クロッカス | ナノ
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「どうぞ」
「ありがとうございます」

差し出されたマグカップの中では程良い温度のコーヒーが湯気を立てており、ゆっくりと一口飲めばじんわりとその温度が身体の内を満たす。
ほぅ、と息を付くと、隣にいた水霧からも息を吐く音が聞こえた。

「‥‥‥ねぇ、玲二」
「はい」
「玲二が僕に色々聞きたいのと同じで、僕も僕が居なかった間の玲二のことを聞きたいんだ」
「‥‥‥‥」
「幸い、社長から僕と玲二はこの後は仕事に戻らなくていいよって言ってもらえたから、それに甘えようと思う」
「そうですね‥‥‥私も同感です」
「よかった。じゃあまずは玲二のこと聞かせてよ」



×××



森次は水霧がいなくなった後の自身のことを話した。色々、“秘密”が多いので全てを、と言うわけではないが。

「‥‥‥そうか、百合子さんが‥‥‥」

森次が口を閉ざすと水霧は目を伏せてぽつりと零した。
自分に何時も楽しそうに世話を焼いてくれた優しい女性の姿が浮かんだ。
余りに衝撃的な事実に水霧は何も言えなくなってしまった。

「でも、だからこそ、今の私があります」
「‥‥‥玲二は強いな‥‥‥」
「先輩には敵いませんよ」

こくり、口に含んだコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
せっかく水霧がいれてくれたコーヒーなのに勿体ないことをしたと森次はマグカップを両手で握り締める。

「さて、次は先輩の番ですよ」
「‥‥‥そうだね」

マグカップをテーブルに置いた水霧はするりと右足を撫でて力なく笑った。

「実は、“例の事故”のことは覚えていないんだ」
「‥‥‥覚えていない?」
「そう。身体が思い出すことを拒んでるんだって言われたよ‥‥‥よっぽど僕にとって思い出したくもない嫌な記憶なんだろうね。そこの前後ごとすっぽりと抜け落ちてるんだ」
「そうですか‥‥‥」
「事故にあったって事だけを石神社長に後から教えて貰ったんだ」

水霧は右足に置いていた手をぎゅっと握り締めた。

「最初は、目が覚めて、何で病院に居るんだろうって。僕自身何も整理できてないのにいろんな病院を盥回しにさせられたんだ。ぐちゃぐちゃの身体に記憶障害で‥‥‥どこの医者も僕を見てすぐに首を横に振ったよ。僕としてはどうしてこんな怪我をしてるのかも分からないのにさ‥‥不安で仕方なかった時に石神社長に会ったんだ」
「社長が‥‥‥」
「うん。時期的に玲二がヴァーダントのファクターになった頃だから、玲二のこと調べてて僕のことを知ったんだと思うよ」


『はじめまして。突然だけど、私は君の身体を治してあげたい。その代わり、傷が癒えたら我が社で働いてくれないかい?』

『え、と‥‥‥‥?』

『よし、もっと簡潔に言おうか。森次玲二に会わせてあげるよ』


「‥‥‥社長には本当に感謝してる。怪我の治療からリハビリまで全部面倒をみて、新しい足をくれた。JUDAで働くための知識も学ばせてもらえて‥‥‥何より玲二に会わせてくれた」
「先輩‥‥‥」

森次は水霧の言葉を嬉しく思いつつも、どこか複雑な気持ちだった。だが、“例の事故”を水霧が忘れているのならそれはそれでいいような気がした。それ程までに森次の中でも嫌な記憶だった。

ちらつく過去の忌まわしい記憶を隅へ追いやり、ここに来るまでの間にずっと疑問に思ったことを聞いた。

「その、先輩はどうして歩行が可能になったんですか?昔は車椅子でしたよね‥‥それに“新しい足”とは一体‥‥‥?」
「ん?ああ、それはね‥‥‥」

水霧は森次の手を取って己の右足の膝下へとのせた。
一瞬びくりと反応した森次だったが、右足に触れる手の感覚に集中する。

そして気付く。
温度を感じない。
冷たく、堅い。

これは‥‥‥

「義足‥‥」

水霧はあたり、と笑うと森次の手を離した。

「足は、切断してしまったんですか」
「‥‥うん。元々動かなかったし、ずたずたの神経とかを巧く繋げられる保証は無いって言われてさ。それなら義足にしてみるのはどうだろうって社長が。足を切断するなんて怖かったけどね‥‥」
「そうですか‥‥‥‥」

顔に暗い影を落とした森次に、水霧はくすりと笑うと下を向く頭を撫でた。

「玲二がそんな顔することはないんだよ?車椅子の時より行動範囲は格別に広くなったし、少しだけなら走れるようにもなったんだ。玲二に何かあったときはすぐ駆けつけられる。どう?いいこと尽くしでしょ?」

どうだ!と言わんばかりに破顔し、頭をぽふぽふと優しい手つきで触る水霧に森次はほっこりと心が温かくなるのが分かった。

気付けば森次は再び水霧を腕の中に閉じ込めていた。
今度は優しく、壊さないように、細心の注意を払って。
水霧の右肩に顔を埋め、数年ぶりの温度を噛み締める。
中学の時よりも体つきが良くなったものの、やはり森次よりは小さく、細い。

ずっと焦がれて止まなかった。
生きていると信じて探し続けた。

そして、漸く、逢えた。

「なんだなんだ?大きくなっても甘えたは変わらないものだねぇ、玲二」

あきれた物言いだが嬉しさが滲み出ている水霧の声に緩まる頬を、ぐりぐりと肩口に押しつけて隠す。
どうせ、隠してもこの人にはばれているんだろうと心の中で笑った。

「もう、急にいなくならないでください。私は先輩がいなくては駄目なんです」
「いかないよ。玲二から離れられないのは僕も同じだからね」

ぽんぽんと背中を叩かれて森次が顔を上げると、水霧がコツンと額を合わせてきた。

「本日より、特務室技術開発部、及びファクター専属医療班班長として働かせていただくことになりました、水霧弥宵です。‥‥‥これからも宜しくね、玲二」
「特務室室長、森次玲二です。こちらこそ、宜しくお願いします弥宵先輩」

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