短・中編置場

novel

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捨て猫 ニアリーイコール ニート



 一夜限りと、雨宿りさせた捨て犬ならぬ捨て少年が居ついて──早一ヶ月。
 何度追い出しても必ず戻ってくるのだ。勝手に居候しているくせに、洗濯掃除食事をしない・しようとしない・出来ない、ただのタダ飯食らい。
 聞くと某進学校卒業と同時親元から離れ就職する為上京してきた(というと前向きに聞こえるが要するに家出同然である)、との事だった。本当なら四月から一発合格した有名国立大学への進学を予定していたため、就職先に当てがあった訳ではないらしい。つまりは行き当たりばったりだということ。努力しても受からなかった俺とは違い、親に言われたから仕方なく受けたら受かったという所謂天才タイプで、俺には理解不能な人種である。
 家事をしないどころか、藤原はそれ以外の事ですら何ひとつしようとしなかった。
 仕事へ行く前に食事を用意して行かなかったら、帰宅するまで何も口にしないなんていつものことで。入る様に言わないと風呂にも入らずゴロゴロしているだけ。何処かに出掛ける素振りもない。唯一自らするのは、俺が在宅時にするテレビゲーム。俺が帰宅しようと玄関まで迎えに来ず、炬燵に入ったままおかえりと言うのみの駄犬並所業。犬というより気紛れな猫そのもの。
 一応は、住むところと職が見付かるまでという条件で家においてやることになったが、得たものは癒しではなく作業と手間と世話。
 俺は毎朝食事を作り置きしてから出社し、帰宅すると夕食を食べさせて風呂にも入れてやるという毎日だった。
「……確かにペットが欲しかったが……何か違う」
 風呂場で髪を洗ってやりながら呟く。自分の直毛とは違った淡い色の柔らかな猫毛を泡立てた。
 俺の言った言葉を聞いた藤原は、不思議そうに首を捻る。
「猫も犬も風呂入れて、飯の用意しなきゃいけないだろ。俺とそう変わらないってオッサン」
「龍神坂だ」
「お腹空いたな、リンゴさん」
 蛇口を捻って全開にし、水圧の強いシャワーを藤原へ掛ける。大量のお湯を頭から浴びた藤原は頭を左右に思いっ切り振り、水滴をまき散らして身震いした。

「──あ、米がない」
 米櫃の中が空っぽである事を、俺はすっかり忘れていた。迂闊だった。近所のコンビニへ行けば売っているかもしれないが、コンビニの米は割高であるので、薄月給の身としては買うを躊躇う。藤原に買い物を頼んでおいたが、やはり彼は部屋から出たがらず、行ってくれなかったらしい。
「ラーメンでいいか?」
「何でもいい」
 濡れた頭を拭かず炬燵に入っているだけの藤原は、テレビを見ながら答えた。藤原はドラマやお笑い番組といった類は見ず、何時もニュースを見ていた。テレビ画面では、総理大臣が訪米したニュースとイタリアで起きたマフィアの抗争、それからを隣市で起きた強盗事件を報道している。それを何も言わずにじっと見ているのだ。俺が髪を拭いてやらないと、いつまでも濡れたままでいるから本当に、手の掛かる奴だった。拭くように指図すると面倒くさそうにタオルで拭いて見せるが、俺が台所へ立ち目を離した途端、直ぐに止めて肩まで炬燵布団に埋まりゴロゴロし始めた。
 コンロで水を沸かし、丼鉢にいれた乾麺の上から注ぐ。二つチキンラーメンを用意し、炬燵の上へ置いた。
「こんなので悪いな」
「俺、インスタントラーメン食べるの初めて。親がめちゃくちゃ厳しくて、身体に悪いから絶対に駄目だって食べさせてくれなかったんだ」
「へえ、初めてってそれは驚きだな。俺はしょっちゅう食ってる」
 藤原は初めてのインスタントラーメンに感動しながら完食した。
 親が厳しいっていうのは本当らしく、食事のマナーだけはきちんとしていて行儀もいい。余りにも美味しそうに食べるので俺の半分を分けると、それも汁まで飲み干して完食した。放っておくと何も食べないし細い身体をしているくせに、俺が用意した物はいつも残さず全部食べたのだ。
 俺が洗い物をし始めると(相変わらず手伝おうかの一言も無い)、藤原は据え置き型のゲーム機を引っ張り出しゲームを始めた。テレビゲームも例の親が厳しかった云々で、此処で初めてしたらしい。これではペットというより、ニートだった。頭や顔やスタイルも外国人並にいいのに、これでは全て台無しだ。
「で、職は見付かりそうか?」
「見付かったら俺を追い出す気だろ」
「当たり前だ、置く理由も義理もないからな」
「意地悪だな、こう見えても昼間探しているんだって、いい所が見付かったら働く。でもさ、俺が居なくなったら寂しくなると思うよ。リンゴさんってペット欲しかったんでしょ」
「俺が欲しかったのは犬猫であって、間違ってもニートではない。寂しくないから、とにかく早く見付けて出ていってくれ」
 会話まで、ニートのいる家庭そのものだった。何でニートなんて拾ってしまったんだろう俺が欲しかったのはペットであってニートじゃない──そう後悔したが、ニート藤原は気にせずゲームに没頭している。いい加減腹が立ってきたので俺が家主だと思い知らせるため、炬燵の中を占領している藤原の足を偶然装って蹴飛ばす。
 藤原は最初こそ渋々足を端まで寄せたが、再び真ん中へと伸ばしてきた。
 俺は陣地取りを諦め、持ち帰ってきた会議の資料を纏める作業に徹した。

「──またか、コイツ」
 朝起きると、藤原が同じ布団の中に潜り込んでいた。
 初日こそは同情でエアコンを入れてやったのもあり床で大人しく寝てくれたのに、それ以来はエアコン付けてないこともあってか、いつの間にか同じ布団に潜り込んでくるようになったのだ。
 布団を抜け出し、スーツに着替える。それから台所へ向かい朝御飯と昼食の分を作りラップを掛けてから、七時十五分発の電車に乗る為走って部屋を出た。



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