一度私にくれたはずの名刺を返してほしいなんて言うもんだから、何だろうと思った。
 言われるがままに差し出すと、なんのことはない、裏にプライベート用の電話番号とメッセージアプリのID、自宅の住所が書き足されてすぐにまた返ってきた。
 今、私は、大教室での講義を受けつつ、財布から取り出したそれをぼんやり眺めている。
 1コマ前は、サウロ先生の講義。
 終わったあとにロビンのことを尋ねてみると、とても嬉しそうに話をしてくれたから、いよいよロビンの不審者説も消えたかなという感じ。
 6年前の卒業生とはいえ、そりゃあれだけの美人なら相当印象に残ってるわよね。
 どうも話によると、成績も優秀だったみたいだし。
 そうだわ、とりあえずプライベートの電話番号とIDの友達登録はしておこう。
 そう思い立ってバッグからスマホを取り出したところで、はっと気がついた。
 私、ロビンにどっちとも教えてないや。
 ああいう渡し方だったから、うっかりしてたみたい。
 ロビンも言ってくれたらよかったのに。
 と、ここまで考えて、気がついた。
 ああ、これ、質問したりしなかったりのときと同じかもって。
 きっとロビンは、まだ私が自分の正体を訝ってるんだって考えて、催促せずにいたんだろう。
 一方的に連絡先を教えるだけならそれをそのあとどうしようかは私の自由だし、名刺にさらに個人情報を付け加えて寄越したのは、ロビンなりの誠実さの証明なのね、きっと。
 ロビンの会社の昼休憩がいつかなんてことはさすがに知らないけど、まあ個人携帯へのメッセージなら問題ないでしょ。
 念のためトーク画面でも名乗って、電話番号も載せておいた。
 送信完了を確認し、とりあえず名刺は財布に仕舞ってバッグの中へ。
 スマホは、少し考えてから机の上に出したままにしておいた。
 思っていたより返信は早くて、その講義が終わるちょっと前に返ってきた。
 『連絡ありがとう。とても嬉しいです。でも授業には集中しましょうね』というお説教のおまけ付きで。

 一日の講義が全部終わったあと、暇だしロビンの家でも行ってみるかと思い立った私は、大学の最寄り駅のホームでまた名刺を取り出して、電車を待ちながら降りる駅を確認してみた。
 あれっ? この駅って、大学から見た私んちとは反対方向じゃない。
 ひっくり返して今度は会社の住所を確認。
 すると、そっちは私の最寄り駅よりさらに向こうにあることがわかった。
 ということは、位置関係でいうとロビンの家と会社の間に大学と私の家があることになるのか。
 ああ、それじゃあ同じ電車に乗り合わせてたんじゃないんだ。
 ロビンは電車で私を見かけたと言っていたから、てっきりそういうことなんだと思ってたけど。
 あ、でも、そっか。
 向こうから私が見える範囲にロビンがいたら、あんな目立つ人、絶対私も気づいてたわ。

 あのあと私は、普通に友達の家に遊びに行くノリで電車に乗っちゃったけど、よくよく考えたら相手は社会人だしアポなしで突撃ってどうなのよって考え直して、電車の中からメッセージを送ってみた。
 だめならだめで、どこかで適当に降りて引き返せばいい。
 そっちの場合も考えていたけど、ロビンの返事はOK。
 ただ、私より先に着くのは無理だから駅前のカフェで待ってて、とのことだった。
 お腹が減ってたからちょっと迷ったけど、ジュースだけ注文して、駅を見下ろせる2階の窓際の席に座った。

 
テキストTOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -