REGAL GAME | ナノ


▼ 10.特別

夕飯を食べながらもしっかりと作戦の会話は進める。赤司くんは緑間くんの容疑が晴れたことで完全に教師に疑いをシフトさせたらしく、教師がケイサツであるという考えに駄目押しをしたいという話になって、明日の部活前にその仕込みをすることになった。

「ケイサツは今頃俺の周囲の人間調べを終えて、何も出て来ない事に焦りを感じている頃だろう。お前が上手く立ち回れているお陰でね。そして、もしケイサツが教師なら、そろそろ動き出してくる頃だと思う。」
「えっ?でもキョウハンのせいでケイサツは身動き取れないんじゃ?」
「基本はそうなんだが、教師に限ってはちょっと違う。残業を使えば誰にも見付からずに捜査が出来てしまうんだ。鍵も難なく手に入れられるしね。」

そうか、残業。皆が帰った後の深夜の校舎なら捜査が可能だ。一番帰るのが遅いバスケ部でさえ、完全下校時刻の9時以降は居残りが出来ない。赤司くんの考えには相変わらず追い付くのがやっとだった。

「あ、でも待って。ケイサツは教員じゃなくても、調理員や用務員、警備員も…それにコーチだって考えられない?」
「調理員、用務員は勤務時間外の業務は基本的に無いから残業は取れないし、コーチは部活動の時間のみの雇用契約だから残業がそもそも存在しない。残業が取れない以上生首を探す手段が無いのだから放っておいても問題無いだろう。
警備員は民間企業からの派遣だから周期的に人が変わるんだ。多分『日常的に学内に通う人間』に外れると思う。
それから事務職員と言う線もあるが、うちの事務職員は女性1人だから、教師の可能性が消えた時に考えるので問題無いだろう。」
「へ、へえ…。」

早口言葉かと突っ込みたくなるような怒涛の説明に私は舌を巻いた。何故そんなに詳しいのかと尋ねれば、赤司くんはサラッと「ルールを読んだ時点で必要だと思って学校要覧を読み込んだんだ。」と言い、ついでに「余計な人間まで疑っていても仕方が無いからね。」と私の心を正論という矢で一突きにした。もういい、話を戻そう。

「でも、流石のケイサツもそう何度も夜遅くまで残業は取れないよね。」
「そう。他の教員にも怪しまれるだろうしその手はそう何度も使えない。捜査に使える時間は取れて12時間ってところか。」

12時間。そんなに取れるのか。12時間もあれば、全ロッカーを一通り回ってもまだ時間が余りそうだ。不安を隠す様に拳を握ると手には汗をかいていて、焦っている自分が情けなくなった。12時間の間にケイサツがプールを捜査すれば、生首は見つかってしまう。いざとなったら南京錠なんか入口ごと壊されてしまいそうだ。

(あー、不安になっちゃダメだ。)

大丈夫。12時間なんて日換算にすれば半日だ。赤司くんが、1か月という膨大な捜査時間を半日にまで抑えてくれたんだ。私が今やるべき事は、不安がることじゃ無くて赤司くんと一緒に作戦を考えること。私は気持ちを持ち直して再び思考を巡らせた。

(もしケイサツが残業を使うなら、夜遅くまで残業している先生を探せばいいんだけど、そもそも先生の残業状況なんて生徒には調べようが無いしな…。)

「赤司くんって防犯カメラをハッキングできたりしない?」
「ふっ…、出来ないよ。」
「…。」

赤司くんは一応顔を背けて笑いを隠そうとしてくれているようだけれど、全然隠せていなかった。私は気まりの悪さをスパゲッティ―を食べる事で誤魔化す。赤司くんが何でも出来るスーパーマンに見えてしまうのは流石に私の色眼鏡か。
だとしたら、後は直接捜査をしている姿を見るしかない。と思う。

「赤司くんが深夜の校舎に侵入するっていう作戦なら断固反対だからね。校則違反は処罰の対象だから。」

私がそう主張すると、彼は「言うと思った。」と小さく笑いながらも、どこか切なそうな表情をしていた。何故そんな顔をするのか、私は聞きたくなった。確か前にも彼はこんな顔をしていた気がする。いつだったっけ。

私が考え込んでいる間に、彼の態度はいつも通りに戻り話は進む。むしろ先程の表情はどこ行ったと言わんばかりに彼は面白そうに口角を上げていた。

「校舎に侵入なんてそう簡単に出来ないし、そんな事をしなくても、もっと簡単な方法がある。要は誰かが夜中にロッカーを開けたという事実が分かればいい。だから、ロッカーにこれを挟む。」

これ、と言って取り出したのは付箋のような細い紙切れだった。
赤司くんは「ケイサツが捜査するとしたらまず生徒のロッカーからだろう。」と前置きをし、話を進める。

「この紙切れを、放課後、一定間隔で適当なロッカーの扉に挟んでおく。ケイサツはすべての個人ロッカーを開けに掛かるだろうから、後は次の日の朝紙が落ちているかどうかで捜査状況を確認すればいい。」

確かに、夜中のロッカーの開閉を確認できれば、それが=残業をしていたという事になり、ケイサツは教師の中にいる事になる。私は漸く赤司くんの意図が分かって、なるほど、と思わず膝を打った。

「それ名案だよ。あ、でも、紙を挟むのは放課後でしょ?部活で夜遅くまで残っている生徒が自分のロッカーを開けたら紙が落ちちゃうよ?」
「だから紙は複数挟むんだ。最終的には“紙が落ちているか”ではなく“どれだけ落ちているか”で判断する。」
「なるほど。うん、それなら行けそうだね。部活でいつも遅くまで残っている私達なら放課後校舎に居ても違和感ないし、朝も同じ理屈で状況を確認しにいける。」

私は作戦を理解した上で、一つの可能性を思いついた。あの赤司くんの公言によってケイサツのマークは今赤司くんに向いている。ここで私が動けば、よりケイサツにバレずに作戦を遂行出来るのではないか?何より、私もなんでもいいから何か役に立てる事がしたい。

「赤司くん。それ、私にやらせて貰えないかな?」
「ダメだ。」
「う、…やっぱりそうですよね。」

まあ、そう言われると思ってはいた。万が一にでも私が見付かってしまえばゲームオーバーも同然なのだ。このゲームで一番重要なのは如何にハンニンの正体をケイサツに悟らせないか。ゲームに巻き込まれた日から今まで、散々彼には“いつも通りに”と言われてきた。分かってはいたけれど、私も何か役に立ちたいと思ったらつい口走ってしまった。赤司くんは呆れている。

「何度も言うが、お前に出来る事は“いつも通り過ごす事”だけだ。これがどれだけ重要で難しいか、苗字は普通にこなしてしまっているから分からないんだろうけど。」

その呆れた物言いには称賛も含まれていて少し驚いた。分かっていないつもりはない。最初はそんな重要な役目、自分に出来るのかって凄い不安になった。でも今は、それよりも赤司くんの足を引っ張りたくない、もっと役に立ちたいって思ってしまう。赤司くんといたら、何も出来ない自分は嫌だって、誰だってそう思うはずだ。

「苗字は十分普通以上の事をしているよ。もっと自信を持って…」
「普通以上じゃ嫌だ。私は赤司くんの特別になりたいんだよ。」
「……は」
「それに、赤司くんはケイサツにマークされているんだから、ケイサツに紙を仕込んでいるところを見られる可能性が高いよね。見られたらどうするの?」
「…そうしたら、作戦が失敗するだけだ。また別の作戦を考えればいい。それより…」

「さっきの、」そう口にしかけて躊躇している彼が、出しかけた言葉を飲み込んだ。そのまま目線を下に逸らす。

えっ。なんですかその反応は。

こんな曖昧な態度を取る赤司くんは珍し過ぎて、私は珍しい生き物を見るみたいに瞠目してしまう。

「ど、どうしたの?赤司くん。」
「…いや、気にしないでくれ。それより、何か協力したいと言うなら紙切れを作るのを手伝って欲しい。各クラスのロッカーに4本程度挟むとして、全学年だと8クラス3学年で96本作らないといけないんだ。」
「そっか、それ位は仕込まないといけないんだ。」

私は細く目立たないように作られた紙片を手に取って眺めた。ケイサツがどこからロッカーを開け始めるか分からない以上、全階、全クラスのロッカーに一定間隔で紙を仕込む必要がある。しかし実際数字に直してみても、やはり赤司くん一人で仕込むには時間が掛かってしまい、どうにも作戦がバレるリスクが高いように思う。
それに、なんだか、赤司くんのこの感じ、以前私を言い包めてキョウハンを無理に引き受けようとした時と似ている気がする。

「赤司くん、やっぱり」
「ダメ。」

言い切る前に却下されてしまうが、私も負けじと食い下がる。

「じゃあ自分の学年の階だけ。それなら違和感も少ないし、赤司くんだってこの作戦、本当は私に手伝って欲しいと思っているんでしょ。」
「…思ってない。」
「思ってるよ。だって紙を差すだけの作業がそれ程のリスクになるとは思えないし、赤司くん一人で作業するには失敗の可能性が高すぎる。もし失敗したら、ケイサツがロッカーを警戒して他の場所を探そうと考えるかもしれない。全部のリスクを考慮したら、やっぱり私に手伝わせるのが一番良いよ。赤司くんは私に遠慮しているの?」

今私が説明したのは、きっとわざと彼が説明を伏せていた部分だ。その証拠に、私が正論を突けば彼は渋々といった様子で息を吐いた。

「…ふぅ。苗字は妙なところで勘が良いから、そういうところは嫌いだよ。」

赤司くんは苦い顔をして逡巡していたが、やがて心を決めたように私に向き直った。

「手伝ってくれるか?」
「うん!」

私は満面の笑みを浮かべて頷いた。それを見た赤司くんは、敵わないな、と観念した様子で私と一緒に笑ってくれた。私達は手分けしてなるべく目立たない様小さく細く紙を切り取り、明日の作戦の役割分担についても細かく話し合った。



[ back ]