驚き、固まったレオとは対照的に、レオ以外のライブラ構成員は声の主の元へと集まっていく。大柄な人たちに囲まれ、すっぽりと隠れてしまうことから、身長はレオと同じかそれ以下だと分かった。おかえり、今回は長かったね、などと言葉を交わしている彼らをぼーっと見ていたレオは、中心人物と目があった。思わずびくりと肩が上がったレオに、くりくりとした左右非対称の色彩をゆっくりと細めてソレは近づいてきた。
「義眼のウォッチーくんだ!」
「ウォッチです!!」
微妙に間違われた名前に、咄嗟にツッコミを入れる。眼の前まで来たソレは、肩甲骨辺りまで無造作に伸ばされた銀灰色の髪を揺らめかせ、レオの顔を覗き込んだ。ソニックくんもいる!と笑うその眼は人類のモノとは何処となく違っていて。縦長の黒目を見て、まさか、と呟く。
「君‥‥もしかして、」
「ほっぺいたい?ウォッチーくん。だいじょーぶ?」
「そーだよ、陰毛頭。こいつがお前の言ってたニャンコだ」
やっぱりぃぃいい!?と思わず上げた大声に、彼女はサッとクラウスの後ろに入ってしまった。驚かせてしまったと申し訳ない気持ちになるが、隠せるほどの驚きではない。
「で、でも、僕が見たのは完全に猫でしたよ!?変身できる能力ってことなんですか!?」
レオから興味が逸れたのか、隠れていたクラウスの背によじ登って戯れている彼女を指差して言う。んー、とチェインとザップは唸った。
「能力っていうか‥‥」
「なんつーかなぁ、話すと長くなるんだよなぁ‥‥」
そんなに特殊な人なのかと頭を捻らせていると、レオナルド君、とクラウスから声が掛かる。
「彼女はシキ。シキ・ミョウウ。日本人だ」
「日本‥‥!」
「彼女の詳細はスティーブンから聞くといい」
「え?なんでスティーブンさん‥‥?」
その時、ソニックのようにクラウスの肩にくっ付いていたソレ、シキはスタリとレオの前に降り立った。
「スティーブンはシキのマエストロだから!」
「‥‥‥マエストロって‥‥」
「こいつは番頭殿の飼猫なんだよ」
ザップがしれっと言った言葉に本日三度目の絶叫が響いたのは言うまでもない。
×××
ギルベルトが用意した紅茶とドーナツを囲んで、一息つく。
シキはクラウスの膝に座って良く冷えたアップルジュースを嬉しそうに飲んでいた。クラウスは新作のドーナツを前に花を飛ばしているので、そこだけなんとも癒しの空間が出来上がっている。彼女の見た目から、十代後半に入ったばかりだろうかとレオは憶測を立てた。
「スティーブンは、遅いな‥‥。午後には帰ると連絡があったんだが‥‥」
シキの頭を撫ぜながら、クラウスが言う。それに、うにゃ?とシキが反応した。
「マエストロはねー、シャワー浴びてたからおそいの!」
香水の匂いを落としてたのー、と朗らかに笑うシキ。お前キツイ匂いダメだもんな。ザップが三つ目のドーナツを頬張りながら言った。何故それを知っているんだろう、ふと浮かんだ疑問は自身の口からポロリと出た言葉に掻き消される。
「あっ‥‥猫、だから‥‥スか?」
動物の嗅覚は人間以上だ。もしかしたらそうなのかと問うと、クラウスから肯定が帰ってきた。同時に、彼の膝の上のシキの頭からぴょんっと二対の耳が現れた。
「っごふっ!!?」
突然の出来事に口に含んでいた紅茶を噴き出したレオは、背をさすってくるチェインにずびまぜん…と弱々しく礼を言う。その間にも手に持つグラスをテーブルに置いたシキは、先程己が開いた扉へと向かって軽やかに駆けていく。扉が開かれるのと同時に、素晴らしい跳躍を見せた。
再び噎せたレオは、その苦しみの中でシキが入ってきたスティーブンに飛び付くのを見た。
「おかえりなさい!マエストロ!」
「おわっ!‥‥シキ、ただいま」
それと、おかえり。ただいま!
勢いよく抱き着いたシキを難なく受け止めたスティーブンは、そのまま抱え直すと首元に擦り寄っているシキの頭を撫でた。シキの頭から生えた獣の耳はピコピコと忙しなく動いている。気が付けば件の、先端が裂けた尻尾もゆらゆらと揺れていた。
側から見れば危ない絵図だが、言われてみれば、飼い主と、飼い主を待っていたペットに見えなくもない。
じゃれつくシキをそのままに、スティーブンはクラウスへと挨拶をして、小さな端末を手渡した。
「遅くなってすまなかった、クラウス。‥‥こいつの面倒も」
「そんなことはない、スティーブン。シキも大人しくしていた」
自分を置いて進められる世界に、あの、とレオは片手を挙げた。
「シキ‥‥さん、について聞いてもいいですか」
「おお、少年。君はこいつの本部出張と入れ違いに入ったからな。気になって当然だ」
とうぜんだ!とスティーブンの真似をするシキに、一同の空気が和やかになったのを感じた。
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