要はない』…つまり教師がロッカーを開けた証拠を掴んだ、ということなのだろうか。
苗字は鞄からノートを取り出した後説明を始めた。

「私も赤司くんからメールを貰った後、紙の状況を調べたの。あ、もちろんケイサツに怪しまれないようにこっそりとね!そうしたら紙が落ちている形跡があったんだよ。」
「それは登校した生徒が自分のロッカーを開けたんだろう。俺が見た時には落ちていなかったから。」
「ううん。私が確認したのは“挟まったままの紙切れ”だよ。ほら、これ見て。」

彼女が俺に向けて開いたノートには、苗字が担当した階の見取り図と、何番目のロッカーのどの位置に紙を挟んだかが事細かに記録されていた。

「これは、」
「ふふん、昨日の作戦の記録。」

32か所すべてについて、mm単位での紙の配置の記録がしてある。以前見せてもらった各部員の管理ノートといい、彼女の仕事の細かさには驚かされる。

「紙の位置すべてを記録してあるのか。」
「うん。私は赤司くんみたいに全部記憶するなんて出来ないから。」
「…、何故俺が記憶していると?」
「いや、赤司くんならしそうだなって。」

彼女は笑って答えた。苗字の言うとおり、実際俺は位置を暗記していた。だが、流石にmm単位までは覚えていなかったし、覚えようともしていなかった。
苗字は、俺に指示されるまでもなく、小さな可能性だと俺が捨てた記録をしっかり取っていた。彼女は今までもきっと別の場所で、そういった小さな積み重ねをずっとしてきたのだろう。誰にも気付かれる事なく、ほとんどが無駄になるような行為を、ずっと。

(…ああ、駄目だな。)

健気で、いじらしくて、そして。
苗字はどこまでも謙虚に振る舞っているが、誰かに頼まれることもなくここまでの仕事をやってのける人間が「自分は普通だ」と落ち込むのは些か贅沢というものではなかろうか。これは桃井の情報収集とも引けを取らない、一種の才能とも呼べる代物であると、俺は確信した。このゲームを通して咲きあぐねていた才能が開花したかと思うと、主将としてもとても喜ばしい。

「これで教師がケイサツだってことは確定だね。」

苗字は終始ニコニコしていた。その顔がまるで褒めて褒めてとねだる犬のようで、つい口元が緩む。今日は特別だな。お望み通り、彼女の期待する以上に褒め甘やかしてやろう。

「苗字のおかげでケイサツが特定できた、ありがとう。あのメールが来たときは一瞬無視しようかとも思ったけれど、信じてよかった。」
「なんかちょっと引っかかるところもあるけれど…ふふ、褒めてくれて嬉しいなー。」
「苗字がいてくれて良かった。助かったよ。あそこまで細かい記録は取ろうと思って取れる物ではないし、立派な才能だと思うよ。今回に限らず、部活でもいつも支えてくれていて感謝している。」
「うわわ、なんか褒め過ぎじゃない?嬉しいけど照れるなぁ。」
「他の部員も皆お前に感謝していたよ。この前も一軍の部員が苗字の笑顔は可愛くて元気が出ると言っていたし。」
「え、なにそれすごく恥ずかしい!」
「そう?俺もそう思うよ」
「やめて!なんか恥ずかしいからやめて!」
「照れている顔も可愛…」
「赤司くんだんだん楽しくなってきてるでしょ!」

つい反応が面白くて悪戯心に火がついてしまった。真っ赤になって顔を隠す苗字の為にアイスティーを頼んでやれば、むくれながらも大人しくストローを啜っている。苗字は男心を擽る仕草が上手いな、と何故か他人事のように感心してしまった。
さて、推理もいよいよ大詰めだ。

「それじゃあ、いよいよケイサツ本人の特定だな。」
「特定って、どうするの?」

俺の態度に合わせて表情がコロコロ変わる彼女は、今度は目を丸くして俺の次の言葉を待っている。その表情が愛らしくて、俺は彼女を騙している事に胸の詰まる思いがした。



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