赤い痕 6


 まっすぐ俺たちのところまでやってきて、俺の脇に立った北斗が、俺と梓を交互に見て軽い溜め息を落とすと、おもむろに梓のブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
 中を探り、そこから何か取り出したかと思うと、今度は勝手に梓のシャツの襟を立てる。
 北斗の手にあったのは、ネクタイ。それを立てた襟の下に巻きつけながら、抑えた声を発した。
「だから、いつもネクタイをしろと言っているだろう。――見えてるぞ」
「だって苦しいじゃん……って、……え?」
 あまり見ないように。そう思っていたのに、どうやらまた梓のあの痕に目がいってしまっていたらしい。
 それに気づいた北斗に促されて、梓の視線が俺の方へと移動する。はっと顔を上げると、その拍子に梓とばっちり目が合ってしまった。
「え、っと……、その……」
 こういう場合、どこから何をどう言ったらいいのだろう。
 とりあえず口を開いてみたものの、上手い言葉が思い浮かばずすぐに口ごもってしまう。その間も北斗の指先はするすると器用に動き、斜め上という難しい位置からだというのに、さほど時間を掛けずに慣れた仕草で梓のネクタイを結び終えた。
 梓は俺ではなく上を見上げ、その北斗に向かって唇を尖らせる。
「俺悪くないし! あんな微妙な位置に痕つける北斗が悪いんじゃん!」
「……え?」

 ――え?

 待て待て待て!
 今なんつった!?
「微妙じゃなくて絶妙だろ。シャツのボタンを上までしっかり留めてネクタイをすれば問題ない」
「俺がネクタイ嫌いって知ってるくせに!」
「だからこそ、だよ」
 ちょっと待てよ!
 どういうことだ!?
 混乱する脳内で、二人の会話を反芻する。梓は確かに今、あの痕をつけたのは北斗だと言っていた。とりあえず、虫さされの痕というオチではないということはわかった。北斗が意図してつけたものだということも。
 つまり、あの痕が意味するのは、二人の関係が……、その……。
 だけど梓は男で、北斗も男で。
 幼なじみで、親友。よく知っているはずの二人の関係を表す言葉。そこに、俺が思っているのとは別の名前がチラ見えする。世の中には、同性同士でそういう関係になる人たちがいるってことは、知識としては知っている。テレビや雑誌、ネット等でしか知らない世界だけど、そういう人たちに差別意識や偏見を持たないつもりでもいた。
 だけど、実際にそれを身近な現実として突きつけられたのは、これが初めてなんだ。
 ただでさえ自分のことで手一杯だった俺は、事実を上手く消化でずに北斗と梓の前で俯き黙り込んでしまった。
 俺が一人悶々と考え込んでいる間も取るに足らないような言い争いを続けていた二人が、そんな俺の様子に気づいてぴたりと言葉を止めた。
「望?」
 梓に呼ばれて、ハッと我に返る。
 やばい。
 何か言わなきゃ。
 このままじゃきっと、誤解される。


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