短・中編置場

novel

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平凡サラリーマン、捨てXXを拾う



 生まれも育ちも地方。
 父親はサラリーマン母親はパートをしている普通の一般的家庭で育った俺は、両親と同じく何もかもが平凡で、普通の容姿・並の運動神経と並の成績。全てが平凡普通だった。
 小中高と通ったのは中の下の公立高校。滑り止めの私立大学を卒業後、上京した東京の小規模企業へ就職して早一年。
 平凡だった学生生活は、平凡な社会人生活となっただけで、何ら変わらない。朝早くから満員電車に揺られ、資格がなくても出来る作業的な仕事をこなし、俺の帰りを待っていてくれる人のいないワンルームへと深夜帰宅する。そんな毎日だった。

 土曜日の夜。いつもなら寄り道なんてしないのに、何故かその日は寄り道をした。
 ペットショップだ。
 家族や地元の友人と離れた寂しさを埋めるにはペットしかいない。そう思って寄ってみたものの、結局決め兼ねた。どの犬もどの猫も可愛かったが、一人暮らしで飼うのは大変だと言う事と、ペットに寂しい思いをさせてしまうだろうと考え断念した。
 一頻りペットと触れ合い、後ろ髪を引かれる思いで店を後にする。
(凄く可愛かったな、あのヨークシャテリア。……やっぱり飼おうかな)
 足を止めては、引き返そうかと葛藤する。思い留まり歩きだしても、まだ未練がましく何度も立ち止まったっていると、とうとう空から雨まで降りだす始末。
 俺は慌てて近くのコンビニへ駆け込み、夕食のコンビニ弁当とついでにビニール傘を買った。真っ直ぐ帰っていたら雨に降られることもなく、余計な出費もなかったのに。今日はなんだかツいていない。
 どうにかペットの飼育を諦めてアパートまで帰宅すると、玄関扉の前に人影が見えた。よりによって俺の部屋の前。見知らぬ男が体育座りをしている。俺の帰りを待つ友人なんていないので、部屋間違いをしているのかもしれない。
「あの、そこ退いてくれないか。部屋に入れないので」
 ビニール傘を閉じ、水滴を払う。
 高校生くらい──の少年は頭を垂れたまま、扉の前から横へとズレた。
「……すみません、雨宿りしていて」
 ずぶ濡れ少年は申し訳なさそうに言った。
 夜遅くに濡れた侭雨宿りしているなんて訳アリに見えたが、関わってろくでもない事になっても嫌なので、何も聞かずに慌てて自分の部屋へ入った。
 真っ暗な部屋の照明を付け、手早く部屋着に着替える。電気代を節約する為、エアコンは付けずに炬燵に入った。買ってきたコンビニ弁当を頬張る。温めて貰ったが雨の中だったので、冷えてしまっていた。こんな時は恋人が欲しいなと思う。手料理が上手で玄関まで出迎えてくれるような優しい女性がいい。そんな彼女と夕食を一緒に食べる為なら、毎日の仕事だって頑張れるし、帰宅するのも楽しくなるのに。
 持ち帰った資料を纏め、それから風呂に入る。湯冷めしないうちにベッドへ向かうも、不意に玄関先で雨宿りしていた少年の事をふと、俺は思い出してしまった。
(そういえばアイツ、まだいるのか? ……まさかな)
 玄関へと向かい、覗き穴から外を確認する。
 ──まだいた。
 先刻と変わらずよりによって俺の玄関の前で、膝を抱え込みじっとしている。まるで捨て猫のよう。雨足は徐々に強まっているようだった。
「早く帰らないと親御さんが心配するぞ」
 扉を少し開け、少年に声を掛ける。
 少年は漸く顔を上げた。その顔はまるでファッション雑誌のモデルのような、整った顔をしている。世間一般的にイケメンだと言われる部類。
「帰る家なんてない。俺を拾ってくれない?」
「家出少年か。……もう終電もない時間だし、今夜だけだぞ。明日は帰るように」
 家の前で凍死されても困るので、仕方なく家へ入れた。玄関口で待たせたまま、急いでバスタオルを持ってくると、濡れた少年の頭を乱雑に拭いてやる。乾いた服に着替えさせてから、靴を脱ぐことを許可した。
「俺の名前は藤原明。オジさんは?」
「教える義理はない。ってかオジさんって、俺はまだ二十三歳なんだが」
「へえ、俺と五つも違う。やっぱりオジさんじゃないか」
「だからオジさん言うな、龍神坂だ」
「え?」
「……龍神坂凛吾
 ああ──やっぱり聞き直された。だから名前を教えるのは嫌いなのだ。
 名前を伝える時、昔から必ず聞き返されるのだ。俗にいうキラキラネームに分類される事案なのか分からないが、女の子だったら可愛らしい響きである名前も、明らかに名前負けしている立派な響きの名字も、平凡な顔の所為で似合わないとよくからかわれた。
「へえ、いい名前じゃん」
 藤原と名乗った少年は、くっきり二重の目を輝かせて言った。その屈託のない表情からは偽りない感想であることが伝わってくる。
 俺は固いフローリングの上に押し入れの奥にしまっていた薄い夏布団を敷きながら、どう返事をしたらいいか分からず考えた。今までそんな事を言われたりされた経験がなく、考えても分からなかったので返事をするのは止め、エアコンのスイッチを入れた。
 床で寝るように言い、布団に潜り込む。
「世界で一人だけの名前だな。俺なんて今まで同姓同名に三人会ったから、マジ羨ましい」
 拾った猫はとても騒がしく、電気を消しても喋り続けた。



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