02
ここは海軍本部。食堂に足を運ぶと、見知った顔があった。しかしその男はここにいるはずがない、寧ろいてはいけない男だった。
周りを気にせず飯を食べる男の頭を思いっきり殴る。
「イッデェ!!」
「コラ、何してんの」
「おっ、イリスじゃねェか。元気そうだな」
殴られたのにも関わらず、私の顔を見るなり笑顔になった男、エース。何故海賊である彼がここでご飯を食べているのか。
「アンタも元気そうだね。それよりここ何処だか分かってんの?」
「いやー、腹減ってよ。食いもんの匂いのする方へ歩いて行ったら、いつの間にかこんな所に来ちまって。まいったまいった」
「捕まっても知らないからな」
「そんときゃイリスが何とかしてくれるだろ」
「出来るか! バレる前にさっさと出てけ」
エースは海兵の格好をしているけど、誰から制服を奪ってきたのやら。それにしても余程腹が減っていたのか、話しながらでも食べる手を止めない。
「久しぶりに会えたのに寂しい奴だな。あ、そうだ。お前海軍なんかやめておれと一緒に旅しようぜ」
「それが出来たらとっくにしてるよ。逃げようとして何度じぃちゃんに捕まったことか」
「…………まっ、頑張れよ!」
ハァ、と溜息を吐くとエースは急に真剣な顔になる。
「でもよ、本気でお前が海軍から抜け出したいっつーならおれは連れ出してやるぜ」
「エースのそういうとこ好きだよ」
「男が恥ずかしいこと言ってんじゃねえ」
コイツまだ私の事男だと思ってんのか。いつ女だと気付いてくれるんだ。べつに男装はしてないってのに。
胸か。胸が小さいからか。この間のクザンさんの言葉を思い出して無意識に舌打ちをしてた。
「それより、最近ルフィが……」
「グガーーッ」
「寝るな!」
食事中突然寝る癖はどうしようもないらしい。上層部の奴らに見つかる前に早くこの男を追い出さなければ。
寝ている男を背負って食堂から出た。裏口からポイと投げて、口にパンを何個か詰め込んでやった。それでもまだ寝てる。やっぱ凄いやコイツ。
「さーて、私もご飯食べよーっと」
明日は七武海の会議だ。面倒だけど、有給のため。行かなくては。
翌日。聖地マリージョアに着いた。ここは苦手だ。きっちりしすぎてる。じぃちゃんは嫌だと言って来なかったけど、孫が頑張ってるのに来ないなんてひどいと思う。
参加するのはセンゴクさんとおつるさん、あとは上層部の何人か。今回私はお茶出しではなく、普通に会議に参加するらしく席があるらしい。いらないんだけど。
七武海のメンバー苦手な人多いんだよな。悪い海賊多いし。良い人って言ったらジンベエさん、クマさんあたり。ハンコックさんも好き嫌いは激しいけど、女である私には優しいし良い人っぽい。問題は……。
「うげ……」
「フッフッフ、そんな嫌な顔をすることねェだろ。傷付くじゃねェか」
「傷ついた顔してませんけど」
「今日もおれの膝の上に乗っても良いんだぜ」
「私の意志ではありませんけどね。ていうか椅子に座ってもらえます? 行儀悪いです」
テーブルの上に座るドフラミンゴに注意するが、私の言うことなんて聞くわけもなく笑っていた。
糸で身体を操られて何故か膝の上の乗せられる。何が楽しいのか分からないけど、前の会議でもそうされた。さっさと会議を終わらせて帰りたい。
「相変わらず小せェな」
「貴方が大きいだけです」
今回もドフラミンゴの膝の上で会議を聞かなければならないのだろうか。嫌なんだけど。……あ、この気配はクロコダイル。腹の辺りに砂が纏わりついて、身体を持ち上げられた。
「うわ、糸の次は砂か」
「ハッ、中佐ってのはこのレベルなのか」
「だって避けるの面倒だし。それにクロコダイルさん、私を殺す気なんてないでしょ」
「どうだかな」
「七武海と戦うなんて上から説教されるからしません。こっちは自由にやりたいんで」
砂のおかげでドフラミンゴからは解放された。用意された席に座り、他の七武海が来るのを待つ。
不意にふわりと良い匂いが鼻腔をくすぐった。まさか、海賊女帝が来るとは。センゴクさん達も驚いていた。
「むさ苦しいところじゃ。イリスは何処におる」
「ここです。隣の席どうぞ」
「イリス、元気にしておったか?」
「はい。ハンコックさんがここに来るのは珍しいですね」
「そなたがおると聞いてな。女ヶ島には次いつ来るのじゃ」
「また近いうちに行きますね」
彼女とは以前、女ヶ島に訪問した時に仲良くなった。幼馴染を天竜人に殺されたことがあり恨んでいると話してから、彼女の心の壁が少し壊れた気がした。
「これ以上集まることはないな。では会議を始める」
内容は別に聞かなくても良いよね。どうせ私には関係のないことだし。
リュックの中から持ってきたものを取り出した。一人用の鍋にチョコを入れて火をつける。マシュマロとイチゴとバナナをお皿の上に置いて……。一人チョコフォンデュの完成だ。
センゴクさんが何か言ってた気がするけど、気にせず食べた。
「以上だ。何か意見のある者はいるか」
「ごちそうさまでした」
「イリスッ!!」
「イリス、口の端が汚れておるぞ。こっちを向くのじゃ」
「ありがとうございます」
ハンコックさんに口の端を良い匂いのハンカチで拭われた。そしてどうやら会議は終わったらしい。皆が席を立つとセンゴクさんが近づいてきて、頭を殴られた。そしてすぐに説教されるのかと思ったら、体が勝手に動いて窓から落ちる。これには私もセンゴクさんも驚きだ。
「イリス!? ドフラミンゴ貴様ァ!!」
ドフラミンゴは何てことするんだ。人の体を勝手に操って、窓から落とすなんて。どういう意図があってこんなことを。……今、糸と意図をかけたみたいになったな。
地面も近づいてきたし、手に力を込めて糸を切り体を回転させて足を地につけた。
「着地せいこーう」
見上げるとセンゴクさんやおつるさん達が驚いた顔をして、窓から顔を出していた。ピースサインを向けたら皆部屋の中に入っていく。
切れた糸が集まり、束になってドフラミンゴになった。
「フッフッフッフ! おれの糸を切ったか」
「何が目的ですか」
「二人きりで話がしたくてなァ」
「えー、嫌なんですけどォ」
顔を逸らしながら言うと、ドフラミンゴは近づいてきて私の肩に手を置いた。
「つれないこと言うなよ。お誘いにきたのさ。海軍に拘りはねェんだろ?」
「まあ、うーん。でも仲間になるのはお断りします」
「何故だ。海賊は自由だぞ」
「ここでやらないといけないことがあるので」
そう言うと彼のずっと上がっていた口角が下がって立ち去った。何故私を誘ったのかは分からないが、連れ去られる程気に入られてはいないので早く帰ろう。この人に媚びるのも面倒だし。
それに彼は私の中で、"悪い"海賊だ。今後誘いに乗ることは絶対にない。
その日の夕食。ご飯を食べている途中、スモーカーさんが前の席に座った。そういやご飯の時間が同じだといつも近くで食べてるな。
「聞いたぞ。七武海の会議で菓子を食ってたって」
「一人チョコフォンデュしてました。めちゃくちゃ美味しかったですよ」
「お前……緊張感がなさすぎだ」
「そんなのいります?」
「よくそれで追い出されなかったな」
「会議終わってからセンゴク元帥に殴られました」
こんな事言う彼だって、素行が悪いと上から目をつけられてるらしいし同じようなものだと思う。
「そうだ、スモーカーさん。美味しいお店知りませんか?」
「うまい店だァ?」
「甘いデザートが食べれるカフェが良いんですけど。……あっ、スモーカーさんが知るわけないか。やっぱり何でもないです」
「喧嘩売ってんのか?」
「いえ全く」
スモーカーさんはすぐ怒るんだから困ったものだ。明日から有給一週間。甘いものを食べに行きたいんだけどな。
「私明日から一週間休むので、業務連絡はやめて下さいね」
「一週間も休みだと?」
「会議に参加した報酬です。羨ましいでしょう! 業務連絡以外なら連絡してきても良いので。スモーカーさんだけは許します」
そう言って彼に指差そうとしたら姿はなく、彼はトレーを持って返却口まで歩いていた。まったく、マイペースな人だ。
食堂を出て廊下に出たら大きな男が歩いているのを発見した。後ろから声をかけると男は振り向き破顔する。
「おやー、イリスちゃんじゃないのォ」
「ピカピカ大将こんにちは」
「それ名前じゃないからねェー?」
「相変わらず眩しいですね」
「今は能力使ってないけどねェ。そうだ、お菓子はいるかい?」
「ほしいです!」
「どっちの手に入っているでしょうかァ」
「こっち!」
「当たりィ」
キャンディの詰合せ袋を貰った。ボルサリーノ大将は私をまるで娘の様に扱ってくれる。私に対しては激甘なのだ。
「あんな笑顔のボルサリーノ大将初めて見た」
「三大将ってイリス中佐にゲロ甘いらしい」
遠くの方で一般海兵の会話が聞こえた。私に甘いのは三大将ではなくこの人だけだけどな。
********************
リュックを背負って海軍本部を飛び出した。昨日ボルサリーノさんに美味しいお店知らないですかって聞いたら、お店を教えてくれた上に美味しいもの食べておいでってちょっとお小遣いも貰ってしまった。
「それじゃ! 有給一週間、楽しんできまーす!」
と、そんな事を張り切って言っていたのは数時間前の私。今の気分は最悪。目眩と吐き気に苦しみ、行き先の半分の距離にある島で下ろしてもらった。
「ウッ、オエッ……」
「大丈夫かい嬢ちゃん」
ここまで運んでくれた船乗りのおじさんが背中をさすってくれる。
「酷い船酔いだね。島から出たことなかったのかい?」
「うっぷ、出たことはあります。ここまで、ウッ! ありがとうっぷございました」
「ああ。お大事にね」
あー、クザンさん。今だけクザンさんが欲しい。彼の能力だけで良いから。
移動する時は大抵クザンさんのチャリの後ろに乗せてもらっていた。あの人海凍らせて移動するから後ろ乗ってて楽しいんだよな。移動楽だし。船酔いしないし。
少し何処かで休んでからバカンスを楽しむことにしよう。アイスを食べたい。アイス食べたら元気になる気がする。
ふらふらとアイスを求めて街を歩く。アイスを売っている飯屋を見つけて入ったら、何やら騒がしい。海賊達が宴会でもしているんだろうが、海賊だろうと何だろうと今日は知らない。私はただの一般人。海賊に構ってる暇もない。アイスを注文して食べていたら段々と体調が良くなってきた。
「久しぶりだな」
頭の上に低い声が落ちてきて、ドキリと胸が高鳴った。よく知っている懐かしい声。まさかこんなところで会うなんて。ゆっくりと振り返ると予想通りの男がいた。うわ、見ない間にイケおじになってんじゃん……。
心臓がバクバクと鳴り響く。そして彼の周りにエフェクトがかかったようにキラキラして見えてきて息が一瞬出来なかった。
しかし私は何事もなかったかのように彼からふいっと顔を逸らす。
「……赤髪がいるなんてついてない。折角の休暇だってのに」
「おっ、休暇中か。ならゆっくり話そうぜ」
「ヤダよ」
「つれないな、昔みたいに名前で呼んでくれよ。おれの膝にいつも乗ってたじゃないか。ほら、乗るか?」
シャンクスは隣の席に腰掛け、自身の膝をポンポンと叩いた。馬鹿にされているようで頭に血が上る。
「何年前の話!? 私は今は海兵なの。あんたの敵」
「知ってるさ。中佐になったんだろ。海賊を沢山捕まえてるらしいじゃねェか」
「もしあんたが悪いことをしたら、私は捕まえるからな」
「今は捕まえなくて良いのか?」
「……赤髪は良い海賊だから」
昔はあんなに彼に甘えていたのに、今は立場もあってか出来ない。出てくる言葉は可愛くないものばかり。反抗期の娘みたいになってるな、と鼻で笑った。
「そうか、イリスにそう思われてるなら良かった。ところでおれの船に乗らないか?」
「ところでの意味が分からん」
「昔はルフィと一緒に船に乗せてほしいって言ってたじゃないか。もうお前も自分の身は自分で守れるくらい強くなってるんだ。もうガキじゃねェ」
「私はずっとあんたに憧れて自由な海賊になりたかった。けどこっち側でも結構自由にさせてもらってる」
「そうか……乗りたくなったらいつでも言え。うちは歓迎するぞ」
「赤髪の船には乗らないよ! バーカ!」
彼に昔されたように舌を出した。しかしシャンクスは頬杖をつき優しく笑った。
「イリス」
「なに」
「綺麗になったな」
「ハァ!?」
急に真面目な顔して言うもんだから平静を保てなかった。「おっ、赤くなったな」とシャンクスはニヤニヤと笑って言った。
「バッカじゃないの!?」
アイスを口に詰め込み、わざと大きな足音を立てながら飯屋を出た。
「あー! なんでなんでなんで!?」
十年以上前に私の初恋は終わっているはずだ。久しぶりに顔を見たから胸がときめいただけ。うん、きっとそう。私はこんなキャラじゃないんだ。
「そんな怒って行かなくても良いだろう」
「しゃっ、赤髪!」
どうやら後ろから追いかけて来たようで、私の早足に合わせ彼は隣に並んで歩く。
「一緒に飯でもどうだ? いや一緒に飯食おう。来い!」
「ギャー! 人攫い!」
「だっはっは! 海賊だからなァ」と言ってシャンクスは私を脇腹に抱えて来た道を戻る。なんつー腕力だ。びくともしない。この男にはまだまだ敵いそうにない。
「しかしお前が海軍に入ったと聞いた時は驚いた。ルフィと一緒に海賊になると思ってたからな」
「……好きでなったわけじゃない」
「攫ってやろうか?」
「いい。出て行くタイミングは自分で決める」
「そうか……」
しめた! 腕の力が弱まったぞ。一瞬の隙に腕から抜け出し、逃げる。後ろをチラリと確認したが追ってくる様子はなかった。諦めたと言わんばかりに眉尻を下げ、此方に手を振っていた。
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再び船に乗り、目的の場所に着いた。水の都ウォーターセブン!
まだ船酔いで気分が悪いけど、またちょっと休んだら回復するはず。
それにしても綺麗な町だ。貸しブル屋って看板がある所に着いたけど、ブルって何だろう。とりあえず貸してくれるらしいから貸してもらおう。
「ブル貸してくださーい」
「いらっしゃい。一人だったらヤガラでいいかな」
店のおじさんが案内と説明をしてくれた。ブルとは生活に欠かせない乗り物のようだ。水路用の馬車みたいな感じか。
ヤガラに乗って水路を移動してると色んな人が挨拶してくれる。明るい人が多い町なんだな。ここにはある目的でやって来たけど、海軍をやめたらこの島に住むのも良いかもしれない。
ふと上を見上げると橋があって、一人の男が複数の男達に追いかけられていた。
「まてコラァ!今日こそは逃がさんぞ!」
「もうちょっと待ってくれって!」
追いかけられている男は街角で曲がり、ゴミ箱の影に隠れていた。……なんか面白そうだな。ヤガラから下りて静かに男に近づき、後ろから声を掛ける。
「何してるんですか?」
「なっ! 何だお前!!」
「旅行中の観光客です」
「観光?」
「追いかけられてた理由は?」
「別に何だっていいだろ」
そう言って男は歩き出す。この人追いかけていた男達より強そうだし、追いかけられていたのにはワケがありそうだ。この人が何かしたのかな。まあいいか、ついて行ってみよう。
彼は走ったりロープを出して飛んだりずっと私から逃げ続けてるけど、見失うことはなかった。突然彼は後ろを振り返り、私に指差した。
「テメェ、何もんだ。ただの観光客じゃねェな」
「観光客ですよ。今は」
「今は、ねェ……」
「それより船を見たいんだけど、どこに行ったらいいか分かる?」
「なんだ、造船所に用があんのか」
今からちょうど出勤らしく造船所まで案内してくれることになった。ってことはこの人、船大工ってことか。
「私、イリス。おにーさんは?」
「パウリーだ。造船所に何の様だ? 船の修理か?」
「船持ってないんだよねー。だから今日は下見に」
「金あんのか?」
「まあそれなりには」
「マジかよ。そんな風には見えねえ」
「失礼な」
ほら着いたぞ、と案内されたのはガレーラカンパニー。何人もの船大工達が木材を切ったり運んだり、楽しそうに働いている。
「どんな船が欲しいんだ?」
「全然揺れなくて船酔いしない船」
「何言ってんだお前。海の上で揺れねェなんてあるわけねえだろ」
「ないの!? じゃあ造ってよパウリー」
「呼び捨てかよ。見学はさせてやるからどんな船が良いのか見てこい」
「ありがとー」
どんな船が良いか色んな船を眺めながら考える。ここに来たのは海軍を辞める時に乗る船。きっとじぃちゃんが逃がしてくれないから、じぃちゃんから逃げれる船。いつかの為に船を買おうと思ってここに下見しに来た。
「お客さん。船をお探しですかポッポー」
「ぽっぽー?」
振り向くと眉と髭の形が特徴的な男がいて、肩にハトを乗せている。男は怖そうな顔をしてるけど、今喋ってたのってこの人だよね。顔に似合わず可愛い声だ。
「どんな船があるのか見学してます」
「どうぞご自由に回ってくださいポッポー」
「ハトが喋ってんの!? すっごー! すごいハトですね!」
男に話しかけても返事はない。代わりにハトが返事をした。
「よせよせ、褒めても何も出ないぞ。案内するぜクルッポー」
「ありがとうポッポー」
「クルッポー。真似をするな」
「良いじゃん可愛いじゃんポッポー」
ハトと会話するなんて変な感じ。男は無口な人なんだろうな。
「おれはロブ……ハトのハットリ。こいつはロブ・ルッチだ」
「……イリスです」
今ハトが人間の名前言おうとしたな。……ってことはもしかして。
「腹話術!? すごーー! どうなってんの!?」
「そんなに褒められると照れるじゃねェかポッポー」
ルッチさんの口は全然動いてなくて、ハトが喋ってるようにしか見えない。
「ところでどんな船がご所望かなポッポー」
「船酔いしにくい船が良いんだけどポッポー」
「安定感があるのは大型の船だが、何人乗るんだポッポー」
「私一人の予定ポッポー」
一人だと言うとハットリは考える仕草をした。揺れにくいのは大型船か。困ったな、海を渡るのに船は必要なんだけど船酔いするしな。出航するときは酔い止め薬を服用するしかないか。
「案内ありがとう。船を買う時はルッチさんとハットリに依頼しに来るよ」
「待ってるぜポッポー」
手を振って一人と一羽に別れを告げる。色んな船を見せてもらって、船のカタログも貰った。親切な人とハトだ。
さて、次の島までどの船に乗せてもらおうか。船を探したいけどどこに行けば良いんだろう。それにしても街に向かっているつもりが造船所から出れてない気がする。適当に声を掛けるか。さっきハットリに聞いておけば良かったな。
「すみません、女ヶ島まで行く船はないですか?」
「女ヶ島まではないが、その島の近くに行く船ならあるぞ」
「そうなの!? ダメ元で聞いてみるもんだなァ」
「今、南の岸に止まっとる船じゃ」
船大工っぽい人に声を掛けると、鼻が長い人だった。話し方が老人っぽいから、おじいちゃんだろうか。
「ありがとう。おじいちゃん」
「わしはまだ23じゃ」
「若い顔したおじいちゃんかと思ったら若い人でしたか。失礼しました。紛らわしい」
「お前さん、一言多いのう」
眉間に皺を作りながらも鼻の長い男は答えてくれる。鼻は長いし変わった話し方だしツッコミは冴えてるしこの人面白いかもしれない。
「西の岸でしたっけ?」
「南じゃ。頭も悪いんか」
「初対面なのに失礼な人だな」
「そのまま返すわい」
23歳の鼻の長いおじいちゃんに手を振った。
「ピノキオありがとーう!」
「誰がピノキオじゃ。……そっちは北じゃぞ」
ピノキオの言う通り、南の岸に来たがそこには船はなかった。あれ、西だったっけ。船の代わりにフランキーハウスと書かれた変な建物があった。
「お邪魔しまーす」
「何だお前」
「侵入者だ! ボコってやろうぜ!」
「金目のモノを盗め!」
「チンピラがうじゃうじゃいるなァ」
変なサングラスをかけた男達が武器を振り上げ私に向かってくるので、戦闘態勢に入ったら奥の方から「待て」と声がして皆の動きが止まった。出てきたのは海パンを履いた大男。
「嬢ちゃん、ここへ何のようだ?」
「造船所から南の岸に船があるって聞いて来たんだけどなくてさ。探してるんだけど」
「そりゃこっちは北だからな。南はあっちだぜ」
じゃあお邪魔しました、と扉を押そうとしたら大男な私を止める。
「待て待て。おれ達のアジトに勝手に入って来て、はいそうですかって返してもらえると思ってんのか?」
「うーん」
ここでの選択肢は三つ。
いち、全員ぶっ倒して去る
に、金を置いて去る
さん、一旦話し合う
ニ、だな。休暇中に面倒事を起こしたくないのと、この男多分強い。どれくらいの金額を求めてるのかは分からないけど、とりあえず外のゴミの中にあった大きめの鞄を持って来て大男の前に置く。
「お礼はお金でしょ」
「分かってんじゃねえか。嬢ちゃん」
「んじゃ、教えてくれてありがとう」
「……待て。先に中身を確認してからだ」
思わず舌打ちをした。男が鞄に手をかけようとした時、私は全速力で建物から出た。
「待てコラァ!! オメェら、あいつを追え!」
「ギャー! 来んなー!」
男達が大声を上げながら追ってくる。こんなとこで体力を削られたくないし、何処かに隠れた方が良さそうだ。屋根の上から隠れることが出来そうなところを探す。あ、ちょうど良いところにベランダが。
屋根からベランダに飛び移ると、ちょうどベランダに出て来た人の上に落ちてしまった。
「タイミング良すぎてびっくり。どうもすみません、大丈夫ですか?」
「ンマー、天使でも舞い降りて来たのかと思った」
天使です、とウインクしながら言ったら冷たい目を向けられた。何だよ、そっちが先に言ったんじゃないか。
「何処から降ってきたんだ?」
「あっちの屋根の上から。今フランキーハウスの人達に追われてて」
「そりゃ大変だな。暫く此処に身を潜めると良い」
「何て良い人。ありがとうございます」
茶でもどうだ、と部屋の中に入れてくれる男。有難いけどこの人危機感なさすぎじゃないか。大丈夫か。ていうか部屋広いな。
「カリファはいるか?」
「はい、アイスバーグさん」
「茶と菓子を二人分用意してくれるか」
「二人分ですか? 分かりました」
男は部屋の外に出て誰かと話し、戻ってきた。お菓子って聞こえたけど食べさせてもらえるのかな。何が出てくるんだろ楽しみだ。
「今日は書類の確認ばかりでな、ちょうど話し相手が欲しかったところだ」
「それは良かったです。私口下手なんですけど話し相手務まりますかね」
「ンマー、そうは見えないが。まず君の名前を聞こうか」
「イリスです。今日は船を見にウォーターセブンにやってきました」
「アイスバーグだ。船か。気にいるのはあったか?」
「色々あったんでどんな船を買うかは迷い中です。あ、もしかしてアイスバーグさんも造船所で働いてる人ですか?」
彼は顎に手を当てて少し考えた後、そうだと答えた。適当に聞いたら当たってるなんてびっくりだ。
「船はルッチさんとハットリに依頼するって約束したんです」
「ルッチに会ったのか。変わった奴だっただろう」
「とても良い人でした。でもアイスバーグさんもとっても良い人だ。パウリーも多分良い人だし。でもピノキオは失礼な人だった」
「ピノキオ?」
「鼻の長いおじいちゃんみたいに話す人です。知ってますか?」
「ああ、そいつはカクだろう」
コンコンとノックが聞こえ、アイスバーグさんが返事をすると眼鏡をかけた色っぽい女性が入ってきた。
「お茶とお菓子です。どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「……アイスバーグさん、そちらの方は?」
「ンマー、来客だ」
「今日の来客予定はないはずですが。そもそも一体何処から入って……」
「わー! 美味しそうなお菓子。いただきまーす」
「……」
テーブルに置かれたのは温かいお茶とロールケーキ。高級そうなケーキだ。この人、もしかしてお金持ちだったりする?
「貴女、アイスバーグさんがどれだけ凄いお方か知らないのかしら」
「お菓子を見る感じ、お偉いさんですかね」
「ウォーターセブン市長にして造船会社ガレーラカンパニー社長なのよ」
「……まじ?」
「ンマー、まじだ」
なんてこった。お菓子を口に入れながら、まじまじとアイスバーグさんを見る。綺麗なスーツをきっちり着こなしていて確かに社長っぽい。
それなら仲良くなっておいて損はないな!
「仲良くしましょうアイスバーグさん」
「何を考えているのか分かりやすいな」
「無礼者!」
怒られたのは私なんだろうけど、何故かアイスバーグさんが蹴られていた。この女性も変わった人だ。
「将来、私がこの島に引っ越してきた時は面倒見てください!」
「今は何処に住んでいるんだ?」
「マリンフォードです」
「マリンフォード……。ンマー、覚えてたらな」
「よろしくお願いします。じゃあそろそろ行こうかな」
「ああ、じゃあな」
「お世話になりました!」
ベランダから飛んで下りる。私を追っていた男達はすっかりいなくなっていた。
それにしてもケーキ美味しかったなァ。高級な味がした。
「おいカリファ、おれの分のケーキは?」
「食べられてます」