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クラウスとシキ

静かな事務所の自身の机で一息付く。昨日から製作していた書類がようやく出来上がったのだ。長時間ディスプレイとにらめっこをしていたせいでシバつく目で瞬きをする。そして眼鏡を外し、目頭を押さえていると奥から扉を開く音がした。
どうやら、我が組織が誇る天才が御目覚めのようだ。
ペタペタという足音が近付いて来て漸く姿を現した彼女は、クラウスとは違った意味で目を擦りながら欠伸をしている。にゃふぅ、と気の抜けた声がした。

「おはよう、シキ」
「んにゃ‥‥おはようリーダー」

ぽてぽてと危なっかしい足取りで歩くシキはクラウスの前まで来るとまたしても「にゃふぅ」と欠伸をする。椅子に座ったままくるりとその向きを変えてシキに向けば、クラウスの膝にその小さい体を収めた。

「よく眠れたかね」
「んー‥‥」

緩やかに銀灰色の頭を撫でると無意識で手に擦り寄ってくるシキに、クラウスは思わず口角を上げる。シキは決して子供ではないことは承知なのだが、彼女の体の大きさと中身の幼さから子供から怖がられてしまうクラウスにとってはまるで子供と触れ合えているようだと喜びを感じることもあった。そうして、スティーブンから「甘やかし過ぎだ」と言われてしまうことも少なくはないのだが、こればかりは仕方が無い。
にゃふにゃふと寝ぼけ眼を向けてくるシキが膝から落ちないように支えて、クラウスは携帯を取り出した。シキが目を覚ましたら知らせてくれとスティーブンから頼まれていたからだ。簡潔な内容の文章を作成して送信する。返信はすぐにくることだろう。

「‥‥りぃーだぁー」

だんだんと眠気が取れてきたのだろう、金と赤の目がクラウスを見つめていた。どうしたと問えばおなかすいたと返される。ギルベルト、と執事の名を呼べば心得たと言わんばかりに了承の返事が。

「すぐにお持ち致します」
「あまり食べるとスティーブンに怒られてしまうから軽い物を頼む」
「あまいのがいい!」
「ふふ‥‥解りました」

ギルベルトがキッチンへ向かってすぐに香って来た香りに、シキは嬉しそうに鼻をひくつかせた。気が緩んだのかぴょこんと現れた二対の耳を見ながら眼鏡を掛け直す。

「すぐに持ってきてくれるだろう」
「たのしみ〜」

ぴこぴこと忙しなく動く耳を思わず優しく摘むとシキはされるがままだった。少し首を傾けて視線をキッチンの方角からクラウスへと向けたが、興味は専ら甘い香りのするそれにあるようだ。チラチラと細長い黒目を動かしている。
クラウスは何気無く、先端を摘んでいた指をするすると付け根まで落とした。シキが擽ったそうに身を捩る。そして、お返しとばかりにクラウスの耳へ伸ばされた小さな手を受け入れた。その手はクラウスがやったのと同じように彼の耳朶をふに、と触った。右の耳朶をふにふにと触られて擽ったいような、そうでないような、むずむずとした感覚がある。普段は自分でも触る事ないような箇所を他人に触られているというのに許してしまう、ましてや咎めるとこが無いのはシキだからなのだろう。
負けじとシキの獣耳の付け根をマッサージをするかの様に触れれば、にゃぅー、と心地好さそうな声が漏れた。尻尾もゆらゆらと揺れている。
すると、触れていなかったシキの左の獣耳がぴこっと動いた。ギルベルトがやって来たのだ。

「先日届いたクッキーを御用意致しました。お嬢様にはアップルジュース、坊ちゃまには紅茶を」
「ああ、ありがとう」
「ありがとう!」

クラウスの膝の上に座ったまま、満足そうにクッキーを食べるシキを見てクラウスだけではなくギルベルトも頬を緩めた。
小さく盛られたクッキーの中からチョコチップの入った物を見つけてシキの尻尾が勢い良く動く。感情を全身を使って表す彼女の素直な面は見ていてとても気持ちが良い。クラウスとシキが仲良くお茶をしているのを側で控えて眺めていたギルベルトがそんな事を思っていると、ずい、とシキの手が差し出された。手にはチョコチップクッキーが乗っている。

ギルベルトさんぎうべうとふぁんも!」

もごもごとしている口でシキが言った事を一瞬間をおいてから理解する。“一緒に食べよう”、そう言っているのだ。主人であるクラウスも頷いたので、ギルベルトはその小さな手の平からクッキーを受け取った。

「有難う御座います、お嬢様」
「いっしょのほうがおいしいってマエストロいってた!」
「その通りだ」

また一枚、見つけたチョコチップクッキーをクラウスへ渡してシキが笑う。クラウスが礼を言ってからそれを口に含むと、シキは満足気に鼻を鳴らした。
その時、クラウスの携帯が鳴ってスティーブンからの返信が来た。仕事がもうすぐ終わるので、報告書の提出とシキを迎えに行くという文面だった。携帯を閉じようとしたクラウスだったが、まだ下に文章が続いているとこに気付いてスクロールをする。

『くれぐれも、おやつを与え過ぎないようにしてくれよ』

まるでこの場にいるかのような言葉に可笑しさが込み上げる。人に散々甘やかし過ぎだ、心配し過ぎだ、と言う割には自分自身がそうである事が分かっているのだろうか。
友人の意外な面を見せてくれるシキには驚かされるとこっそり笑んだクラウスであった。

_7/21
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