青い鳥 9


 今度は別の意味で呆れる俺にも気づかず、兄貴はそのまま、真面目な声で言葉を続ける。
「俺は、本気で望が好きなんだ」
 だけど、俺ではなく中空を見ながら言われた告白は、どこか、自分に言い聞かせているように感じられて。
 「好き」と言われたことに何らかの感想を持つより前に、そんな兄貴の「本気」を疑ってしまった。
 そして、それを感じ取ったのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。
 兄貴の横で颯が、ずいっと身を乗り出しまくし立てた。
「ヒカ兄、何『本気』とか言ってんの! ヒカ兄は、ただのん兄に、理想のお嫁さん像を求めているだけじゃん! 真面目なフリして全然気持ちがこもってないよ! 僕のほうがずっと本気だよ!」
「何ィ! 俺だって本当の本気だ!」
「僕のほうがずっとずーっと本気でのん兄のこと好きだもん!」
「俺だって本気の本気の……」
 再び、低レベルとしか思えない言い争いを始める二人。
 声を張り上げすぎたからか、兄貴は途中で派手に咳き込み、さらにぜいぜいと息を切らしながら、大人気なく颯を睨んだ。
「――だったら、俺とお前とはライバルだな」
 バチバチと、見えない火花が散る。そこへ、静かに割って入る声。
「――悪いけど、俺もだよ」
 シン、と静まりかえるダイニング。
 兄貴と颯が驚いたように翼を見ている中で、翼は、まっすぐに俺の瞳を見つめて言った。
「俺も、望が好きだ」
「――!」
 兄貴のように、理想に向けた言葉じゃない。
 颯のように、ムキになって言われた言葉でもない。
 静かに、でも、心の一番深いところに響いた言葉。
 それが、家族愛や兄弟愛の「好き」じゃないってわかったのは。
 兄貴や颯への対抗心だけで口にした言葉じゃないってわかったのは。
 俺を見つめる翼の真剣な瞳が、「本気」なんだと伝えてきたから。
 本当に本気で、しかも恋愛感情で俺を、好き……。
 はっきりと意識した途端、ぶわっと顔が熱くなった。
「おっ俺もう寝るから! 誰でもいいから洗い物しとけよ!」
 翼から目をそらし、誰の顔も見ないようにしながら言い置いて、逃げるようにダイニングを後にする。
 走って階段を昇り、そのままの勢いで乱暴にドアを開け閉めして自室に入り、二段ベッドの上段に飛び込んだ。
 頭まですっぽりと布団をかぶって、その中でぎゅっと目をつぶる。俺と翼は兄弟。それ以上でもそれ以下でもない。
 俺と翼は、兄弟。
 それなのに、そうやって自分に言い聞かせようとすればするほど、翼のことを余計に意識してしまって、頭の中は俺の気持ちとは裏腹に、翼のことでいっぱいになる。
 うざったい兄貴との会話をさりげなく断ち切ってくれたこととか。
 あやうく車に轢かれそうになったところを助けてくれたこととか。
 俺が楽できる夕飯のメニューを提案してくれたこととか。
 今日一日の間に見た、いろいろな表情の翼。それが場面ごとに次々と浮かんできて、俺は誰へともなく悪態をついた。
「……ったく、なんなんだよ一体……」
 兄貴も翼も颯も、みんな俺の兄弟。
 それなのに、どうして翼にだけ、こんなに心が惑わされるんだろう。
「くそ……!」
 兄弟で「好き」、だなんて。
 兄貴も翼も颯も、みんなみんな、どうかしている。
「ありえないっつーの!」
 とにかく俺は、自分の中に生まれかけている感情の芽を摘み取ることだけに必死になっていて、肝心なことを忘れていた。
 俺と翼は、一緒の部屋だということを。





 ギッ、と木の軋む音が聞こえてきて、ハッと目を開ける。
 どうやら知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
 部屋を満たす暗闇に時間の経過が気になり、片肘をついて体を起こす。そこで視界に人影が映り、思わずびくっと肩が震えた。


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