海の向こう側から一枚の紙が飛んできて私の顔を覆うように紙が張り付いた。紙を取って書いている内容に目を通す。
「メイドがもてなす島。疲れたあなたの心を可愛いメイドが癒します?」
「可愛いメイドだとー!?」
目をハートにしてメイドという言葉に飛びついてきたサンジ。興奮気味に私が持つチラシを覗き込んでいる。まるで素敵な筋肉を目の前にした私の様だ。
「癒してくれるってことは、メイド喫茶みたいな感じかな」
「メイド喫茶ってなんだい?」
「可愛いメイドさんがあーんして食べさせてくれたり、ご飯が美味しくなるようにおまじないかけてくれたりするの」
「なーんて素敵な空間なんだ!」
どんなメイドさんがいるんだろう、なんて思っていたら、チラシの下の方に小さく書かれた文字を見つけ読み上げた。
「メイド募集中。日給五万ベリーから……え、高っ!?」
「日給五万ベリー!?」
今度はナミが飛びついてきた。二人は目を輝かせながらこの島に行きたいと船長にお願いしていたが、ルフィは口をへの字にして船首に寝転がる。
「うーん、興味ねえ。冒険の匂いがしねえし」
「可愛い女の子たちがあーんしてくれたり、飯が美味くなるおまじないかけてくれるんだぞ!?」
「そんなことしなくてもサンジの飯はうめえだろ」
「ルフィ……」
「稼げるチャンスなのよ!」
「稼げるっつてもよ、おれ達男はメイドになれねえんだろ?」
「そうだけど……」
サンジはルフィに、ナミはウソップに言いくるめられる。ウソップがメイド服を着たところを想像してしまって一人で笑ってしまった。
「渚は行きてェのか?」
「へっ」
話を振られるとは思わず、にやけた顔のまま気の抜けた返事をしてしまった。稼げるチャンスかもしれないけど、貰える金額が高いから何か裏があるんじゃないかとは思う。
「私は……、危ないような気がするから行かない方が良いんじゃないかなって思う」
期待していた二人に謝りながらルフィに伝えると、「じゃあ行かねえ」と彼は昼寝を始めた。
落ち込む二人をどうしようかと考え、ナミには以前シャンクスさんから貰った宝石を少し渡したら嬉しそうにしていたけど、メイドを楽しみにしていたサンジにはどうしよう……あ。
「今日のサンジのお昼ご飯は私が作るね!」
「え? うん」
サンジは不思議そうな顔をして頷いた。そうと決まれば、まずはオムライスを作って服を探さないと。ナミかロビンのクローゼットにそれっぽい服があれば良いなと思って探していたら、フリルのついたミニスカワンピースがあった。スカートの丈は短いし胸元が結構あいているのが気になるけど仕方ない。服に腕を通してキッチンへ向かった。
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昼食を食べ終わった皆はもうダイニングを出ていて、サンジはテーブルを拭いていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「えっ、渚ちゃ……ンン!?」
サンジの前に立ってお辞儀すると、彼は目を見開いて鼻血を出した。オーバーなリアクションをとってくれて着替えてきた甲斐があった。彼を椅子に座らせて、作っておいたオムライスを出してケチャップでハートを描く。
「どうぞ、食べてください」
「ンンンンンー!! なんて可愛いハート! もう死んでもいいー! 」
他に何をしたらいいんだっけ。あ、美味しくなるおまじないを忘れてた。手でハートを作っておまじないを唱える。サンジの鼻血が止まらないので、ティッシュを詰めてあげた。こんなに喜んでくれて嬉しいな。もっとしてあげたくなる。スプーンを手に取りオムライスを息で冷ました後、サンジの口に入れた。
「おいし?」
「ッッ!! お、美味しいです……」
「ごめんね、私が島に行くかどうか決めちゃった感じだったから」
「メイドの島、行けなくて良かったかもしれねえ」
「そう?」
じゃあ後は自分で食べて、とスプーンを渡せば美味しそうに食べていた。
「他に何かしてほしいことある?」
「あつーいチューを」
「それはだめ」
「ええ!? 頬でもいいから!」
「……この間サンジに意地悪されたし」
耳弱いからってあんな……。思い出すと顔が熱くなってきた。断られたサンジはしょんぼりしているかと思っていたら、何故か面白そうに目を細めていた。
「効果があったなら良かった」
「うぐっ、」
何も良くない!!
逃げるように洗い物をしに行くと、フランキーがダイニングに入ってきて私たちの様子を見るなり納得したように笑った。
「さっきから中が騒がしいから何かと思えば、面白そうなことやってんじゃねえか」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「ノリノリだなァ」
「へへ、実はこういうの好きなんだよね。一回やってみたかったの」
「他の奴らにも見せてやったら良いんじゃねえか?」
「でも興味なさそうだったし。ルフィは特に」
「渚だったら違うかもしれねえぞ?」
「そうかなー」
何かしてほしいことはないか聞いてみよう。今日は尽くしたい気分だ。甲板に出て誰かいないか探すと、ロビンが花の水やりをしていた。
「お嬢様! 何かしてほしいことはないですか?」
「あら、メイドかしら」
「はい!」
「じゃあ頭を撫でさせてくれる?」
「はい! ……って、え?」
何故かロビンに頭を撫でられた。混乱しながら彼女の名前を呼んでも、微笑んだまま私の頭を撫で続けている。
「ありがとう。満足したわ」
「良かった!」
ロビンの意図は結局分からなかったけど、彼女が嬉しそうなので良いか。甲板を見るとルフィとチョッパーが芝生の上で寝転んでいたので声を掛けに行く。
「二人とも、何かしてほしいことない!?」
「してほしいこと? あっ、アレしてくれ! 枕! 渚の足気持ちいいんだー」
「そうなのかルフィ!?」
膝枕の事かな、とその場に座り「どうぞ」と太腿を叩いた。右にルフィ、左にチョッパーが私の太腿の上に頭を乗せて目を閉じる。なんて可愛いのだろう。
「もちもちだなー」
「だろー」
「ふふっ、喜んでもらえたなら良かった」
太腿がもちもちしていることを喜んでいいのかは分からないけど。いつの間にか二人とも寝息を立てていて、可愛くて頭を撫でた。
「おい誰か暇なやついねえかー?」
「どうしたの?」
「おっ! 渚、ちょうどいいところに。ちょっと手ェ貸してくれ」
金槌を持ったウソップが船内から出てきた。何か武器でも作っているのだろうか。手伝いたい気持ちは山々だけど立てないことを伝える。
「こいつらいつもその辺で寝てるから、転がしてても大丈夫だって」
「そうかな」
ウソップが寝ているルフィ達を私の膝の上から転がそうとすると、ルフィの手がガシリと私の足首を掴んだ。その行動にウソップと二人で固まる。
「ルフィ、寝てる……よね?」
「お、おう。寝てると思うけど。まるで離さねえって言ってるみたいだな」
「「……」」
「仕方ねえな。他のやつに声かけるか」
「ごめんね」
「いや渚が悪いわけじゃねえからさ」
ウソップはブルックに声を掛け船内に入って行った。再び二人の頭を撫でて寝顔を見ていると、上から声が掛かった。
「まるで子供の面倒を見る母親ね」
「ナミ」
二階にいたナミは手すりに肘をついて呆れたように笑った。すると突然ルフィのお腹から大きな音が鳴り響いた。
「腹減ったなー。何か食いもんねえかな」
目を覚ましたルフィはいつもの様に肉を求めてキッチンに向かって行った。チョッパーもルフィの声で目を覚まし、医務室に行った。
「ちょっとこっち来て」
ナミに手招きされ階段を上る。向かった先には昼寝をしているゾロがいた。
「あっちの男も構ってあげたら? 気になってるみたいよ。メイド」
「ハァ!? 誰が!」
寝ていると思っていたゾロはナミの声で起き上がった。目が合った瞬間勢いよく逸らされたけど、やっぱり男の人はメイドが好きなのかな。女の私でもメイド喫茶には行ってみたいなと思ってたし。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「どこも行ってねえぞ」
「お体お疲れですよね。お揉みしましょうか?」
「いい」
「じゃあ何かしてほしいことないですか?」
「ねえ」
「ふーん」
サンジみたいに喜んでくれる様子もなく、興味なさそうだ。気になっているというからメイドになりきってあげているのに。床に座る彼の頭は私の手の届く高さにあり、緑色の頭を撫でた。
「かわいくなーれ」
「ハァ?」
「ご主人様が可愛くなるようにおまじないかけました」
「男が可愛くなってどうすんだよ」
「私が喜ぶ」
「お前、可愛い男が好きなのか?」
「年下の子には可愛くいてほしいかな」
「ブフッ」
突然隣で噴き出したナミに視線を向ける。彼女は肩を震わせながら「気にせず続けて」と言うのでゾロに視線を戻すと、怖い顔で私を睨んでいた。
「もー! 怖い顔しないで」
「元々こういう顔だ」
「じゃあご主人様には特別にこの絶対領域を触らせてあげましょう! 元気出るでしょ」
ニーハイの上に乗った太腿を自分で摘まみながら言うと、なんだそれと呆れられた。ここって男性のロマンが詰まった場所だと思ったんだけど。
「好きじゃない?」
「エロコックと一緒にすんじゃねえ」
「じゃあゾロは何が好きなの?」
「……」
「ねえ、聞いてる?」
数秒だんまりを決め込み、そしてスッとゾロはこちらを指差す。何が好きか聞いて、自分の目の前にはゾロの指。頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。メイドには興味なさそうだったし、考えられるのは……いや、自意識過剰かもしれないけど。
「わたし?」
首を傾げながらそう聞くと、ゾロは一瞬目を見開いてすぐ私から目を逸らした。なんだか慌てているような気がする。
「……っ、あっちだあっち」
彼の視線の先を追うと私の後ろにあったお酒を指差していた。かあっと顔が熱くなる。やっぱり勘違いだったらしい。
「そっ、うだよね! お酒好きだもんね。取ってくるね」
熱くなった顔を冷ますように走ってお酒を取りに行った。
「根性なし」
「……ほっとけ」
ナミは呆れた目をゾロに向けた。