金曜の夜。
ロビンに、泊まってもいい? と聞いたら、
『ごめんなさい。今日は部署の歓迎会があるの。土日なら大丈夫です。』
とのこと。
こっちも急だったし、まあそういうこともあるわよねと了解して、じゃあ土日遊ぼって返事をしておいた。
歓迎会か。
ロビンが勤めてる部署は秘書課だって聞いてる。
最初にその話をした時は、秘書って“課”とかそういう概念あんの? そんな何人もいるの? てか秘書って普段何してんの? と色々質問攻めにしたっけ。
課内でもそれぞれ担当業務が分かれていて、ロビンは語学が堪能だから、主にその方面で重用されているらしい。
あとは、それほど大きな会社でもないから、総務のお手伝いのようなこともやってると聞いた。
それは、私の知らない世界。
ロビンと知り合ってから、なんだかんだで結構経つけど、さすがに仕事中のロビンは見たことがない。
ごくごくたまに持ち帰りの仕事をしていることはあれど、服装も雰囲気も普通に家モードだし。
あ、いつだったか、うちにノジコが急に来たときのロビンは、若干よそ行き感あったかな。知ってるとしたら、まあそれくらい。
ロビン、仕事できそうオーラはすごいけど、時にはミスして上司に叱られることなんかもあるんだろうか。あるいは、それこそ今まさに歓迎されてるであろう新人さんへの指導は意外とキツめだったりするのか、はたまた優しい先輩なのか……なんて、興味は尽きない。
21時を回った頃、スマホが鳴った。
電話……あれ? 噂をすれば、ロビンからだ。
この時間なら解散するにはまだ早い気がするけど、なんだろう。
そんなことを考えつつ、とりあえず電話に出る。
「ロビン? どうしたー?」
『夜分に突然ごめんなさい。ロビンの同僚のザラといいます。そちら、ナミちゃん、って方でお間違いないかしら?』
「え? あ、はい。えっと……?」
がやがやとした電話口から聞こえたのは、ロビンではない女性の声。
彼女の説明によると、こうだ。
ロビンが言っていたように、今日は新人さんの歓迎会を催していて、あまり飲まないロビンも、付き合い程度で軽いお酒を一杯だけ楽しんでいたみたい。
ところが、途中でグラスを取り違えて他の人が頼んだ度数の高いものを飲んでしまったらしく、みんなが無理せず先に帰るよう勧めたら、急にナミちゃんナミちゃん言い出すものだから、誰だろうと思いつつロビンのスマホで連絡を取らせてもらった、と。
『ちょっともう限界みたいだから、タクシー乗せて帰らせようと思うんだけど……ナミさん、申し訳ないけど、そのあと任せてしまっても大丈夫? どうもあなたとは親しい間柄のようだし、彼女一人暮らしだから』
そんなわけで、結局今日もロビンの家に行くことに。
まあどうせ暇してたし、ロビンも心配だし、予定変更は別に構わないけど。
エントランスのソファで5分ほど待ったところで、外に一台のタクシーが停まった。
本人の様子を見てないからなんともだけど、支払いとか大丈夫かなと思ってとりあえず向かってみる。
どうやら、そっちは会社の人が乗せるときに済ませておいてくれたのか、私がタクシーのところに着くより早く、長い手足を窮屈そうに折り曲げていたロビンがのそのそと降りてきた。
急いで駆け寄り、ふらつくロビンを支える。
お客さん、バッグ、と慌てる運転手さんにお礼を言って、それは私が受け取った。だめだこりゃ。
がっくりと項垂れたまま、私の肩に掴まるロビン。
おぼつかない足取りに気を配りつつ、上階に向かう。
「鍵出すからねー」
一応断って、いつものバッグのいつものポケットを探らせてもらう。
鍵を開けて、ドアを開けて、部屋に上がって、いったんロビンを座らせて、パンプスを脱がせて、ふうと一息。
これだけのことでも、すでに結構くたくただ。
「ロビン、家着いたわよ」
声をかけながら肩を揺すったら、ロビンは小さく呻いて頷いた。俯いてるのと暗いのとで、どんな顔してるのかはよくわからない。
ぱちりと電気を点けて、さあ、もう一仕事。
抱え上げようとしゃがみ込んで、そこで今日初めてロビンの顔をまともに見たんだけど。
「ぁ、なみちゃん……」
う、わぁ。
思わず声が漏れそうになる。
だって、ロビンってば、すっごく色っぽい顔してるんだもん。
そっか……お酒飲んだら、こんなふうになるのね。
そういえば、酔ったロビンっていうのも今まで見たことがなかった。ロビンお酒弱いみたいだし、私も未成年だし。
それにしても、とあらためて観察。
あやしい呂律。ぼんやりとした伏し目がちな視線。私にしなだれかかる体は、しっとりして熱っぽい。
なんというか……これは、危なくない?
さすがに、今一緒にいるのが私だってことはわかった上で身を任せてるみたいだけど。
思わず、ロビンの部署が女だけの秘書課でよかった、なんて考えちゃったりする。
「……なみちゃん……」
気を揉む私にはお構いなしの、湿度の高い声。
「な、なに?」
どぎまぎして、妙に構えてしまう。
「……は、」
「“は”?」
「……はく」
「ん? …………“吐く”!?」
どことなくムーディ(?)だった空気が一変。
私よりだいぶ上背のあるロビンを半ば引きずるようにして、とりあえず一番近い洗面所に連れて行く。ま、間に合った。
ジャージャー流れ続ける水の音と、その合間にロビンのおえぇっていう声。
そのまましばらく背中をさすってあげながら待ってたけど、結局何も出てくることはなく。
やがて、ひとしきりおえおえ言ったら気持ち悪くなくなったのか、ロビンは自分で水を止めてぬらりと顔を上げた。
「大丈夫?」
「ええ……」
「寝れそ?」
「……なみちゃんは?」
「え?」
いや、私は別に平常運転ですけど。
質問の意図が分からず、洗面台の鏡越しのロビンに首を傾げる。
もしかして、なんで私がいるのかわかってないのかな。
「かえる?」
あ、そっちか。
「帰るわけないでしょ」
というより、帰れるわけないでしょ。
こんな状態のロビンを一人にして、万が一にでも寝ゲロで窒息とかされたら洒落にならない。ザラさんからも頼まれてるし。
「心配しなくても泊まらせてもらうから。それより吐き気はもう平気? まさかアル中とかなってないわよね?」
「そんなにいっぱいは飲んでないから……いっぱいだけ。……ふふ」
おいっ。ダジャレ言ってる場合か。
人の気も知らず、このお姉さまったらこれだ。
ザラさんの話からしても、飲み過ぎでってことではなさそうだからまだいいとして……ったく、とにかく起きたら事情聴取ね。
「ま、大丈夫ならいいわ。シャワーは明日にして早く寝な」
でも化粧は落としときなさいということで、ロビンの顔をコットンシートで拭う。
目を閉じて、なされるがまま。
あんまりがっつりメイクじゃないから、取れてんのかどうかよくわかんない。こんなもんかなというところで切り上げて、寝室に引きずっていく。
手伝いながら水を飲ませて、ジャケット、スカート、ストッキングは脱がせてあげたから、もう上出来でしょ。
「ねえ……ナミちゃんは……?」
「わかってるわかってる、私も泊まるって。布団、勝手に出させてもらうね」
とりあえず酔っ払いをベッドに寝かして、いつも借りてる客用布団を出そうと背を向ける。
すると、間髪容れずTシャツの裾をぐいっと引っ張られて、前につんのめった。
逆らわず振り向けば、捨てられた子犬みたいな顔したロビン。
「なに?」
「……」
無言の圧力。
ここまでの傾向からして、なんとなく言いたいことは察せる。介助のために、来てからずっとべったりだったから。
そしてその間、絶えず瞼がゆっくり閉じては開き、閉じては開きを繰り返してて、あ、この人酔ってるのもあるけど、それより何より、とにかくもうはちゃめちゃに眠いんだ、と気がついた。
……うん、わかりました。
「一緒に寝る?」
ふにゃりと笑って頷くロビンに、ベッドに引きずり込まれる。
どこにそんな力が残ってたんだか。
二人でしばらくごそごそして、やがて向かい合わせで収まりのいい体勢に落ち着いた。
「ふふ、ナミちゃん」
「んー」
「なみちゃん……」
「ん〜」
「……なみ……」
お、呼び捨て初めて。
半分くらい寝てそうだけど。
「なぁにー」
もう聞こえてないだろうなと思いながらも、一応生返事。
だって、目閉じてるし。
「……す、」
「“す”?」
「……すき」
…………え。
“すき”って……“好き”?
瞬間、ぼっと顔が熱くなる。
え、えっ、今の、……なに!?
「ロビンっ」
「……」
……うわ。
もう、完全に寝てる。
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