赤い痕 4


 颯の言葉に、兄貴の顔が強張る。
「まさか……、まさかとは思うが……、この俺を差し置いて翼にはお帰りのキスをしてやったというのかっ!?」
「してないっつーの!」
 内心ドキリとしたけど、答えはノーだ。それは嘘じゃない。なのに兄貴はまったく信じない。
「どこにしたんだ? 額か? 頬か? まさか唇とか……!」
「だからしてないっつってんだろ!」
「俺にもキスさせろ!」
「人の話を聞けー!!」
 俺の言葉にはまったく耳を貸さずに暴走する兄貴に、息を荒げて怒鳴り散らす。するとそこへ翼がのっそりとやってきて、いつもの定位置へと静かに腰を降ろした。
 そうして、テーブルの上を見つめ、淡々と感想を漏らす。
「今日はハンバーグか。おいしそうだね」
「………」
「………」
 途端に目を見交わせて、口を閉ざす兄貴と颯。
 何なんだよ、一体……。
 俺は、やり場のない怒りをぶつけるように力任せにご飯をよそい、それを待っている三人の前へどん、どん、どん、と並べた。
 微妙な空気の中、四人で囲む食卓。翼が「おいしそう」と評したハンバーグは、あまり味がしなかった。





 それにしても毎日疲れる……。
 まだ、学校へ着いたばかり。一日はこれからだというのに、俺はすでにかなりの量の体力と精神力を使い果たしていた。
 それというのも、先日、俺と翼の間に「何かあった」のではないかと考えた兄貴が、事ある毎にキスをねだるようになってしまったからなのだ。
 これまでだって、ただでさえスキンシップが激しかったというのに、それに加えて、起きたらまず「おはようのキス」、出掛けには追加で「行ってらっしゃいのキス」、帰宅時には当然のように「お帰りのキス」、駄目押しとばかりに寝る前には「おやすみのキス」。
 今までにも、そういう要求はあった。だけど兄貴はそこまで本気じゃなかったし、どこか、弟をからかっているような――言葉のやり取りを楽しんでいるような節もあった。
 だけど今朝は――。
「ったく、何のつもりだよ……」
 席についてひとまず机の上にカバンを置き、気持ちシャツの襟を引き上げて、忌々しいその痕を隠す。
 何度言われても俺が行ってらっしゃいのキスをしないことに業を煮やした兄貴が、今朝、とうとう強硬手段に出たのだ。
 玄関先で、キスをする、しないで押し問答になり、そうこうしているうちに電車の時間が迫ってくると、兄貴は俺の肩をがっちり掴んで首筋に吸い付きいてきた。
 全力で抵抗したけど、なにせ体格では兄貴に敵わない。どうにかこうにか兄貴を引き剥がした時にはもう、俺の首筋にはしっかりと赤い痕が残されていた。
 俺だって、それが何を意味するのかわからない年じゃない。
 ギリギリ襟で隠れる場所だし、そんなに濃い痕が残っているわけじゃないけど、それでも他人に気づかれる可能性はゼロじゃない。


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