黒い雨 9


 こんなこと、おかしいってわかってる。
 でも、どうしてだろう。
 兄貴や颯が強引に触れてきてもなんとも思わないのに。
 翼だけ。
 翼の肌がちょっと触れただけで、俺の心臓は、ドキドキと普段よりも速い鼓動を刻んでしまうんだ。
 自分でもおかしいと感じていることを、促されたからといってそう簡単に話すことはできない。それ以上に、どうしてそうなってしまうのか、自分のことなのにまったく原因がつかめないし、感情の流れを上手く言葉に変換できない。
 どう説明したものかとしばらく黙っていたけれど、答えを迫る二人の視線に耐えられず、俺はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「あのさ、変な話なんだけど……」
「うん」
「正直、俺自身もよくわかってないんだけど……」
「大丈夫だから、話してみて」
 優しい言葉で相槌を打ちながら、梓が、知らず握りこぶしを作ってしまっていた俺の手を、上から包み込むように優しくそっと握る。
 触れた体温の暖かさ。そこに、肩の力がすっと抜けるような穏やかさはあっても、翼に触れられたときのように、心臓の鼓動を高めるような激しい要素はない。
 やっぱり翼だけ。
 翼と、他の人間と、一体何がどう違うっていうんだ。もしもそれがわかったら、今は説明のつかないこの現象にも、きちんとした答えが出るんだろうか。
 探るように考え、口を開く。
「最近……さ、その……俺……、翼に触られると、ドキドキするっていうか……」
 声に出してみるとその事実は思った以上に恥ずかしくて、頬に熱が集まる。
 顔の赤みに気づかれやしないかとヒヤヒヤしたけれど、幸いにも梓はそこには触れずに、俺と北斗とを交互に見ながら問い返してきた。
「翼って、一年にいる、上の弟のこと?」
「うん」
 兄弟構成は以前から話してあったし、二人とも、昇降口で俺を待つ翼には何度か会っていて、知っている。
「最近って、いつ頃から?」
 元々、そんなに口数の多くない北斗はどうやら聞き役に徹するつもりらしい。質問はもっぱら梓からで、それでも内容が内容だけに、俺は梓の目を見ることができず、梓が座っている側の机の縁あたりに視線を置いたまま、ゆっくりと記憶を辿った。
 一番初めにそれを感じたのは――たぶん、あのときだ。
「……実はさ、車に轢かれそうになったところを助けてもらって……」
 先週末の、登校途中の出来事。自分の不注意から、あやうく車に轢かれそうになったところを翼に助けてもらった。
 事実をかいつまんで話しながらも、俺の頭の中にはあのとき垣間見えた翼の、もはや幼い弟ではなく一人の男としての大人びた顔がちらついて、心臓の鼓動が勝手に加速を始める。
 すべてを話し終えると、それまでじっと聞いていた梓は、思わぬ結論を出した。
「それって吊り橋効果ってヤツじゃないの?」
「吊り橋効果?」
 初めて聞く単語に、首をひねりながら問い返す。一度頷いた梓が、俺にもよくわかるように解説してくれた。


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