起床、だれだてめぇ
つい先程も俺を倒そうと調子づくゴロツキ共に喧嘩を売られた。
まぁ、呆気なく片は付いたのだが。
最近頻繁に起こるそれに段々と飽きと鬱陶しさを感じイライラしていた。
今、俺を取り囲んでニヤニヤと汚ねェ嗤いを浮かべる奴らも直ぐに返り討ちにする────はずだった。
流れ作業に成りつつあるそれに気を抜いて周りを見ていなかったのが間違いだった。
取り囲むゴロツキ達の背後にある黒光りするそれに気付けなかったのだ。
気が付いた時には脇腹と左胸から噴き出した己の紅が目の前を染めていた。
ぐらりと傾く身体と厭らしい嗤いを他人事のように受け入れながら、最期に感じたのは冷たく固い路地の地だった。
×××
目を覚ますと視界いっぱいに白が広がった。
「‥‥‥‥‥?」
俺は撃たれたはず‥‥‥。
何故生きている、と左胸と脇腹に触れてみて頭の中にクエスチョンマークが飛び交った。
(‥‥‥‥傷が無い)
どうしてか俺は生きていた。
しかしあの時感じた痛みと恐怖は忘れることの出来ない現実で。
もしや誰かが治療を施してくれたのだろうか。
ひとまず状況を確認しようと身体を起こして周りを見た。
どうやらここはどこかの部屋のようだ。しかも貴族の。地下街ではこんな綺麗な部屋もふかふかの、ましてや清潔なシーツのベッドも無ければ、物の良い木製の家具も無い。そして、着せられている服はきめの細かいもので高級品だ。
一番の違いはカーテンの隙間から覗く空。
しかしなんで俺がこんな所に。物好きな貴族にでも囲われたのだろうか。
ひとまずこの場所について調べてみようとベッドから出るために身体の横に置いた手に力を込めた。するとギシ、というスプリングの軋む音が静かな部屋に響いた。
しまった、と思ったときには時すでに遅し。
この部屋に人の気配が近付いてきた。
ちっ、と舌打ちをして身構え、ゆっくりと開かれていく扉を睨み付けた。
「おはよう、調子はどうだ?」
現れたのは細身の男。
貴族にしては珍しい肥えていない身体と見たことの無い様の服を不思議に思いながらも口を開く。現状を把握せねば。
因みに、この男の質問に答える気はさらさら無い。
「だれだおまえ、ここはどこだ」
男は一瞬動きを止めたが直ぐに俺の求める答えを紡いだ。
「俺は折原弥刀。ここは俺の家の寝室」
「‥‥‥‥オリハラ、ミト‥‥‥しんしつ、」
ふむ、相手の名前と場所は分かった。しかし俺をここに連れてきた訳を聞き出す必要がある。これから俺がどうなるのか、それだけが頭を占める。
「みたところここはちかがいじゃねぇ。
なんでおれをこんなところにつれてきた」
「その前にお前の名前は、」
「そんなことはどうでもいい。おれのしつもんにこたえろ」
「‥‥‥‥‥‥」
口を噤んだ男────オリハラミトはぴくりとも表情を動かすとこなく小さく息を吐くと再び口を開いた。
「地下街、がよく分からないが‥‥‥雨の中小さな子供が気を失って倒れていた、そのまま見て見ぬ振りをするのは何となく気分が悪かった、だから近かった俺の家に連れて帰って世話をした、以上」
これで満足か、とでも言いたそうな雰囲気でベットの隣に椅子を引っ張ってきて腰をかけた。
その間、じっとオリハラミトの動きや身体を観察してみたが、その動きはどこまでも気怠げで想像していた貴族のそれとは大きく異なっていた。が、手や大きく胸元が開いた服から覗く身体には傷といったようなものは見当たらない。それに、顔の造りがどことなく過去に闇市で売られていた“東洋人”のようだ。
一体、この男は何者なのだろうか。
「ほんとうにそんなりゆうでおれをつれてきたっていうのか‥‥‥‥、こども?てめぇなにいってやがるおれはこどもじゃねぇ」
強迫に近い質問を続けたとき、俺が一番腹が立つこと、つまり子供と称されることをされて気分が一段と穏やかではなくなる。
「お前を子供と言わずに何と言う」
それに対するこいつの答えは俺を更に怒らせるもので。
「あ”?ふざけるなころすぞ」
言葉と共に勢い良く拳を放つ。
腹が立ったのと、こいつを気絶でもなんなりさせてここから出た方が早いと考えての行動だった。
しかし、パシリという音を立ててそれは止められた。
拳を受け止められる、なんてこと数年ぶりの出来事だったので、思わず驚きで動きが止まる。まさか貴族が護身用の術を身に付けているとは思わなかった。
忌々しげにオリハラミトの手を睨みつけ、次の一撃を出そうとした時、違和感がはしった。
(‥‥‥‥子供の手、か?)
オリハラミトが受け止めていた手が余りにも小さい。
オリハラミトの手から己の手を離すとそれをじっと見つめる。ぐーぱーぐーぱーと手を握ったり開いたり動かしてみると俺の意志通りにその小さな手は動いた。
暫くの間そうしていると、オリハラミトが俺の顔の前で手を振りながらおーい、と声をかけてきた。
それがきっかけとなり、ぽつりと零す。
「‥‥‥‥だれのてだ?」
「お前の手だろ?」
オリハラミトの言葉は薄々俺が考えていた事を肯定するものだった。咄嗟に己の身体に目を向けると信じられないことが起こっていた。
「‥‥‥‥‥っ!?なっ、からだが!?」
ぺたぺたと身体中を触って、半ば叫ぶように言った。
「からだがちぢんでる!?」
「‥‥‥‥‥‥‥は?」
よくよく考えてみると、声も子供特有の高いものになってるではないか。
今まで表情を動かすことなく俺を見ていたオリハラミトは、やはり能面のまま気怠げな視線を送ってくる。
まさか、まさかこいつ‥‥‥!!
「てめぇ、おれになにかもりやがったな!」
「‥‥‥‥俺は何もしていない。最初に言っただろう、“小さな子供を連れて帰った”と。ひとまず落ち着け」
尤もなことを指摘され思わず舌打ちが出た。この俺が冷静さを失うとは‥‥‥
ぎりっと歯を噛み締めて、言葉を続けるオリハラミトと視線を合わせる。
「落ち着いたところでもう一度聞くぞ。お前の名前は?」
名前が分からないんじゃ話もちゃんと出来ないからな、と付け足して俺の答えを待つオリハラミトに頷きを一つして言った。
俺の名は、
「‥‥‥‥リヴァイ、」
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