-して-






『そこ』に行けば何か分かるような気がして、でも。
『そこ』がどこだか、分からなくて。
だけどどうしても『そこ』に行きたくて仕方なかった。
行き方も分からないのに。
『そこ』に行きたい気持ちだけに任せて、行き先も見ないでバスに乗る。
ごとごと揺れる窓に額を当てて見た景色は、ずっと前から知っているような気がした。
――でも。





「…違う…。」


バスを降りて見た目の前の景色は、頭の片隅に残っていた記憶とは少し違って見えて戸惑った。
間違ってない結果が欲しくて奥に進んでも、見えてくるのは知らない景色ばかりでとうとう足も動かなくなる。


ここは、どこ?


知ってるけど知らなくて、知らないのに知っている気がして。
そんな矛盾した感情のまま辿り着いたこの場所は、どちらにも当てはまらなくて。


「…どうしよう…。」


唯一の目的地さえ分からなくなってしまった今、次はどこに行けばいいのかさえ分からなかった。
バス停の時刻表を見ると、バスはさっき私が降りたものが最後で私には帰る手段さえない。
(骸様…。)


「…!」


ふと、そのとき。
頭の奥に声がした。
遠いようで近くに聞こえる男の人の優しい声。
どこか懐かしい。


かわいいクローム、何も心配する必要はありませんよ。
でも、私、何も分からないのに…。
大丈夫です。お前はこれから、僕の言う通りに行けばいい。


その声は不思議と私を落ち着かせる何かを持っているようで、さっきまでの混乱がまるで嘘みたいだった。
歩いていく内にだんだん空は暗くなって周りは見えなくなっていったけれど、頭の奥の声が途切れることはなかった。
その声が優しく響く度、私の中に少しずつ記憶が満たされていく。
(――ねえ、骸様、)
そして、遠くに私を呼ぶ沢田さんの影が見えてくると、その声は最後にこう言い残して消えていった。






『さようなら、僕のかわいいクローム。』


「――え…?」


それは一度聞いたことのある言葉だった。
一番最後に思い出した記憶の中でその言葉を呟いたその人は、以来一度も私に会ってくれなくて。


「…どう、して…、」


小さく呟くと同時に、駆け寄ってきた沢田さんが息を切らしながらすごく安心したような声で私を呼んだ。


「っ凪! よかった、無事で…! ずっと心配してたんだ、あの後京子ちゃんから電話で、凪が家に帰ってないっていうから、どこ行ったのかと…、」
「ねえ、ボス、」
「! …凪…?」


不意に不安げな目をする彼を見返した。
ボス、そんな顔しないで。
言わなくちゃ。


「ボス、私、骸様に会わなくちゃ…。」
「でも凪…、」
「…会わせて。」


しばらく私を見つめたままだったボスは、やがて小さく頷いて微笑んだ。


「分かったよ、クローム。」


ボスは言う。


「会わせてあげるよ。…骸に。」






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