PUZZLE 8


 軽い笑い声を立てるカズヤを無視して、道弘がスタスタと歩き出す。そんな道弘をいつものように「みっちゃん」と呼びながら、カズヤが追いかける。
 帰りの道中はずっとそんな調子で、道弘は昨晩のようにカズヤを特別意識することもなく、終始カズヤとくだらない話や、他愛ない言い合いをしていた。
 自宅の前でカズヤと別れ、鍵を開けて玄関の中へと入る。どうやら家族は不在のようで、家の中はシンと静まり返っていた。
 上がりかまちに重たい鞄をドサリと置いた瞬間、疲労が背中へと一気に圧し掛かってきた気がする。
 道弘はその場に腰をおろすと、ぶつぶつと独り言を漏らしながら、緩慢な動作で片足ずつブーツを脱いだ。
「……ったく、アイツは本当、都合のいいときだけ年下ぶって……」
 靴を脱ぎ終え、よっこらしょ、などど掛け声をかけながら再び鞄を手にし、のんびりとした足取りで階段を昇る。
「……少しは年上を敬えっつーんだよなー……」
 自室に入り、汚れ物や家族への土産が入った鞄はひとまず放置で、ベッドにダイブする。
「……いつもいつも、みっちゃんみっちゃん、って……」
 そこで不意に、昨夜の記憶が蘇る。
『みっちゃん……』
 切なさと甘さを同等に含んだカズヤの声。いつもと同じように呼ばれただけなのに、声色も、そこに込められた感情も、いつもとはまるで違っていて、それが道弘を惑わせた。

 ――だからつい、キス、しちまったんだよな……。

 仰向けに寝転んだまま、そっと口元に手を当てる。
「カズヤ……」
 名前を呼べば、夜中に何度もやり過ごした胸の痛みがぶり返してきて、道弘は服の上から心臓のあたりをぎゅっと鷲掴んだ。
 あんなことがあったというのに、帰り道でのカズヤの態度も、二人の間に流れる空気も、道弘がよく知っているそれと、なんら変わりなかった。
 まるで何事もなかったかのように振る舞っていたカズヤ。おそらくそれは、道弘に対して精一杯気を遣って、それまでどおりの従兄弟を演じてくれていたからなのだろう。道弘は、ここへ来てようやく、その事実に気づいた。
 カズヤの言うとおり、自分はとても鈍感なのかもしれない。
 それでも、カズヤに思われているのは確かだろう。けれども、それに見合うだけの感情を、今の自分は持っていない。
 会えばまた、カズヤに気を遣わせてしまうかもしれない。
 そう考えた道弘は、それから意図的に、カズヤを避けるようになった。
 と言っても、これまではカズヤのからのアプローチがあったからこそ、二人は一般的な従兄弟以上に親密な関係を続けてこられたのだ。


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