青い鳥 10


「のん兄」
 翼は、ベッドに備え付けのはしご、最下段に足を掛けた状態で、こちらを見ていた。
 カーテンを閉め忘れている窓から、月明かりが差し込む。その僅かな光に浮かぶ翼の表情も、俺を呼ぶ声も、いつもと何ら変わらないように思えた。
 でも俺は、夕食時のこともあって、呼びかけに答える声が変に裏返ってしまう。
「……ッ、な、なに……っ!?」
 だけど翼は、それに対して取り立てて何か言うこともなく。
 いつもと同じ、あまり抑揚のない声が、静かな部屋に響いた。
「茶碗、洗っといたから。――おやすみ」
 そうして、報告は済んだとばかりに、自分の寝場所である二段ベッドの下段に潜り込んでしまった。
 何を言われるかと構えていた分、まるであの告白がなかったかのようなあっさりとした態度と言葉に、毒気を抜かれてしまう。
「あ……、うん、サンキュ。……おやすみ」
 簡単に返して、俺も寝ようと再び横になった。
 成長した体には少し窮屈だけれども、小さい頃からずっと使っている天然木の二段ベッド。
 いつからこの部屋で、こうして、翼と二人で寝るようになったんだっけ。
 仰向けになり目を閉じながら、遠い過去の記憶を呼び起こす。
 ――ああそうだ、あれは確か、兄貴が中学に上がる直前。思春期にさしかかった兄貴が、周りの子がそうであるのと同じように「一人部屋がほしい」と言い出したのがきっかけだった。
 どういう経緯でこの家に住んでいるのか、その辺の事情はまったくわからなかったけれど、子供の人数の割に部屋数が少なかったため、おそらく父親が、ここで兄貴に一人部屋を与えてしまっては、後々困ると思ったのだろう。
 長男は、まだ小さい末っ子の面倒を見るように、次男と三男は、年の近い者同士お互いに助け合うように。そんな理由をつけて、兄貴と颯、俺と翼、という組み合わせで、父親が部屋分けをした。
 小学校の低学年だった俺は、独立心よりも、親や兄弟と一緒に過ごすことで得る安心感のほうが強かったし、俺でさえそうなのだから、まだまだ甘えたい年頃だった翼も颯も、もちろんその部屋分けに異存はなかった。
 ただ一人、兄貴だけは一旦は納得したものの、その後も成長するに従って、「高校生になったら一人部屋」とか、「大学に合格したら一人部屋」とか、「社会人になったら一人暮らし」とか、ことあるごとに要望を出していたようだった。
 けれども結局、その都度上手い具合に父親に言いくるめられて、なんだかんだでずっと家にいるし、社会人になった今でも実家から通勤しているし、おまけに颯も文句を言わないものだから、未だに颯と部屋を共有している。
 たいして広くもない部屋で、二人の人間が寝起きする。二段ベッドは、限られたスペースを有効活用するための必須アイテム。
 俺が年上だから、俺が上。翼は弟だから、翼は下。
 最初にそう決めてから、ずっとそうやって過ごしてきた。
 だから俺は知らない。
 薄っぺらい板一枚。その下で翼が、なんてことない俺の言葉に、心から愛おしそうな微笑を浮かべていたことを。

青い鳥・END


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