赤い痕 3


 そんな兄貴を見ながら小さな溜め息をひとつ落として、持っていた皿を二枚ともテーブルに置く。
「望ー、おかえりのハグは?」
「ありません」
 掛けられた言葉には、兄貴のほうをチラとも見ずに冷たく言い返す。
 だが、いつものことながら、そんなことでめげるような兄貴じゃなかった。
「じゃあおかえりのキスは?」
「ありえません」
 尚更きっぱりと断る。が、さすがというかなんというか……。やっぱり、そんなことで諦めるような兄貴じゃない。俺が了承することを前提に、要望がどんどんエスカレートしていく。
「別に唇にしてくれなくったっていいからさー、ホラ、頬とか額とかに軽〜く、ちゅっ、とね」
 兄貴が他意なくいつもの調子で、軽い気持ちで言ったことはわかっている。
 だけど……。
 「額とかに」。
 「ちゅっ、と」。
 なんてことないように笑いを含みながら、具体的に示された言葉に、俺はつい、過剰に反応してしまった。
「額にキスなんて、するわけないだろっ!」
 思わず大声を出してしまってから、ハッと我に返る。
 兄貴が驚いたように目を見開いたまま、呆然と俺を見る。そこへ、タイミング悪く着替えを終えた颯が戻ってきた。
 きっと、俺と兄貴のやり取りが聞こえていたのだろ。テーブルを回りこみダイニングの椅子に座るまでの間ずっと、さっきと変わらない疑り深い眼差しを俺に向けてきた。
 俺はもう、これ以上そこには触れて欲しくなくて、颯からも兄貴からも視線を逸らして残りの二枚の皿を手に取る。だけど、まったく空気の読めない兄貴は、懲りずに自分本位な発言を繰り出してきた。
「な、なあ望、なにもそんなに怒鳴らなくても……。お兄ちゃんはただ、仕事で疲れて帰ってきても、望が癒やしてくれたら、それだけで疲れも吹っ飛ぶと思ってだな……」
 颯に倣って椅子に腰を降ろしながら少し眉尻を下げ、すまなそうな声色を出してはいるけれど、おそらくそれは表面だけ。触れられたくないから無言を通しているのに、兄貴は何を勘違いしているのか、なんとしても俺から何かしらの言葉を引き出そうと、更に質問を重ねてくる。
「だから、望にこう、ぎゅっ、とか、ちゅっ、とかしてもらえたらって思ったんだけど……。お兄ちゃん、何か悪いこと言ったか……?」
 それでも黙ったままでいると、颯が余計な口を挟んできた。
「違うよヒカ兄。ヒカ兄がどうこうじゃなくて、のん兄はツバ兄と……」
「颯っ!」
「翼!? 翼がどうかしたのか!?」
「なんか二人、怪しいんだよね〜」
「こら颯っっ!!」
 慌てて颯を制止する。だけど兄貴の食いつきがすごすぎて、それはまったく意味を成さない。
「なんだ!? 何があったんだ!? 一体どうしたというんだ!?」
 兄貴の言葉を受け、颯がリビングにいる翼をねめつけながら低い声で答える。
「わかんないけど……、あれは絶対になんかあったよ」


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