REGAL GAME | ナノ


▼ 11.捜査

昨日のカフェでの会話を思い出しながら、俺は放課後の校舎を歩いていた。皆部活で別棟にいるため周囲に人はいない。それでも気配に注意しながら、なるべく普通に廊下を歩いている風を装って、教室側に並べて設置されている個人ロッカーの扉に素早く紙切れを差し込んでいく。見付かり辛いようわざと不規則に、それでも大体等間隔になるようにと指示してあるから、苗字も今頃俺と同じような動きで紙を差し込んでいるだろう。

『いいか、少しでも危ないと感じたらすぐ作戦は中止しろ。はっきり言って、お前がハンニンだと疑われた時点でこのゲームは詰みだ。』
『わかってる。絶対バレないようにやるよ、まかせて。』

やはり作戦の事は黙っておけば良かった。少しでも危険な可能性がある事はさせるつもりはなかったのに。
ゲーム初日、苗字に何も告げず行った公言を彼女はもの凄い剣幕で責めてきた。それから、俺がキョウハンを引き受けた際には泣きそうな顔で心配して、俺はその気迫に圧されしまったのだ。

(それでも、上手く丸め込めると思っていたんだけどな。)

苗字は予想に反して作戦の本質をしっかりと理解していた。確かに、ゲームに怯えている頃の苗字なら丸め込む事など造作も無かったのだが、冷静になった時の苗字の事を少し見くびっていたようだ。

それでも、いつもの俺なら丸め込めたかもしれない。一番の原因は彼女への甘さ、極端に言うなら『好意』だった。緑間への無条件の信頼と同じ、自身の中にある無自覚の隙。それが邪魔をして非情に成り切れなかった。
もっと気を引き締めないと、それが致命傷にもなり兼ねない。

『赤司くんが深夜の校舎内に侵入するっていう作戦なら断固反対だからね。』

昨日の苗字の甘すぎる発言を思い出して、甘いのは苗字だけで十分だと気を引き締めた。俺は自分の事を二の次にして人の心配をするようなお人好しにはなれない。友人だろうが仲間だろうが、特別扱いはしない。

(特別…か。)

『私は赤司くんの特別になりたいんだよ。』

特別になりたいって何だ。理解不能だ。苗字は何も分かっていないと安心した反面、落胆した一言だった。本当に苗字は馬鹿だな、と、俺は複雑な心境でそう呟いた。





視線。

「!……、」

視線を感じる。紙切れをロッカーに挟み終えた後、俺は後ろから感じる視線に神経を集中させていた。誰かまでは判断出来ないが、確実に見張られている。紙を挟んでいる所までは遠すぎて見えていないだろうが、このまま見張られているだけというのも面白みに欠ける。

少し遊んでやろうか。いつもの調子でそう考え、しかしすぐにその考えを否定した。

(…、苗字が作業を終えているか確認してからでないと動けないな。)

苗字の作業量は俺の1/3程度だが、万が一彼女が作業に手間取っていた場合を考えると、下手に動いてケイサツを挑発すれば、ケイサツが逃走した際に別の階にいる彼女と鉢合わせる、なんて最悪な展開にもなり兼ねない。俺は自分の欲を抑えるように深呼吸をした。

少しでも苗字に危険が及ぶ行為はしない。

ゲーム当初から決めていた事をもう一度自分に言い聞かせる。最終的に俺は、しばらくこのまま気を引いて、確実に苗字から注意を逸らす作戦に出る事にした。





10月12日 月曜日、夜9時半。無事残業申請をした俺は職員室で授業計画を作成しながら周りの様子を確認していた。生徒は9時で最終下校している。バスケ部でいつも遅くまで指導している白金や真田も、今は業務を終え帰宅している。
廊下から人の歩く気配がした。職員室の扉が開き、「遅くまでご苦労様です。」と声を掛けられる。どうやら警備員の見回りが終わったようだ。お疲れ様ですと定型文を返せば、帽子をとってお辞儀をした後そいつも校舎を出て行った。これで校内には俺一人だ。

俺は田中の机からロッカーのマスターキーをくすね、懐中電灯を懐から取り出すと探知器を片手に職員室を出た。


今日の放課後、赤司が一人で廊下を徘徊していた事は知っている。何をしていたかまでは分からなかったが、今日俺がロッカーを捜査する事を見越して何かを仕掛けている可能性もある。慎重に、迅速に、一つずつロッカーを開けていき生首を探した。

暗い廊下で、懐中電灯を咥えながらの捜査は中々手間がかかる。1学年分の教室をようやく見終わりそうというところで、ふと違和感に気付いた。

「なんだ、この紙…」

今まで通ってきた廊下に、点々と小さな紙の切れ端が落ちている。放課後見たとき、こんな紙切れ落ちていただろうか。いや、なかったはずだ。だとしたらこれは間違いなく、赤司が何かをしようとして来ている。
俺は赤司が立てた作戦を推測し、それを確認する為別の階に移動した。

(っ!…やっぱりな。)

予想通り、別の階のロッカーにも不規則に、しかし一定間隔で同じ紙切れが挟まれていた。
なるほどな、と俺は作戦の全てを理解した。どうやらこの前の公言から、赤司はケイサツが大人ではないかと推測し、そして教師の中にケイサツかいるかどうか判断する為にこの紙を仕込んだ。しかも俺がこの辺りに動き始めるだろう事まで計算して、着実に作戦を組み立ててきやがる。ガキのくせに恐ろしい洞察力と実行力だと、俺は一筋縄ではいかない事を再び痛感した。

俺が紙切れを見つけられたのは本当に偶然だ。放課後、赤司が不審な動きをしている事に気付いていなければ、ここまで警戒していなかった。いや、警戒していたとしても、こんな小さな紙を懐中電灯一つで見つけられるとは思えない。

(…だが、結局は作戦を見抜いた俺の勝ちだ!)

この作戦は逆に利用できる。紙切れが落ちていないと分かれば、疑いは教師ではない別の者へ向く。俺は今より動き易くなる上に、何より赤司を出し抜ける。俺はその事が気持ち良くて仕方が無かった。こんな快感は久しぶりだ。
俺は先程の階に戻り、落ちていた紙切れを全て扉に挟み直した。そして、次のロッカーからは紙切れを必ず元の位置に挟み直すようにして進んだ。これで奴等にはロッカーは開けられていないようにしか見えない。勝った。

俺は込み上げてくる笑いを抑えることが出来なかった。



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