赤い痕 5


 ったく……、誰かに何か言われたら、どうするんだよ……。
 今朝のやり取りを思い出し、どうしても漏れてしまう溜め息を落としながら教科書を机にしまっていると、頭上から元気のいい、明るい声が降ってきた。
「望、おっはよー!」
 朝からテンションの高い、梓だ。
「……はよ」
「なんだよ、元気ないなー」
 梓は、俺の前の席のヤツがまだ登校してきていないのをいいことに、昼休みいつもそうしているようにソイツの椅子に逆向きに腰掛けると、少し身をかがめて俺の顔を下から覗き込んできた。
「もしかして、また兄弟絡みだったりして」
 半分はからかい口調で、そして残りの半分には声色に心配を滲ませながら、そう尋ねてくる。
 先日のこともあるし、まあ、そう思われるのも当然だよな。
 そう思ってまたひとつ溜め息と共に視線も落としたその拍子に、梓のシャツの合わせ目の奥に見えたものに、俺の視線は釘付けになってしまった。

 え?
 あれって――?

 今朝俺が、鏡の前で何度も確認した(そして度重なる溜め息の原因ともなっている)、兄貴につけられた痕と同じような――いや、それよりも濃くはっきりとした、鬱血の痕。
 シャツ内側の、普通に制服をきっちり着ていれば絶対に見えない位置。だけど、普段から面倒くさがってネクタイをしない梓は、今日も、いつもと同じように一番上のボタンだけ留めずに着たワイシャツの上からブレザーを羽織っただけの格好。僅かに身をかがめたことで生じた胸元の隙間から、それがばっちり見えてしまっている。
 虫さされの痕とかいうベタなオチ……なわけ、ないよなぁ……。
 梓に恋人がいるなんて話、聞いたことはないけれど、俺が知らないだけで、梓にはそういう相手がいるのかもしれない。
 俺が知らないだけで。
 そう考えたら、なんだかちょっと寂しくなった。
 そりゃ確かに知り合ってまだ一年とちょっと。付き合いの長さだけを考えたら、北斗のように幼い頃から何年も一緒にいるわけじゃないんだから、俺には話せないことだってあるだろう。
 そこまで考えて、ふと気づいた。
 北斗は、このこと、知っているんだろうか?
 そんな風にぐるぐると考え込んでいる間、どうやら俺は無意識にそこばかりを凝視していたらしい。梓が不審な声で俺の名前を呼んだ。
「望?」
 目の前でひらひらと手を振られて、はっと我に返り慌てて視線を外す。
 そのままついでとばかりに教室内を見渡して、意識の中にあった北斗の姿をなんとなく探していると、北斗はちょうど開けっ放しのドアからこちらへ向かって歩いてくるところだった。


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