「で、本題というか、ずっと詳しく聞きたかったことがあるんだけど」
「ええ、どうぞ?」
 そう。これはとにかく話つけとかないと。
 ロビンが悪い人ではないんだろうということはわかったけど、それとこれとは話が別。
 って、そんなこと言いながら、今もしっかりロビンが淹れてくれてたコーヒーとか飲んじゃってるんだけど。
「ロビン、会っていきなり私に一緒に暮らそうって言ったでしょ?」
「ええ。あ、やっぱり気になるわよね、間取りとか」
「……」
 おいおい。
 あれは舞い上がってのうっかり発言じゃなかったの、お姉さん。
 それに根は控えめだし、言ったことを後悔してるっぽくも見えたから、話はすんなり通るんじゃないかと思ってたんですけども……。
「安心して? 3LDKだから個室だって用意できるわ。どうかしら?」
「いやあ」
「洋室と和室だとどちらがお好み?」
「あのね、ロビン、さすがにそれは無理よ」
「えっ」
 さっきまでわくわくしてたロビンが、途端に悲しそうな顔をして絶句した。
 できればその顔はやめてほしい。
 まともなのは私なはずなのに、ものすごい罪悪感に駆られるので、はい。
 んんっと咳払いをして、仕切り直し。
「ロビン、冷静に考えてみて。ロビンと私の立場が逆だとして、そりゃいくら女同士とはいえね、初対面の人間にいきなり共同生活を申し入れられて、OKする?」
「相手がナミちゃんならもちろんするわ」
 嬉々として答えるロビンに、今度は私が「うっ」と言葉に詰まった。
 だめだわ、ちょっと例えを間違えたみたい。
 笑顔が戻ったのには一安心だけど、そうじゃない、そうじゃないのよ。
「いや、ほら、それはロビンが私に、の場合でしょ? じゃなくて、その部分も私の立場になってもらって、ね? そう言ってきた相手が、自分にとってはじめましての気にも留めてないどうでもいい人だったとしたらどう? ってことよ」
 これで伝わったでしょ、きっと。
 一仕事終えた気になって、どうだとばかりにロビンを見ると、
「……そう、ナミちゃん……どうでもいいのね、私のこと」
 ……また、この世の終わりを見たような顔をしていた。
「ええっ!? いや、そうは言ってないでしょ!」
「だって、ナミちゃんの立場から見たその相手って、私でしょう? 気にも留めてない、どうでもいい……」
「ちがっ、違うって! ごめん、言い過ぎた! 別にロビンのこと嫌いとかじゃないのよ? 海楼の先輩だしね? 怪しい人だと思ってるわけでもないし」
「じゃあどうしてだめなの?」
「そ、れは……」
 やばい、ど、どうすればいいの。
 口先はわりと達者なほうだと思ってたけど、この人を説き伏せられる自信がない。
 ていうか、よく考えたら10コも年上の大人だもん。はなっから無理な話だったのかもしれない。
 でも、実を言うと、さっき慌ててぽろぽろ零した言い訳に、ちょっと「あれ?」と思った自分がいた。
 昨日会ったのが初めてだということは、間違いない事実。
 けれど、私の通う海楼女子大のOGで、サウロ先生のことも知っていた。
 私にくれた名刺に名前が載っていたバロックワークスという会社も、なんとなくだけど聞き覚えがある。
 そうそう、確か『ぷるとん』っていう知育玩具とか作ってるおもちゃメーカーだったと思う。ノジコんとこのちびちゃんがそれで遊んでたっけ。
 とにかく、そんなとこに勤めてるんだから、一応ちゃんとした社会人なんだろう。身なりもきちんとしてたし。
 疑ってるみたいで悪いなとは思いながらも気を配ってた貴重品だって、当然のようになんともない。
 ロビンの性格についても、あんなふうにぶっ飛んだことも言うけれど、基本的には謙虚で気が利く良い人だと思う。
 それに何より、とにかくめちゃくちゃ美人、モデル顔負けのスタイル。……いや、これは論点じゃないか。
 けど、なんか、もしかして……これ、意外とアリなんじゃない? って。
 少なくとも、今までに過ごした時間は、かなり居心地がよかった。
 ちょっとした大学の知り合いでさえ、家に1対1で呼ぶことを想像すると気まずい気もするのに、初対面でこの馴染みようは結構すごいような。
 ……あ。
 ちょっと待った、一番肝心なこと忘れてた。
 ロビンが一緒に暮らそうっていうのと同時に言った、この人だと思った、とかなんとか。
 そのあと大学が同じだということがわかった時には、運命とまで言い切っちゃってたけど。
 なんだろう、ロビンは、要は一目惚れというか、そっちの意味で私とどうにかなりたいのかな。
 あるいは、必ずしも色恋に限らなくたって、支え合いながら一生を歩んでいける人、っていうの? 私自身はそういうのもあるんじゃないかなって考えてるし、ロビンが私を気に入ったのもそういう意味でかもしれないけど、どうなんだろう。
 それはそれで、ロビンが私のどこにその可能性を見出したのかは謎だけど。
 ああもうっ。
 なんかごちゃごちゃややこしくて、面倒になってきた。
 私らしくないわ、こういうの。
「ロビン」
「なあに?」
「いろいろ考えたんだけど、やっぱりいきなりっていうのは気持ち的にも現実的にも厳しいと思うのよ」
「ええ……」
「だから、なんて言うか、しばらくはちょっとお邪魔するというか遊びに行くというか、お試し期間……的な? そんな感じで、どうかな?」
 私の返事をどう取るか。
 また絶望に打ちひしがれた顔してないといいけど……話してる間カップに集中させてた視線を、ロビンに向ける。
「あ……」
 私の言葉に頷いたロビンが見せたのは、とびっきりの笑顔。
 歯を見せて笑うとちょっぴり幼く見えるんだってこと、私はこの時初めて知って、なんだか少しどきっとした。

 
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