黒い雨 11


「実はお前ら、デキてんじゃねぇの?」
 北斗と梓が幼なじみであることは周知の事実で、時々その仲の良さを、こうしてからかわれることがある。
 誰かがきっかけを作れば、当然、それに便乗するヤツも。
「そーそー。授業サボって、二人で一体どこ行くんだよ?」
「ラブホだったりしてー」
「なー?」
 ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべながらの妖しい問いかけに、梓は平然とした顔で同調した。
「そうなんだよー、これからラブホ。もー、北斗が我慢できないってうるさいからさー」
「それはお前だろ」
 北斗のイメージと合っていない梓の作り物めいた台詞と、素早い北斗の切り返し。そこでどっと笑い声が上がる。
 うん、そうだよな。
 男同士で好きだとか、付き合うとか、そういうのはこうやって冗談で言うくらいがちょうどいい。
 笑ってネタにできるくらいが。
 本気でそうなったら――なんて、考えるだけでおそろしい。
「谷川ー、ほどほどにしとけよー」
 まだ続く揶揄に、梓がひらひらと手を振り返しながら教室を出て行く。
 そう、だよな。
 男同士で――ましてや兄弟で、好き、だなんて。
「間違ってる……」
 俺の呟きは、まだ盛り上がりの引かない室内では、誰の耳にも届くことはなかった。





 ツイてない日というのは、とことんツイてない。
 今日は日直で遅くなるからと、翼には朝のうちに先に帰るように言っておいた。
 北斗と梓は、六時限目をサボって帰ってしまった。
 そして外は――。
「参ったな……」
 あと十数分、帰るのが早ければ大丈夫だったかもしれないけれど、黒い雲に覆われた空からは、ざーざーと大粒の雨が地面に降り注いでいた。
 生徒玄関で立ちつくす。恨めしげに空を睨んでいると、日直で一緒だった児玉が親切な声を掛けてくれた。
「土岐くん、よかったら駅まで一緒に入っていく?」
「あー、気持ちは嬉しいんだけど……さ、俺、歩きなんだ」
「家、どっち?」
「あっち」
 駅とは逆方向を指差すと、児玉がちょっとだけ困った顔を見せる。
 駅までなら一緒に、って思ったんだろうけど、俺の家までなんて付き合う気はなくて、だからといってこのまま俺を残して帰るのは良心が痛むのだろう。
 そんなに親しくないクラスメイトに余計な負担をかけたくないから、俺は早口で付け足した。
「弟が先に帰っているはずだから、迎えに来てもらうよ」
 そう言ってやれば児玉は、すまなそうにしながらも、カサを開いて雨の中を駅方向へと歩き出していった。
 その背中を見送って、俺はカバンの中から携帯電話を取り出す。俺が持っていないってことは翼も当然カサを持っていなかったと思うけど、果たして濡れずに家まで帰れただろうか。
 時間的には微妙なところ。
 電話帳から翼の番号を呼び出して、携帯を耳に当てる。
 家でも学校でも一緒で、滅多に電話なんてしないから、少しだけ、緊張する。けど――。
「……出ないな」


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