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おつかいを頼む

「むぅ‥‥」

シキがいつもの通り、猫又の姿に変化をして、クラウスの膝の上でのんびりと日向ぼっこをしていたある日。ザップとレオが昼食を摂るために姿を消した静かな事務所で溜息のようなそれが響いた。
発生源はもちろんライブラのリーダーであるクラウスだ。
どうしたの?とシキはクラウスを見上げて首を傾けた。それに気付かず自身の手帳とにらめっこをしているクラウスに、更に首の角度が増す。

「みぃ」
「‥‥‥ああ、すまないシキ。起こしてしまっただろうか」

ふるふると顔を横に振ったシキが、じぃ、とクラウスの手元に視線を送っていると、合点がいったクラウスはその大きな手でシキの頭を撫でた。

「実は、植木鉢が足りなくなってきているのだ。買いに行こうにも、欲しい大きさの物は注文しなくてはいけない物故に店で直接頼まなければいけないのだが‥‥今後、予定に空きはない」

要するに、困っているのだ。
何度手帳を見てみても、びっしりと文字で埋まる場所は月末まで続いている。
どうしたものかと再び唸ったクラウスにシキの耳がぴんっと立った。ぽふんという音と少量の煙の中から変化を解き、人の姿に戻ったシキが現れる。思わず手帳から自身の膝の上へと目を向けた。

「シキがいく!」
「む‥‥?」
「シキがリーダーのかわりにお店にいく!」
「シキが?いや、しかし」
「前にリーダーといったお店でしょ?ならいけるよ!」
「だが、私的な事を人に頼むのは‥‥」

二人が、行く、しかし、と押し問答を繰り返していると、奥の扉からスティーブンが顔を覗かせた。クラウスとシキが何故言い争っているのかと疑問に思いつつ、珍しいこともあるもんだと笑む。

「どうしたんだい?珍しいじゃないか、君達が口論をするなんて」
「マエストロ!」
「スティーブン!いや、これはだな‥‥」

むぅ、と頬を膨らませるシキと対照的に慌てている友人に笑いを堪えながら、スティーブンはこれまでの経緯を聞いた。その間にもぷくぷくとシキの頬は膨らんでいき、彼女の気持ちがありありと読み取れる。
スティーブンが「面白い顔になってるぞ」と手で挟んで押せば、ぷしゅうと気の抜けた音がした。それを笑いつつ、顎の下に手を置いて考えるポーズを取る。
間を置いてから「まあ、」と発した。

「いいじゃないか、クラウス」
「だが、私的な事に付き合わせてしまうのは、私の気がひけるのだ」

何か危険な事に巻混まれでもしたら、とシキの心配までし始めたクラウスにスティーブンは肩を竦めた。

「何を言っているんだい。シキは歴とした戦闘員だぞ?」
「シキちゃんとできるもん!」
「ほら、こいつもこう言っている事だし。な?クラウス」

良い笑顔を向けられて、クラウスは暫し考えるも、膝の上からの熱烈な視線に耐え切れずに目を伏せた。

「うむ‥‥では、頼めるだろうか」
「うん!たのまれる!」

現れた獣耳と尻尾を激しくピコピコと動かしてシキが応えた。小さめの便箋をデスクの引き出しから出したクラウスは、注文内容をそこに書いて折り畳んだ。そして、それをシキに手渡す。

「これを御店主に渡してくれ給え」
「わかった!」

シキは、壊物でも扱うように便箋を上着のポケットにしまうと、ぴょんとクラウスの膝から降り立った。早速事務所の扉へと向かう身体をスティーブンが止める。

「耳と尻尾は出さないこと」
「うん!」
「万が一の為にパーカーを被る」
「はいよ!」
「奇しい奴には付いていかないこと。容赦しないで返り討ちにしなさい」
「わかってる!」

あとこれ、とスラックスのポケットから財布を取り出して、上着のフードを頭に被せているシキに渡した。クエスチョンマークを浮かべるシキの視線に合わせるように腰を屈めた。

「お金は入ってるから、これでサブウェイに寄ってきてくれ。いつもの、分かるだろ?」
「なんこ?」
「4つ。クラウス、ギルベルトさん、僕とシキの分」
「まかせて!」
「じゃあ最後に、」


いってらっしゃい。


いってきまーす!と駆け足で扉の向こうに消えて行ったシキを、クラウスとスティーブンが見送る。心配そうな目をしているクラウスにスティーブンが笑った。

「大丈夫だ、クラウス。なぁに、すぐ帰ってくるさ」
「‥‥うむ」
「あいつ、ここ最近部屋に籠りきりだったから、外に出る良い理由ができた」
「ならば良いのだが」
「君は過保護すぎるぞ」
「‥‥スティーブン、君にだけは言われたくはない」

何のことやら、とクラウスに背を向けたスティーブンはそのままソファに座った。息を吐きながらタイを緩めて、口角を上げる。
クラウスがギルベルトにシキを含めた人数分のお茶の手配をする声を聞きながら、小さくも逞しい猫が扉を開けて帰ってくることを想像する。きっと、紙袋を両手で抱えて、満面の笑みで、飛び込んでくるのだろう。その瞬間に耳と尻尾が現れるに違いない。それを揺らしてただいまと、マエストロと、笑うのだろう。そんな彼女に、おかえり、よく出来た、と言ってやるのだ。

これが過保護だと言うのだろうか。いや、まさか。


友人の心配性が少し移っただけだ。

_8/21
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