男から逃げた後、入り口から再びホテルに入ると見知った後姿を見つけて駆け寄った。
「快斗? 何してるのここで」
「なっ!? 何言ってんだよ俺は工藤新一。覚えてねぇのか?」
「新一君っぽくしてもダメ。変装しても分かるよ。何でここに……」
「キッド!」
「ヒェッ!」
コナン君がこちらに走ってきて、目の前の快斗は焦った様子だ。
……そうか、彼はキッドとしてここに来ているのか。コナン君は新一君に変装しているのがキッドだと知っていて、キッドの正体が快斗ということは知らない。私も知らないフリをしている。それならコナン君に話を合わせておいた方が良いか。
「この人キッドなの?」
「うん、そうだよ」
「バッ! ちがっ! オメッ」
快斗は焦って何を話しているのか分からない。こんなに焦っている彼は貴重だな。にしても、今から快斗ではなくキッドと話さなければならないわけか。ボロが出そうで怖いからあんまり二人と関わらないようにしよう。
「バレたなら仕方ない。そう、俺は怪盗キッドだ!」
「知ってるって」
「そっかぁ、キッドだったんだ」
「だだだから俺は今から美術館に行ってくる!」
「「行ってらっしゃい」」
慌てた様子で美術館に走って行った快斗を見つめ、思わず笑ってしまう。隣にいるコナン君は「何だあいつ……」と呆れ顔だ。
「キッドはいつ宝石を盗むって?」
「今日の夜八時」
「新一君が灯台に行く時間は?」
「それから二時間後の十時」
「じゃあ脅迫の件はキッドに協力してもらうんだ?」
「相変わらず察しが良いな」
宝石を盗むと分かっている怪盗を黙って見送るなんておかしいからね。寧ろいってらっしゃいって言ったし。脅迫の件といえば、と彼に先程の出来事を話した。
「そいつが犯人の可能性が高いな」
「やっぱりそうかな。私は見たことない人だったけど」
「……オメー、そいつの顔を見たのか?」
「帽子とマスクしてたから目元だけね。あと背格好と」
「逆に永愛の顔も相手に見られてるってことだよな」
「そうなるね」
その人がめちゃくちゃ危険な人だったら私、ヤバいのでは? なるべく一人行動は控えよう。
「つーことはキッドの言うお姫様は永愛か」
「なんのこと?」
「一体キッドとどういう関係なんだ」
「どういう関係と言われましても……」
幼馴染です、とは言えないし。返答に迷っていると蘭ちゃんと園子ちゃんが私達に手を振っているのが見えた。
「あっ! いたいた! 二人とも。今から園子と隣の美術館に宝石を見に行くんだけど、一緒に行く?」
「行く!」
「僕も行く」
蘭ちゃんが新一君を探して辺りを見回しているので、先に美術館に行ったと言えば「いつもすぐ勝手にどこかに行くんだから」と怒っていた。コナン君を見たらフイっと目を逸らされた。
美術館の周りには大勢の警察官がいて、入口で中森警部が新一君の頬を引っ張っているところだった。キッドじゃないか確かめているのだろう。快斗と新一君は顔がそっくりだから仮面をかぶった変装じゃないだろうから、あれは意味がないと思う。
「何してるのよ新一!」
「ヒィー、いてて……」
「こんにちは、中森警部」
「おお! 永愛ちゃんじゃないか! ってまたお前らか……」
青子のお父さんはコナン君達を見てげんなりしていた。すると美術館の中からオーナーが出てきて私達を案内してくれた。宝石の歴史が書かれている書籍を見せながら宝石について自慢げ話すオーナー。キッドは宝石を見終わったのか、テーブルの上に置いてあるお菓子をパクパクと食べていた。
快斗丸出しじゃないか、新一君はそんな失礼なことしないぞ。
「永愛、これ美味ぇぞ」
「え、ちょうだい。……美味しい!」
「だろ、こっちはチョコ味。こっちのが好きだろ」
「食べる食べる」
「二人ってそんなに仲良かったかしら」
「え?」
「んグッ、」
園子ちゃんの一言にドキリとして喉に詰まらせた。ゲホゲホと咳き込むと快斗は私の背中を叩きながら大丈夫かと問う。快斗とはいつもの距離だから気づかなかったけど、新一君とはこんな近距離で会話はしないはずだ。呼吸を整えて彼の手をはらい、園子ちゃんの誤解を解く。
「かぃ……」
じゃなかった。
「キッ……」
でもなかった。
「くー……どう新一君とはお友達なので! それ以上の関係は全くありませんしあり得ません」
「あぁ、そう……。別にそんなに必死にならなくても良いわよ」
変なの、と笑う園子ちゃん。変な誤解が生まれてしまったら大変だ。彼女は私達から視線を外したので、小声でキッドに話しかけた。
「新一君とはそこまで仲良くないから、あんまり近寄っちゃだめだよ」
「お、おう。気を付ける」
「仲良くねぇのか?」
「えっコナン君?」
コナン君が私の服を引っ張りながら聞いてくる。上目遣いが可愛い。快斗と比べてという意味だったけど、さっきの発言は新一君に失礼だったかも。
「私達、もっと仲良くなれるかな」
「オメーにその気があればなれるんじゃねぇか?」
「そっかぁ。へへっ、嬉しい」
「名探偵にコイツは渡すか」
私の首に腕を回し、自分の方へと引き寄せるキッド。今言ったばかりなのに。
「だーかーら、その姿でくっつかないでってば!」
「……」
「残念だったな、キッド」
「くっそー!」
コナン君と手を繋ぎながら宝石を見に行った。幼馴染が取られるって嫉妬したのかな、可愛いな快斗は。ていうか、正体隠す気があるのだろうか。
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コナン君とキッドはまだ美術館にいるようなので、蘭ちゃん達と先にホテルに戻ることになった。しかし美術館を出てすぐに違和感を覚え灯台を指差した。
「二人とも、先に戻ってて。ちょっと灯台見に行ってくる」
「うん。夜ご飯の時間までには戻ってきてね」
「夜はバイキングよん」
「ばっ、バイキング!? 急いで戻る!」
二人とわかれて灯台へ向かう。夜ご飯の時間まで三十分はあるみたいだから少しゆっくりしても大丈夫だ。バイキングか、しっかり歩いてお腹を減らせておこう。たのしみだなぁ。
……それにしてもつけられている誰かをどうしようか。二人に何かあったらまずいと思ってわかれたけど、ホテルに戻るまでに何とかしなければ。先の曲がり角まで走り、立ち止まって振り返るが誰もいなかった。
「勘が良い様だが残念。こっちだ」
「なっ!?」
後ろから声が聞こえ振り返ると男がいた。先回りされていたらしく、男が振り上げた棒が私の頭へと落ちていく。ぼやけていく視界に捉えたのは、コナン君の部屋の前にいた見覚えのある男だった。そのまま私は意識を失った。