青い鳥 6


 そこからはまた、二人で黙々とご飯を食べ、それぞれ支度をして、時間になったら一緒に家を出た。
 これも、毎朝の習慣。
 俺と翼は同じ高校に通っているから、毎日学校まで、歩いて一緒に行く。
 俺が高校を選んだ基準はただひとつ――「近いから」。
 どうしても家のことに時間を取られるから、高校は、なるべく近くて通学に時間がかからないところを、と考えていた。幸い、徒歩圏内にある唯一の公立高校に入れるだけの学力を持ち合わせていたので、軽い気持ちで学校を決めて、今に至る。
 けど翼は、もっと選択肢があったはずなのに、どういうわけか俺と同じ高校に通っている。
 おまけに、俺も翼も特に部活もやっていないし委員会にも所属していないから、帰りもほぼ一緒。
 翼も中学の時は、兄貴や颯と同じようにバスケットをやっていた。翼が中学でバスケ部に入ると決めたとき、兄弟って似るモンなんだな〜、なんて俺は妙に感心していて、だからてっきり兄貴と同じように、高校でもバスケ部に入るのかと思っていたのに、予想に反して翼は、バスケ部はもちろんのこと、他のどの運動部にも、文化部にも入らなかった。
 もしかしたら、俺に合わせているんだろうか。
 もしそうだとしたら、申し訳ないような、心苦しいような気持ちになる。
 そんな風に考えごとをしながら歩いていたからだろうか。
「のん兄危ない!」
 ぐいっと手を引かれ、よろめきながら翼の胸に顔を埋めたとき、俺の後ろ数センチの位置を、クラクションを鳴らしながら車が猛スピードで走り抜けていった。
「う……わ……」
 ぞわり、と背筋を冷たいものが走る。
 もしも翼が俺の手を引っ張ってくれなかったら、俺、絶対、あの車に轢かれてた。
「翼……その……ありがと……」
 恐怖で震える足に力を入れ、翼に預けていた体重を取り戻そうとするけれど、うまくいかない。
「あ、アレ?」
「のん兄、まだ手、震えてるよ」
 小刻みに震え続ける手。翼の胸に置いた手の震えが、止まらない。
 すると翼は、俺を守るように、その腕で俺を包み込んだのだった。
「いいよ。落ち着くまで、しばらくこうしてなよ」
「――………」
 瞬間、どきりと、心臓がおかしな音を立てた。
 優しい言葉、紳士的なしぐさ、いたわるように触れてくる手から伝わる、あたたかい体温。
 それに加えて、悔しいことに、俺の体は翼の腕の中に、すっぽり収まってしまっていた。
 俺より小さかったはずの弟が、いつの間にかこんなにも成長していたなんて――。
 家の中では母親代わりのような俺にとっては、それが嬉しいような、でも、たった二歳違いの兄としては、それを素直に喜べないような。
 なんとも表現しがたい、複雑な感情が胸に渦巻く。
 一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、俺は、ゆっくりと翼の腕の中から抜け出した。
「――ありがとう、翼」
 それでも助けてもらったことには感謝しているから心からお礼を言えば、翼は、やわらかい微笑みを返してくる。
 それがまた、俺の胸の底に溜まっている感情の水溜りに落ちて、そこでじわじわと波紋を広げていった。


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