青い鳥 8


 動きを遮られ、仕方なく足を止めて翼を見上げる。能面のように無表情の翼の口がゆっくりと動いて、ひとつのメニューが出てきた。
「……親子丼」
「え?」
「親子丼にして」
「あ……、うん……」
 俺の返事を聞くと同時に、翼は、俺の制服の袖に沿って手を滑らせ、今度は肘ではなくて俺の手首を掴んだ。
 そのまま、進路を家がある右方向へと変える。
 そこでようやく、俺は、翼の気持ちを理解した。
 冷蔵庫の中身を知っていた翼。
 週末になると俺が、揚げ物一品か丼物で簡単に済ませようとしていたことも。
 それなのに俺がわざわざ夕飯の希望を聞いたから、きっと気を遣って、俺の予定から外れないメニューを提案してくれたんだろう。
 言葉にされない、翼の優しさ。不意に触れたそれは、俺の胸の奥を波立たせ、自然と手が離されたそのときまで、俺の心はさわさわと落ち着かなかった。





 颯と兄貴が帰ってきて、兄弟揃って迎えた夕飯時。
 自分の希望をかなえてもらえなかったことに文句を言うどころか、出された親子丼をひとしきり褒め称えたあとで、また兄貴が、今朝と同じことを言い出した。
「やっぱり望が一番だな。俺が嫁にもらうなら、望以外ありえないよ」
 その言葉に素早く反応したのは、こちらも今朝と同様颯だった。
 だけどその様子は、今朝とはまるで違っていた。
 右手でぐっと箸を握り締めると、大きな瞳で隣に座る兄貴をキッと睨み上げる。
「なんだよヒカ兄貴! ご飯のときになるといつも、望、望、望って!」
「仕方がないだろう。望の作るメシがそれだけ美味いということさ」
 なんかこのやり取り、俺の価値が「料理」だけだと言われている気がして、少しへこむんだけど。
 長男と末っ子。質の違うわがままさを持っている二人がそんな俺の内心に気づくはずもなく、二人の言い争いは、対象にされている俺の存在を無視してどんどん白熱していった。
「僕だってのん兄をお嫁さんにもらいたい!」
「ハ、十年早いわ」
「あと四年で十八だもん! そしたら結婚できる年齢だよ!」
「年齢の問題じゃないっつーの!」
 だからー、そもそも俺は男でお前らとは兄弟なんだから、嫁とか結婚とか、無理に決まってる。
 呆れながらも、それを口に出したところでどちらも止まりそうにないことはわかっているから、俺は否定も説得も諦め、ぎゃあぎゃあとうるさい二人を無視して、食べ終えた食器を片付けようと立ち上がった。
 すると、向かい側に座っている兄貴がぴたりと口を閉じ、次いで、至極真面目な顔で切り出した。
「――今日一日、仕事中ずっと、望のことだけ考えていた」
「……は?」
 一日中?
 ずっと?
 兄貴、仮にも社会人だろう? 仕事はちゃんとしてんのか?


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