階段の踊り場で 3 この、上でも下でもない、どっちつかずで中途半端な位置が、オレ達の関係だけじゃなく、今のオレの心をも表しているようで――、ひどく、居心地が悪い。 先へ進むのは難しい。かといって、今さら元に戻れるわけもない。 踏み出すのが怖い。踏み越えるのが怖い。 一貴の気持ちを受け入れるのが怖い。受け止める勇気がない。 本当に、キスだけだった。 「顔上げて、目、閉じて」 言われるがままの体勢をとる。どうしたってあちこち力が入ってしまうのは、この際仕方がない。 目の前が少し陰る。近づく体温を感じて無意味に爪先に力を入れた。 音もなく触れ合う唇。 言葉どおり、本当に、キスだけ。 拳を作って体の両脇に固定されたオレの手を握ってくることもなく、背中や腰に腕を回してくることもなく、ましてや、抱きしめてくることなど、ありえなかった。 体の中で、全身を覆う皮膚の中で、相手を感じているのは互いの唇だけ。 それなのに、熱い熱い熱が溜まって、どうにかなりそうだ。 触れたときと同じように、静かに離れる唇。 一貴の唇の感触やあたたかい体温がまだじんわりと残る自分の唇に、人差し指でそっと触れる。 そして、気づいた。 その熱を、感触を、手放したくないと思っている自分に。 それどころか、もっと触れて欲しいと思っている自分に気づいてしまった。 唇だけじゃ足りない。その手で、その腕で、オレに触れて欲しい。 それと同時に、この先ほかの誰にも、その距離を、その場所を、譲りたくないと思ってしまったから。 「……なんでお前、諦めるとか言うワケ?」 「那由多?」 「オレの返事、聞きもしないで、なんで簡単に諦めるとか言うワケ?」 そんな台詞を言っていることに、言わなければいけないような状況に、情けなくて、涙が出そうだった。 それを気力でぐっとこらえる。 「……オレはずっと、お前と一緒にいたいんだよ」 「那由……」 「ずっとずっと、お前の隣にいたいんだよ……!」 「那由」 自分の声がどれだけ大きくて、どれだけ響いているかなんてもう、気にしていられなかった。 「いい加減気づけよ! わかれよ! オレだってお前が好きだっつってんだよ!!」 「那由多……!」 ぐい、と腕を引っぱられたと思ったら痛いくらいに抱きしめられて、オレは、自然ななりゆきで一貴の背に腕を回した。 今度は全身で感じる体温。飢えが満たされる感覚に安堵する。離したくない。ずっとずっと。 本当はもっと他に、言いたいことや、言わなければならないことがたくさんあるような気がしたけど、オレの口から出てきたのは、単純で子供じみた悪態だけだった。 「バッカ、ヤロ……」 「うん、そうだね」 そうしてもう一度。 今度は抱き合いながら、オレ達は口づけを交わした。 階段の踊り場で・END [戻る] |