愛なんて、ない、なんて 3


 気まぐれに見せる優しさは、じわじわと俺の体を侵食する、毒も同然だ。
 酒を飲み、タバコを吸い、ピザには必ずビールもしくは炭酸飲料を合わせる芳男。
 酒も飲まず、タバコも吸わず、どんな食べ物でもウーロン茶を合わせたい、俺。
 接点といえば、同じアパートの、同じ階に住んでいること。大学に通っていることも共通点といえば共通点だけど、それだって、通っている大学も学部も違うから、この部屋以外で会うことなんてまずない。
 一年近くもこの関係を続けてきて、俺は、最近よく考えるようになった。
 明確な区切りに当てはまらない、この関係の名前はなんなんだろう。
 ただの隣人?
 友達……、いや、セフレ?
 それとも――?

 テレビを見ながらのんびりビールを楽しむ芳男の横で、俺は黙々とピザを咀嚼する。
 最後の一口を、ウーロン茶で喉の奥へと流し込むと、俺は立ち上がった。
「帰るよ。明後日までのレポート、まだ終わってないから」
 一刻も早くこの部屋から立ち去りたいから、嘘をつく。
 もっともらしい嘘で先に理由を言うのは、引き止められないため。
 いつからだろう。こんな風に予防線を張るようになったのは。
 引き止められたら、勘違いしてしまう。そんな関係じゃないのに、勘違いしてしまいそうになる。
「ふーん、じゃあな」
 芳男は目を上げて、ちら、と俺を見、なおざりに片手を上げると視線を再びテレビへと戻した。
 わかっている。
 そんな関係じゃない。
 別れを惜しむような、そんな関係じゃないってことくらい、誰に言われるまでもなく、自分自身が一番よくよくわかっている。





 どこかで区切り線を引かなければ。
 そう頭の片隅では考えているのに、今日も俺は、芳男に抱かれている。
「あっ、あっ、あっ」
 肘と膝を床につけて、芳男に尻を突き出す格好。まるで獣のようだ。
「あぁんっ、はあっ、ハ、ア……」
「あー、マジ気持ちイイ」
 俺の腰骨を掴んでいる芳男の手に、力がこもる。
 早くなる打ちつけに合わせるように自然と揺れ動く腰。何ひとつ定まらない心と違って、体は正直だ。
「あ、んんっ、んあっ、あぁっ」
「あー、やべ、イく」
「アッ、アアッ、アッ、ア―――……!!」
 内部に迸る熱い体液。それにすら感じて、俺のそこから白濁が床へと零れ落ちる。
 いつからだ?
 いつからこんな風に、冷たい床の上でセックスするようになった?
 最初は確かに、シーツに背中をつけていたはずだ。
 いつの間にか、ベッドに上がることはなくなり、体位も、立ったまま、もしくはこうして四つん這いになって後ろから、に限定されていた。
 俺とは体だけの関係なのだと、暗に言われているような気がする。
 あまり力の入らない手を懸命に動かして、のろのろと衣服を身につける俺を見て、やはり、いつもと同じようにタバコの煙をくゆらせていた芳男が訝しげな視線を投げて寄越した。
 それには気づいていないフリをして、シャツのボタンをキッチリと襟元まで止め、上着を羽織る。
 もう、限界だと思った。
「……レポート終わってないから、帰る」
 努めて芳男を見ないようにそう告げれば、芳男はわざとらしく溜め息をついた。
 それが気になって、振り返る。芳男の眼差しは、射るように俺を見ていた。
「――お前、つくづく嘘が下手だな」
「な……!」
 まさか、見抜かれているのか? 今だけ? それともずっと?
 あからさまに動揺する俺を尻目に、芳男は顔を背けると、まるで動物を追い払うような仕草で手を振った。
「ほら、とっとと帰れ」
「………」
「んで、当分来んな」
「………」


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