黒い雨 1


 昼休み突入のチャイムを聞いた瞬間、蓄積された疲れがどっと出て机に突っ伏す俺に、頭上から空気を読まない無遠慮な声が掛けられた。
「望、頭ジャマ。起〜き〜ろ〜!」
「………」
 仕方がないので起き上がると、梓は、俺が避けたことで本来の姿を見せた机の上に我が物顔で弁当を置き、俺の前の席のヤツの椅子を拝借して向きを変え、そこへどっかりと腰を下ろした。
「あ〜あ、望のせいで貴重な昼休みを一分三十秒無駄にした」
 文句を言いながら弁当の包みを解いていく梓。一方俺の右隣では、北斗が梓の悪態に笑いながら、机をくっつけてくる。
「そんなに時間は掛かっていないだろう。本当、梓はいつも大袈裟だな」
「うっせ!」
「そして自己中心的だ。――な、望もそう思うだろ?」
 振られて乾いた笑いを漏らすと、それが気に入らなかったのか、梓は頬を膨らませながら、自分を悪く言った北斗を責めるように、手に持った箸の先を北斗に向けた。
「そこで望に振るな。だいたいお前はいつも、俺に冷たすぎる」
「そんなことないよ」
「ある。そして望に甘すぎる」
「それは……あるかも」
「あるんかい!」
 半分漫才のようなやり取りに思わず声を上げて笑ってしまう。そんな俺を見ながら北斗も弁当を開いたので、俺も鞄の中から自分の弁当を取り出した。
 北斗と梓と、俺。うちの高校には学食もあるし、購買ではパンやおにぎりも売っているけれど、俺は大抵弁当持参で、この二人もそうなので、三人一緒に昼休みを過ごすことが多かった。
 高二の時のクラス替えで二人と知り合い、あっという間に仲良くなって、運良く三年でも同じクラス。小学校からの付き合いだという二人の間には時々、入り込めない特別な絆のようなものを感じるけれど、それでも二人と一緒にいるのは、とても楽しいし、ほっとする。
 家のことや兄弟のことを忘れて、俺がただの高校生でいられる、貴重な時間。
 と、そこで、ひとしきり梓との掛け合いを終えた北斗が、少し顔を傾け、横から俺の顔を覗きこんできた。
「望、なんだか疲れてるように見えるけど?」
「あ……まあ……うん……」
 ブロッコリーに箸を突き立てながら曖昧に返事をすると、北斗は眼鏡の奥の目を、ほんの少しだけ細めて言った。
「話したくないことなら聞かないけど、もしも、言って気が楽になるのなら、いくらでも話聞くよ」
 向かい側では梓が、箸を加えたままで神妙に頷いている。
 気が楽に……。
 魔法の言葉のようなそれに導かれるように、俺は口を開いていた。
「実はさ、何考えてんのか知らないけど、兄貴が急に張り切りだして……」
 兄貴と弟二人から同時に受けた(いまだに信じがたい)愛の告白。
 その翌日から、俺の受難は始まった。





「望、おはよう」
「………」
 悲しいかな。たとえ学校が休みの日でも、長年の習慣で同じ時刻に目が覚めるので、とりあえず朝食の準備でもしようと階下へと向かうと、すでにリビングには兄貴がいて、休日の朝だというのにきちんと着替えを済ませ、顔も洗ったのか起き抜けのだるさをまったく感じさせないすっきりとした表情で朝の挨拶をしてきた。


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