赤い痕 2 俺から何かを引き出そうとじっと見つめてくる颯の瞳から逃げるように目をそらし、ドアを指差しながら、苦し紛れに怒鳴った。 「いいからさっさと着替えて来い!」 「………はーい……」 不満たっぷりの声色を響かせながら、それでも颯はしぶしぶキッチンを出て行った。 程なくして聞こえてきた、洗面所で水を使う音と、そのあとで二階へ上がる足音。なんとかごまかせたことにほっと胸を撫で下ろすのも束の間、ふと目を上げると、今度はこちらをじっと見つめている翼と目が合った。 「……ッ!」 くそ……! あんなことがあったあとで、顔を合わせづらいって感じているのは、やっぱり俺だけらしい。 翼の顔には、そういう類の感情なんて微塵も浮かんでいなかった。それでいて、俺のすべてを暴いてしまいそうな、射抜くようにまっすぐな視線が瞳に、そして心にも突き刺さる。 いたたまれなさに、俺は俯き、そのままハンバーグを盛り付けるために作業台へと向き直った。 ただ、額にキスされただけで。 俺の心はこんなにも波立っているというのに。 何ごともなかったかのように落ち着き払った翼の姿に、無性に腹が立つ。 俺を好き、だなんて。 やっぱり本気じゃないんだ。 そう結論付けたところで、どういうわけかツキン、と胸が痛んだ。 ……違うだろ。 翼とは家族で、兄と弟で、男同士なんだから。そもそも「好き」という感情を持つこと自体間違ってるんだから。 そう自分に言い聞かせながらも、一方では自分の心に疑問を投げかける。 でも、だったらどうしてこんな気持ちになるんだろう。 翼の気持ちに特別なものがないのなら、普通はほっとしたり、せいせいしたり、するんじゃないだろうか。 それなのに、安心するどころか、逆に心臓が締め付けられるように痛い。 どうしてこんな風に――? 「望ー! たっだいまー!」 「!」 今、すごく大切なことが見えそうだったのに。 手繰り寄せていた感情の糸は、玄関方向から聞こえてきた、颯と同じかそれ以上に明るく元気な帰宅の挨拶で、ぷつりと切れてしまった。 胸の中にもやっとしたものが残る。 内心の苛立ちをどうにか押さえつつ、キッチンに姿を現した兄貴を出迎えた。 「……おかえり」 「望ー! ただいまー! 会いたかったよーー!」 「今朝会っただろ」 まるで数年ぶりの感動の再会とでも言いたげな兄貴をぴしゃりと一蹴して、いつものごとく過剰なスキンシップを仕掛けてきそうな兄貴を牽制する意味で、盛り付けの完了した皿を両手に持つ。 案の定兄貴は、俺の格好を目にするなり広げた両手を宙に浮かせたままの体勢で固まった。 兄貴、今絶対俺に抱きつくつもりだったな。 じっとりと兄貴をねめつけると、兄貴は決まり悪そうに乾いた笑いを零しながら、未だ宙に浮かせたままの両手を意味なくひらひらと振って、数歩後ずさった。 [戻る] |