PUZZLE 4


「お〜い、みっちゃ〜ん!」
 たいした距離でもないのに、大きく手を振りながら自分を呼ぶカズヤの姿に、思わず苦笑が漏れる。
 こんな風に、大学生になった今となっても、道弘を幼い頃の呼び名そのままに呼ぶのはカズヤだけだ。そしてそれを、道弘は完全に許容している。
 自分の中の、カズヤの位置づけ。それを考えれば考えるほど、カズヤがかなり特別な存在であると改めて思い知らされ、道弘は自嘲にも似た笑みを深くした。
 ゆっくりカズヤの前まで行って止まる。場にそぐわない表情の道弘を目にして、カズヤが不思議そうに小首を傾げた。
「どうしたの? みっちゃん」
「なんでもねぇよ」
 そっけなく答えて板を外し、それを小脇に抱え、道弘は先に立って歩き出す。
「あ、待ってよみっちゃん!」
 焦ったように道弘を呼び、慌てて後を追ってくるカズヤ。そんなカズヤを背中で感じながら、道弘は最初にここへ来たときよりもかなり気を良くしていた。





 予約していたホテルの部屋に着くなり、カズヤは含みを持たせて、道弘を軽く小突いた。
「うわ〜、ダブルだ〜。みっちゃんのエッチー」
「っ、し、しょうがねぇだろ! 本当は彼女と来るつもりだったんだから……」
 忘れかけていた失恋の傷を思い出したのか、道弘の顔が僅かに曇る。当然、言い訳する声も、尻すぼみに小さくなる。
 そんな道弘の様子にカズヤがほんの一瞬だけ寂しそうな表情を見せたのだが、弁解に必死になっている道弘は、それには気づかない。
「付き合ってたら……な? ホラ、一応、そういうこと、考えるだろ?」
 道弘が言わんとしていることは、わかる。だが、カズヤはそれ以上そのことについて道弘の口から聞きたくなくて、場の雰囲気を変えるように、努めて明るい声を出した。
「そんなことよりみっちゃん、ここって確か、温泉あるんだよね?」
「ん? うん、ああ……」
 急な話題転換に戸惑いつつ、道弘は頭の片隅で、予約の際に見ていたインターネットの画面を思い出していた。
 各部屋にはもちろん、備え付けのユニットバスもあるのだが、温泉が出るということで、このホテルには内湯に露天、貸し切り、果ては展望風呂など、かなりの風呂施設が揃っている。
 彼女が少しでも喜んでくれれば――それだけを思い、このホテルに決めたというのに……。
「行こうよみっちゃん、俺、お風呂入りたい」
 今こうして自分を誘うのは、彼女ではなく、従兄弟。しかも同性。
 だが不思議と、道弘の中には、彼女に対する未練がましい気持ちは湧いてこなかった。
「よし……、じゃあ……、行くか!」


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