▽ ただいま。おかえりなさい。
出張で国外まで行っていた為、常にポーカーフェイスを保っているJUDA特務室室長───森次玲二は少しその顔に疲れを浮かばせながら社長室へと足を運んでいた。
直ぐにでも自室に戻って横になりたいところだが、報告も重要な仕事の内なので致し方ない。
何時もより長く感じられる廊下を進み、漸くたどり着いた社長室の前で歩みを止めて閉じられているドアへ声を掛けた。
「森次です。失礼します」
言い終えると音を立てて開いたドアをくぐり、一礼をする。
社長の「おかえり、森次くん」の言葉に顔を上げ本題へと入る。
「今回、アメリカで開かれた対加藤機関に、つい、て‥‥‥」
普段は淡々と報告をする森次が途中で言葉を止めた。
呆然とする彼の視線の先には────
「久し振りだね、れーじ」
ヒラヒラと手を振るいかにも優男といった雰囲気を持った男がソファに座っていた。
「な、んで‥‥‥?」
動きを止めた森次に社長───石神はふふ、と笑みを浮かべた。
「森次くん、彼は水霧弥宵くん。今日から特務室の技術開発部で働いて貰うことになったんだ。まあ、もう一つ仕事があるんだけど‥‥‥それは本人から言ってもらおうかな」
「そのつもりですよ、社長」
男────水霧は笑顔で答えると「では、」とソファーから腰を上げた。
その時少しよろめいた水霧の身体を、石神はそっと支える。
「ありがとうございます」
「どう致しまして」
少々ふらつきながら自分の元へ歩いてくる水霧をただ見つめているだけだった森次は、もう一度、今度は唇だけで「なんで」と零した。
「僕の部屋に来て下さい、室長さん」
何時の間にか森次のすぐ目の前まで来ていた水霧はにっこりと笑いかけ、森次の手を取るとそのままドアへと歩き出した。
「それでは失礼します。社長」
パタンと閉じたドアの向こうへ消えた二人に石神は声を立てて笑った。
「あははっ、森次くんの驚いた顔、っふふ、あっははははははは!!!!!」
×××
己の手を握ったまま前を行く水霧の白衣がゆらゆらと動く様を見ながら森次は何も言えずただ彼に引かれるままに足を動かしていた。
急に止まった水霧に弾かれたように顔を上げると、そこは見慣れた社員寮であった。
「ここは‥‥‥」
私の隣の部屋ではないか、と呟く森次に水霧はカードキーを入れながら答える。
「うん。社長に頼んで隣にしてもらったんだ。丁度空いていたみたいだったしね」
社長室と同じ機械音で開いたドアの向こう側にはお馴染みの構造の部屋があり、運び込まれたままに数個のダンボールが積まれていた。
「さっき着いたばっかりだから片付いてなくて‥‥‥」
ごめんね、と少し恥ずかしそうにすると水霧は森次を部屋の中へ招き入れる。
ダンボールを縫うように進んでソファーに腰掛けた水霧は、ドアの付近に立ったままの森次に自身の隣の空いたスペースを手でポンポンと叩いて座ることを促した。
「‥‥‥すよ‥‥‥」
「ん?」
「‥‥‥捜したんですよ。弥宵先輩‥‥‥」
下を向いてぽつぽつと告げる森次に水霧は眉を下げて、ソファーを叩く手を止めた。
「‥‥‥ごめんね」
「五年間も捜しました。でも全く見つからなくて!そしたら、こんな、突然‥‥‥ッ!!」
「ごめん」
「なんで、本当に‥‥‥俺は、」
「ごめん」
「謝って欲しい訳じゃないです‥‥‥‥!」
「‥‥‥‥おいで、玲二」
水霧の言葉にゆっくりとその顔を上げた森次は、優しく微笑みながら両手を広げる水霧を見た。
“あの頃”と何一つ変わらない笑顔だった。
森次は吸い込まれるように水霧の腕の中に飛び込んだ。
膝立ちの状態で胸に頭を押しつけ、思い切り抱きつく。
水霧はそんな森次の頭に腕を回した。
漆黒の髪をすく指の動きを感じ、森次はその心地よさに身体の力を抜いた。
今更ながら、ファクターの力で力一杯抱きしめたのだ。普通の人間には痛かっただろうと申し訳無く思っての行動でもあった。
そんな森次に水霧は髪をすいていた手を止めて、その腕を森次の背中へと降ろした。
「‥‥‥ありがとう」
「え?」
顔を上げようと身じろいだ森次だったが、ぎゅ、と回された腕に力が込められ、それは叶わなかった。
「‥‥‥弥宵先輩?」
「こんな僕を忘れないでいてくれて、捜してくれてありがとう」
「当たり前のことをしたまでです」
「その“当たり前のこと”がとてつもなく嬉しくて幸せなことなんだよ、玲二」
「‥‥‥そうですか」
ふと、腕の力が緩められた。
森次が顔を上げると、ぽたりと温かい水滴が頬を濡らした。
「ただいま。玲二」
涙を流しながら綺麗に笑う大切な人に、鉄仮面と言われる自分の頬が珍しく緩むのを森次は感じた。
「おかえりなさい。弥宵先輩」
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