名前を呼ばれて目が覚めた。意識がぼんやりする中、声がした方へと目を向ければ沖矢さんが隣に座っていた。
あぁ、思い出した。彼に連れられてバーに飲みに来たんだった。
「目が覚めましたか? 水置いておきますね」
「ありがとうございます。ごめんなさい、私寝てましたよね……」
水を一口飲むと意識がさっきよりもはっきりしてきた。どれくらい寝てたんだろう。
「30分程ですよ。そろそろ帰りますか」
「え、あっ……すみません」
「いいえ。有意義な時間が過ごせました」
彼が席を立つので、鞄を持って会計を済ませようとすると彼は「もう支払い済みですよ」とさらりと言って出て行った。
スマートだなぁ。私も年下の子達にあんな感じで奢ってあげたい。しかし今回はお酒だしお洒落な所だったし値段もそれなりにしただろう。先に行く彼の背中を追いかけて呼び止める。
「沖矢さん! 半分出します!」
「大丈夫ですよ。それに貴女はまだ学生でしょう?」
「そっ! それは沖矢さんだっ……て……」
何だろう、このデジャヴ感。前にもこんな会話をした気がする。
『私がご馳走するって言ったじゃないですか!』
『君はまだ学生だろう?』
『そうですけど、この前のお礼です!』
『お礼か……なら次はバーに飲みに行かないか? 良さそうなバーを見つけたんだ』
赤井さんか。彼もいつの間にかお会計をして学生だからと私にお金を出させなかったな。それに彼にもバーに行く約束をされたっけ。
何者か分からないから連絡を取ってないし、あっちからもない。前に一度彼に電話をした事があったけど無視されたなぁ。
「どうかしましたか?」
「いえ。じゃあ今度は私が出しますね」
「そうですか。ではお願いします」
徒歩で家まで送ってもらい、沖矢さんと分かれる。彼は優しいのか怪しいのか謎が深まるばかりだ。
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次の日、私は久しぶりにポアロに顔を出した。
「こんにちは」
「あら、永愛ちゃん。こんにちは」
ポアロの店内のお客さんは数人。店員さんは梓さんだけか。
「どうしたの? キョロキョロして」
「あぁ、いえ。その、安室さんって最近来てます?」
「安室さん? 彼なら体調不良で何日か休んでるけど」
「そうですか」
やっぱりそうだよね。良かった。ホッと一息ついて梓さんに紅茶を頼む。紅茶を淹れながら梓さんは、安室さんがいないと彼のファンが悲しむと嘆いていた。紅茶をカウンターに置かれて一口飲む。彼がいなくなったことが分かったし平和に過ごせるな、と安心した。
「あっ、でも来週には復帰出来るって」
「っ!?」
紅茶を軽くふいてしまった。噎せる私を見て梓さんは台拭きと綺麗なタオルを用意してくれたけど、それどころではない。
「ふ、復帰ってやめてないんですか!?」
「えぇ、そうよ。彼がお休みしてて永愛ちゃん寂しかったのね。ふふっ」
「ちがっ!」
復帰だと……。これじゃ梓さんや哀ちゃん、皆が危ない。急いで会計を済ませ二階へ走る。
「コナン君いる!?」
勢いよくドアを開けると、居眠りしていたであろう毛利さんが声を上げて椅子から落ちた。
「毛利さん! コナン君は!?」
「ダッー!! うるせぇ! 上だ! うえ!」
「ありがとうございます!」
事務所を出る時に毛利さんに文句を言われた気がしたが、スルーして三階へ走りコナン君を呼ぶ。
私の焦った様子を見て察したのか、コナン君は真剣な表情で家へいれてくれた。蘭ちゃんはいないらしい。
「ポアロに来週から復帰するって! あむっ……バーボンが!」
「あー、俺も分かんねぇんだよ。バーボンが何を考えてんのか。探りを入れながら様子を見るしかねぇかな」
「でも梓さんが危ないよ! 哀ちゃんだって!」
「今まで何もしてこなかったんだ。とりあえずオメーは落ち着け。それに灰原は死んだ事になってんだろ」
「う、うん」
私一人焦ってたみたいだ。年下に落ち着かせてもらうなんて……。私ももっと冷静にならなきゃ。この前の列車の時だって。
「……私この間何もできなかった。蘭ちゃん達に修行してもらったのに」
「永愛……。あの時の事は危険に巻き込んでマジで悪かった。組織が絡んでるのもあって作戦を知る人数を増やしたくなかったんだ」
「それでも私がもっと冷静に行動できていれば」
「結果的には俺達の勝ちなんだ。良い様に考えようぜ。そういや何でキッドと一緒にいたんだよ」
「哀ちゃんを探してたら、哀ちゃんっぽい女性の後ろ姿を見つけて声をかけたら、貨物車に隠れてる様に言われたの。そしたら安室さんが来て自分はバーボンだって」
あの時の事をコナン君に詳しく説明する。
「哀ちゃんはどこにいたの?」
「あぁ、俺の母さんと沖矢さんには協力してもらってたからな。アイツは二人に匿ってもらってた」
組織絡みなのにお母さんに協力してもらってたの? 新一君のお母さんつよい……。でも沖矢さんはどうして。遠い親戚であり味方であることは前にコナン君の口から聞いた。
彼にはコナン君の正体は教えてはいない。だけど信頼はある。
「あー、混乱してきた」
「大丈夫か?」
「沖矢さんが謎すぎるの!」
「あぁ、でもオメーにあの人の事を教えても何も解決しねぇと思うけど」
「そうかなぁ」
やっぱり沖矢さんについては何も教えてくれないのか。結局彼の正体は謎に包まれたままだ。