▽ 可愛い弟分たち
2019年10月。
少年は踏み越えた境界の向こうで打ちのめされ───、
───踏み越えた境界の向こうで彼女と出会った。
×××
「なぁ〜にが対マキナ用強襲型だよ‥‥全然ダメじゃん」
至極つまらない、といった風な少年の声がマイク越しに響く。
「この‥‥人殺しがぁ」
「そうだよ!ファクターの存在意義はまさにそれだからね」
苦しそうに、息絶え絶えに吐かれた罵声に、にやりと笑んだ少年は吐き捨てる。
「マキナにとってボク達は───人殺しの
因子なんだよ」
無残に転がるコピー達の山にたった一機だけ立つ鮮やかな黄色の機体、ハインド・カインドから聞こえる声は、何処か冷たさを含んでいた。
「ありゃー‥‥サトル君、これはまた派手にやったねェ」
「やりすぎるなとは事前に伝えました。‥‥すみません」
JUDA内にある地下演出場での惨劇をモニター越しに見て、森次と水霧はそれぞれ溜息と苦笑いを零す。
水霧は先程、社長室での自身の様な台詞を言う森次に可笑しそうに笑うと、ぱち、と通信用ボタンを押した。
「お疲れ様、サトル君」
「っ!弥宵さぁんっ!観てくれましたか?弥宵さんが来てくれるからってボク、頑張ったんですよォ」
「ばっちり観てたよ。また腕を上げたね!頑張ったご褒美は何がいい?」
数秒前まで見せていた、他人を見下した態度や口調は何処へやら。
長距離戦攻撃用マキナであるハインド・カインドのファクター、山下サトルは自身が好いてやまない上司からの通信に可愛らしい態度で応じた。
褒められ、さらにはご褒美という単語まで出された山下は「えっ‥‥ご、ご褒美ですかァ‥‥」と恥ずかしい、だが嬉しくて仕方が無い、と言う感情が隠すことなく表れている。
年相応の姿に水霧が和んでいると、少しむっとした表情で森次が水霧の白衣の袖を引っ張った。
「ん?どうしたの、玲二」
「‥‥‥甘やかし過ぎですよ弥宵さん」
ぱちくりと目を瞬かせた水霧だったが、俯き加減の森次の顔を見てその真意を理解する。
そして、クスクスと笑う水霧に森次はぷい、と顔を背けた。
「何、ヤキモチ?」
「‥‥‥‥違います」
むぅ、と零した森次は頬をするりと撫ぜられて頬を赤らめると、楽しそうに笑う水霧に誤魔化す為、ごほんっ、と喉を鳴らした。
「やーい、照れてるー」と言う声から逃げる様にして、入れっぱなしだった回線にマイクを通す。
「何が演習なんだからさ、だ。あれだけやりすぎるなと言ったハズだが」
「えへへ〜、ご褒美ぃ〜」と自身の世界に浸っていた山下はその声にパッと反応した。
「あぅ、森次さんっっ!違いますよ、相手が先に仕掛けてきたんですってェ!!」
「どうせお前がそう仕向けたんだろう?」
「ヒドイなァ、立派な正当防衛ですよォ」
はぁ‥、と思わず息を零した森次に、「サトル君は素直だねェ」とけらけら水霧は笑う。
「‥‥とりあえずこの件の処理は後だ。──それより、」
「お仕事だよ、サトル君。準備しようか」
ぐい、とモニターに割り込んできた水霧は森次の言葉を横取りした。
悪戯っ子の様な笑みを浮かべる水霧とその隣で眼鏡のブリッジを押し上げる森次をモニター越しに見て、山下は幸せそうに笑う。
「了解っす」
語尾にハートマークが付いていると思う程蕩ける声で返事をした山下に水霧は手を振って応えた。
「じゃあ、上で待ってるよ」
山下はぷつりと切られた通信にハインド・カインドから飛び降りると、コピー達には目もくれず駆け出した。
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