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原因:馬鹿二人

パリン!とも、ガチャン!とも聞こえる音がある日の昼過ぎ、それはライブラの事務所に木霊した。
そしてその次には、「やっべぇええ!」とか「どうすんですかぁああ!」とか。音の発生原因がすぐに分かる悲鳴がする。

「(まぁた、あいつらか‥‥)」

徹夜明けのシキが仮眠室で眠りに付くのを見守り、自身も束の間の休息をとっていたスティーブンは溜息を吐く。悲鳴のせいでシキが起きるのではと様子を伺うが、頭部から伸びた獣耳がピクリと反応しただけに終わった。
これで起きなければ、暫くは目覚めることはない。
スティーブンはシキの頭を一撫ですると、面倒ごとの香りが漂う広間へと向かうため重い腰を上げた。



×××



「今度は何をやらかしたんだ?お前達」
「フォアァッ!?いっいえ!何も!?何もありませんでした!」
「そそそそ、そうですスターフェイズさん!俺らなんも割ってないっす!」
「‥‥ほう、何を割ったんだ。また窓ガラスか?ん?」
「あああザップさん!あんた本当にバカですね!!」
「あっやべ!‥‥っておいコラ、バカって言いやがったな!!」
「何を、割ったんだ?」
「「まぐかっぷです」」

音、ひいては騒ぎの原因のレオナルドとザップが、ガタガタと震えながら揃ってジャパニーズ土下座を披露する。そのお陰で、二人の背に隠されていたソレが見えた。

「‥‥シキのマグカップを割ったのか」
「すみません!ザップさんが悪いんです!この人がちゃんとお金を返していてくれればこんな事には‥‥っ!」
「陰毛!おめェマジで殺すぞ!?‥‥って、冷た!番頭氷が出てます!!」
「お前らが騒がしいから出したんだ。それ以上騒ぐならオブジェにしてやってもいいんだぞ」
「「‥‥‥ッ、‥‥‥ッ!」」

同時に両手で互いの口を覆ったレオとザップの下半身を容赦なく凍らせて、じろりと見下ろす。
本当に大変なことをしてくれたな、こいつらは。

「そのカップ、シキがギルベルトさんにプレゼントしてもらったやつなんだぞ」

いつもジュースを出されるシキが、他の人間がコーヒーや紅茶を飲む事に憧れていた時、それを察してギルベルトさんが用意してくれたもの。シキは“自分専用”という響きにそれはもう喜んで、彼にミルクたっぷりのコーヒーを淹れてもらい、今は無残に割れてしまったそれで飲んでいた。

「ギルベルトさんに貰った、お気に入りのカップがこんな姿になって‥‥」
「「‥‥‥」」
「それを知ったあいつがどうなるか‥‥ザップ、お前は嫌という程よく理解しているだろう?」
「そっ、それはもう勿論!」
「‥‥‥どうなるんですか‥‥?」

褐色の肌を真っ青にして頭を抱えたザップを横目に見て、レオが恐る恐る僕を見上げて問い掛けてきた。

「泣く」

二人の後ろに回って、カップの欠片を拾い上げながら答えた。見た所、細かな破片が飛び散っているわけではなさそうだが、後で掃除機をかけた方がいいだろう。勿論、こいつらにやらせるとして。

「‥‥‥え、と。泣くん、ですか?」
「そうだ」
「泣くだけ、ですか」
「そうだが?」

それだけ‥?と、思っていたよりも案外普通の返答をされたからか、レオが首を傾げる。そんな様子に、隣で何時ぞやの惨状を思い出していただろうザップが声を上げた。

「あいつが、シキが泣くとヤバイ」
「‥‥やばい‥‥?」

ゴクリと唾液を飲み込んでから、ザップが口を開く。その様子にレオも同じように喉を動かした。

「あいつの泣き声は超音波並の攻撃力を持っている‥‥!」
「ちょっ超音波!?」
「そうだ‥‥ガラスは割れるわ頭は痛くなるわで超ヤベェ」
「あわわわ‥‥それはやばいっすよ!」

凍り付いた下半身までガタガタと震わせながらザップはヤベェ、どうすりゃいい、と焦り、レオもこれから訪れるであろう最悪の未来にぎゅっと眉間に皺を寄せて唸っている。

「猫又か烏天狗か、どちらの能力かは分からないが‥‥無意識の内にあの泣き声を出す。泣き止むまで止まらないよ」
「そんな冷静に言われても!僕らは一体どうすれば‥‥っ!?」
「謝って、泣き止むのを待つだけだろ」
「うわあああ超音波こえーよぉお!」
「おおお落ち着け陰毛頭!」
「ガッタガタに震えてるアンタに言われたくないですけど!?」
「ううううるせー!とりあえず、あいつが起きるまで時間がある!それまでに同じやつ買ってくりゃいいだけだ!」
「っそうか!スティーブンさん、どこで買った知りませ」
「知らないよ」
「ジーザス!!」
「ギルベルトさんに連絡して‥‥ッ」
「クラウスと一緒に出掛けている。すぐには返信できないだろうね」
「こんな時にぃぃいい!!」
「そんなに騒いでいるとシキが起きるぞ?」
「「‥‥‥ッ、‥‥‥ッ!」」

絶望的な顔をして再びお互いの口を塞ぎ合う二人。そろそろ反省しただろうと、血統道を解除してその下半身を解放してやった。

「カップについては僕が何とかしてあげようじゃないか」
「マジっすか!?」
「ザップさん声が大きい!‥‥スティーブンさん、本当ですか!?」
「その代わり」
「おっふ‥やっぱりそうなりますか‥」
「お前達が荒らした分の片付けをすること。新しいカップを弁償すること」
「それだけでいいんすか!?」
「後、一ヶ月間僕のパシリ」
「「‥‥‥はい‥‥」」

がっくりと項垂れた馬鹿二人を立たせ、よろよろと掃除を始めた様子を眺める。

シキには悪いが、一芝居させていただくとしよう。



×××



弱々しい音を立てて、ゆっくりと仮眠室の扉が開かれる。中からのっそり出てきたのは、寝癖がそこら中に付いた頭をぐらぐらと揺らすシキだ。

「‥‥まえすとろ」
「おはよう、シキ」

眠りから覚めきっていない、覚束ない足取りと口調のシキ。徹夜は得意なくせに起きるのは苦手なのだ。
そのまま広間のソファに座っていたスティーブンの隣に陣取ったシキは、今せっかく起きたというのに彼の腕にもたれかかり目を閉じた。

「まだ寝るのか?」
「んー‥‥おきる‥‥」
「ほら、寝癖ついてるぞ」
「にゃぅ‥‥」

スティーブンの手が自身の髪を整えてくれるのを感じ、シキはゴロゴロと喉を鳴らす。そして少しの間があって、器用に整えられた髪に感謝を言った。顔でも洗ってこい、というスティーブンの声にシキが一つ頷いてソファから腰を上げる。

「マエストロ、シキ、ねむけざましのいっぱいする!」
「(どこで覚えたそんな言葉‥‥)それがな、シキ」
「にゃ?」

スティーブンは一拍置いてから、眉を下げて申し訳なさそうに口を開く。

「シキがそう言うと思ってお前のマグカップを洗っていたら、落として割ってしまったんだ」
「‥‥‥こわれちゃったの‥‥?」
「そうなんだ‥‥ごめんな」

一瞬言われていることが解らないという顔をしたシキ。しかしその言葉を飲み込むと、途端にぐしゃりと顔を歪めた。きっとシキの中で、ギルベルトへの申し訳なさと壊れてしまった悲しさとがぐるぐると巡っているのだろう。

「そっか‥‥」
「ごめんな」
「ううん。しかたないよ」

でも、といつの間にか出ていた耳と尻尾がへにゃりと垂れる。スティーブンはそんなシキの頭に手を乗せると、優しく動かした。

「僕がギルベルトさんに事情を話して(馬鹿二人が)謝るから。また新しいマグカップを探しに行けばいい」
「シキもいっしょにあやまる!」
「わかった、そうしような」
「うん!」

ここでようやく、垂れ下がっていたものがぴんと立った。しかしやはりマグカップが無くなってしまったショックは隠し切れないようで。
異界の技術も取り入れて、かなりの衝撃にも耐えられるマグカップがネット通販で販売されているとどこかで聞いたな、とスティーブンは一人考える。一体誰が何時どのような状況で必要とするのかと思ったが、なるほど今現在のような状況か。値段はそれなりになるだろうが、あの馬鹿達の給料から差し引けば良いだけのこと。

洗面所へ向かうシキの背中を見ながら、スティーブンはにっこりと爽やかな笑みを浮かべた。




「(ザップさん、僕、今とても嫌な予感がしています)」
「(奇遇だな、陰毛。俺もだ)」

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