文化祭


「んじゃ、それぞれ担当を決めてくぞ」

 教壇に立ち、山本が教室中に響き渡る声で言った。

 来たる文化祭に向け、学校中が賑やかな空気に包まれている。
 オレたちのクラスも出し物が決まり、その役割り分担をどうするかという話になった。

 学級委員の近藤の為に、文化祭実行委員に立候補した山本が、黒板に汚い字で『メイド喫茶』と書いた。
 続いて、『接客班』『調理班』『広報班』と書き連ねた。

「接客班は基本は女子にしてもらって、ネタとして数名の男子にも犠牲になってもらうからなー」

 接客は所謂メイド服を着用して行う。女子だけが着ても面白くないだとかそんな理由で、数名の男子も接客班に交じり女装する羽目になった。

「調理班はメニュー作りと食材の調達とか色々……あと広報班は当日、客寄せだから……その為の、何だ? まー色々考えてくれ」

 山本らしく大雑把な説明を終え、割り振りを公平なものにする為にくじ引きで各班のメンバーを決めることになった。
 近藤が女子のくじの入った箱を、山本が男子の箱を抱え教室の左右に立つ。みんなが順番にくじを引いていく。

「正也、お前は引かないの?」

 橋田が“広報班”と書かれた紙をひらひらと揺らしながら山本に話しかけた。早々にメイド服から免れたこの男が羨ましい。オレもどうか接客以外に当たりますように──と手に祈りを込めてくじを引いた。

「おれは……最後でいいんだよ。ほら、残りもの何とかって言うだろ?」

 残り物には福がある、か。オレもそこに賭けた方がよかったかも……とドキドキしながら折り畳まれた紙を広げた。

「あ。昌斗も広報班だね」

 広げられた紙を覗き込んで橋田がそう言った。
 オレはほっと息を吐く。

「広報って何したらいいんだ?」
「んー。看板作ったり?」

 疑問に疑問で返されても困るのだが。
 当日は客寄せに校内を歩き回ったりするんだろうか? ならプラカードとか、チラシとかを用意すればいいのか?

「おれも広報だからよ、あとで一緒に考えようぜ」

 と、悩むオレたちに山本が言った。

「あれ? 正也、まだくじ引いてないんじゃなかった?」

 そうだ。コイツはまだくじを引いていないはずだ。なのになぜ、恰もすでに自分が広報に決まっているかのような言い方をしたのかがオレにも不思議だった。

「え……あ、その、予知だよ予知っ!」
「ふーん……」

 何だ、その言い訳は。
 橋田も訝しむ目で山本を見つめる。

「な、何だよ。ズルなんかするわけ、ねぇ、だろ……」

 目が泳いでいる。嘘を吐くのがここまで下手だと逆に関心してしまう。

「じゃあ、そのポケットの中の紙はただのゴミか何かなのかな?」
「なっ!? 何で知って……」

 驚愕の表情で、山本が後退る。手はしっかりとポケットを押さえている。
 そうか、そこに不正の証拠があるんだな。

「本当にそんなことしたの? カマかけてみるもんだね」

 呆れ顔で橋田がため息を吐く。

「ほら。隠してるの出して」

 橋田にそう言われ、正也が渋々ポケットから紙を取り出した。箱の中の残りのくじと混ぜ、促されるまま改めてくじを引いた。

「──ぬおっ!?」

 沈痛な呻き声を立て山本が震え出す。
 見事引き当てた“接客班”と書かれた紙にくしゃりと皺が寄った。

「あはははっ! 罰が当たったね」

 心底愉しそうに橋田が笑った。
 山本のメイド服か……悲惨だな。思わず想像してしまい、オレも笑ってしまった。

「くっそー! 誰だよ、男子もメイド服で接客しようとか言ったヤツっ」

 いやいや、お前だろ。

「うっわ! 正也、メイド当てたの?」

 オレの後ろから現れた昴が、呻く山本に憐れみの視線を向ける。

「よし! 高倉、おめぇも接客当ててメイドになれっ」
「残念だけど、俺くじ運いいし」

 気負うことなく、さっさと箱に手を突っ込みくじを引いた。
 昴が得意気に広げた紙には──“接客班”と書かれていた。

「……うん。本当、くじ運いいね」

 橋田が昴の肩にポンっと手を置いた。


 目の前に数着のメイド服が置かれている。
 去年、先輩方が使ったものらしい。サイズはどれも男性用。

「女装喫茶とか、先輩たちも悲惨なことをしたもんだね」
「ああ。オレたちのクラスが女装喫茶にならなくて良かったよな」
「そんなことになってたら、僕達もこれを着る羽目になってただろうね……」
「恥晒しだよな……」

 オレと橋田は沁み沁みと思い合った。

「そりゃいいなぁ。今からでも遅くねぇし、いっそ女装喫茶にするか?」

 悪巧みを浮かべた顔で、山本が言う。

「えー。そんなことしたら、近藤さんのメイド姿見れなくなるよ? いいの?」
「そ、それは……駄目だ」

 こちらの方が一枚上手だった。
 野郎共にキモい女装をさせて羞恥に晒すことよりも、女子のメイド姿──主に近藤のその姿の方が山本には最優先事項だろう。

「……てかさ、何でどれもこれもミニ丈なわけ?」

 昴がたっぷりとフリルのあしらわれたミニ丈のメイド服を怪訝そうに眺める。一緒に置かれている段ボールの中にはニーソックスやガーターリングなど、萌えを追求した品々が揃っている。

「絶対領域は外せない浪漫だったんだろうね」

 ガーターリングを摘み上げ、橋田がため息を吐く。

「ただ……着るのが誰なのかってことを忘れてはいけないよね」

 けして、自分たちが着ることを想定して選んだ品々とは思えない。橋田の言う通りそのことを失念していたのだろう。
 そうでなければ、変態だ。

「まあ。何気に女装喫茶の評判よかったらしいから、今回も大丈夫でしょ」
「だといいけどなー。気持ち悪がられて客呼べなきゃ、それこそ散々だな」

 思案顔でそう言った山本は、それだけ見ていると文化祭実行委員らしく思えてくる。それなりに責任感はあるんだな。

「んじゃ、ま。高倉、とりあえず試着しに行こーぜ」

 その山本の誘いに、昴はげんなりとしながらも頷く。

「当日って化粧とかするのかな?」
「するんじゃね? 何か女子乗り気だったし」
「……はぁ。マジか……」

 昴はいいとして、山本の化粧は見れたものではない気がするな。どんな仕上がりになるのか愉しみではあるけど。

「ま、恥ずかしいのは最初だけだって。あとは勢いっ!」

 勢いで乗り切れなければ辛いのは自分自身なんだろうなと、他人事だからあっさりと思える。勢いに乗るまでの羞恥との鬩ぎ合いに果たして勝てるのか。自分に置き換えると恐ろしい。

「知り合いに会いたくないなぁ」
「いや。絶対無理だろ」
「だよな。文化祭だもんな……」

 昴はひたすらため息を吐きぶつぶつと言いながら、山本と共にメイド服一式を我がクラスの準備用に貸し出された空き教室へと運んでいった。
 接客班のメイド服姿は文化祭当日までお披露目されないらしい。その方が衆目を集めれるからだとか何だとか。

「さて、と。僕たちも準備始めようか」

 昴のメイド服姿は早く見たい気もするが、オレたち広報班もやることは山積みなので、後ろ髪引かれつつも橋田の号令に従って作業を開始した。


***


 ──そして、文化祭当日。

 日常とは違う華やかで賑やかな校内に弾んだ声が飛び交う。
 一年生は初めての文化祭に緊張し、これが終われば受験一色の三年生は高校生活最後のお祭り気分を堪能している。
 オレたち二年生は、当たり前に二度めの文化祭を浮かれた気分で愉しんでいる。

「よければ、うちのクラスに遊びに来ませんか?」

 橋田が女子に声をかけた。声をかけられた女子はチラシを受け取り、イケメンな橋田の微笑みに一瞬見惚れながらも、照れた様子で笑顔を返して去っていく。

「なあ、橋田」
「何?」
「何でさっきから女子にばっか声かけてんの?」

 うちのクラスは女子がメインのメイド喫茶だ。狙う客層は男だと思うのだが。

「どうせ声かけるなら可愛い女の子のほうが愉しいし」

 いや。橋田が愉しいとか愉しくないとかの問題ではなくてだな……。呆れそうになるが、まあオレが男に声をかければ済む話かと、諦めてチラシを配る。

「一旦、教室に戻ろうか。あっちの様子も気になるし」
「そだな」

 手持ちのチラシはあらかた配ったし、一旦戻って店の様子を見ておくのも必要だろう。売り上げがいまいちならもう少し積極的な呼び込みも考えなくてはならないし。

「……覚悟しなきゃね。正也のメイド服は破壊力ありそうだし」

 オレと橋田は文化祭開始前には正門前で待機していたので、接客班の連中がメイド服に着替えた姿をまだ見ていない。
 橋田の言葉に改めてうちのクラスの男子の一部が女装をしていた事を思い出した。特にのがたいのいい山本の女装を見るのは心の準備が必要だろうな。

「ねぇ。さっきの人男の子なのかな?」
「背は高かったよね?」
「うん。でも背の高い女の子って可能性もあるし──」
「どっちにしても、綺麗だったよね」

 通りすがりに囁く女子の会話が耳に入り、何となくその人物を予想する。早く見たいと思う気持ちが嵩む。

「お帰りなさいませ、ご主人──っておまえらか」
「…………ぶっ」

 橋田が堪え切れず吹き出した。

「どうだぁ? 美しいだろ?」

 もう恥は掻き捨ててるんだろう。出迎えてくれた山本がスカートの裾を摘まんでお辞儀する。破壊力抜群だった。

「いや、もう。想像通りで凄いよ正也」
「そうか。涙流して笑うほど羨ましいのか……よし。高倉! 橋田に予備のメイド服着せるぞー」

 腹を抱えて笑う橋田を青筋を立てて睨みつけ、面白そうな提案をする。

「え? いや、勘弁──」

 目尻の涙を拭いながら、そう言いかけて口が止まる。

「太一も接客すんの?」

 だらしなく口を開けたままの橋田の視線の先に、昴が現れた。
 ミニ丈のメイド服の裾から伸びる脚は真っ直ぐ美しく、スカートとガーターリングの間に覗く太腿は艶めかしくて、きめ細やかな肌を惜しげもなく晒す腕はほどよく筋肉がついているにも関わらず、なぜか可憐な少女の細腕のような錯覚に陥る。
 さらさらと揺れる長い髪はウィッグだろう。首なんか傾げて、もう本当に少女にしか見えない。

「おお! そうか、おまえらまだ見てなかったんだなー」

 何故、山本が得意げなのかはわからないが、オレと橋田は何も言葉にできず、目の前に現れた少女に見紛う姿の昴に見惚れていた。

「ん? 何? 何の話?」

 きょとんとした顔が、これまた可愛らしい。
 昴の女装は前に一度見たことがあるが、その時以上の仕上がりにオレはとことん惚けそうになる。

「昴のメイド服……」
「女子にしか見えねーよなぁ」

 ぼそりと呟いた橋田に続けて、山本が感慨深い顔で頷いた。

「流石、昴だね」
「え。何が流石なんだよ?」
「可愛いよ?」

 立ち直ったらしい橋田が、いつもの飄々とした態度に戻る。

「はぁ!? キモいこと言うなっ! 嬉しくないっ」

 心底嫌そうな顔で昴が言い返す。

「えー。でも可愛いよ。ね? 昌斗?」
「うん……可愛い」

 話を振られたので、オレは正直に頷いた。
 するとなぜか、みるみると昴の顔が赤くなっていく。

「う……な、な何でアキトに振るんだよぉっ!」

 ぷりぷりと怒る様子に、オレの胸がキュンとした。
 可愛過ぎる。抱き締めたいぞ、本当。

「(照れてる、照れてる)」
「太一っっ!」

 何やら耳打ちした橋田に、昴は真っ赤な顔をさらに赤くして怒鳴りつけた。

「さ、さ。お客さん来たから接客してきなよ」

 悪びれる様子もなく、橋田が昴の背中を押して促す。

「覚えてろよっ」

 凄んで見せているその姿も、完璧な女装ではただただ可愛らしいものだった。

「昴」
「へ? な、何? アキト……」
「あんまり男の客に接客するなよ?」

 あまりの可愛さに、少し心配になってそう言った。
 傍にいるなら目を光らせておけるが、広報班としての仕事もまだ残っているのでそうもしてられないし。念の為、昴自身に男性客を不用意に惑わせないよう気をつけてもらわないといけない。

「う、うん……? わかった」

 意図がきちんと伝わっているのか不安だが、合意した昴にとりあえずは満足しておく。

「昌斗、意外と独占欲強い?」
「……なのかな、やっぱ」

 言われた当の本人にはいまいち伝わってないようなのに、橋田はいつも目敏く気づくんだよな。

「好きなんだねぇ」
「うん。好きだな」

 橋田はオレと昴の関係を知っている。睦み合っていたのを見られてバレた──というか、それ以前から気づいていたらしいが。あともう一人バレた相手がいるが、その時の混乱した状況を上手く纏めてくれたのが橋田だ。
 なので、橋田の前では何だか安心して吐露出来る。

「何か僕が照れるな……真っ直ぐすぎて眩しいよ」

 橋田が言うように、オレは真っ直ぐに昴を想えているのだろうか。男同士の恋愛はもとより、誰かに恋心を抱いたことすらないに等しかったオレが、初めてまともに向き合った相手。
 身体を繋げる度に想いが募り、とめどない愛おしさが溢れる。
 人並みに嫉妬も覚えた。もし、昴が他の誰かを好きになったりしたらどうしようかと悩むこともある。不慣れで不器用なオレに飽きて離れて行かれたらと不安にもなる。だからオレとしては精一杯の素直な気持ちを態度に出せたらと考える。
 そして、それが昴に伝わっていればいいのだけれど。

 メイド服姿の可愛い昴を見つめた。
 ああ。本当に可愛い……。

「……危ない視線になってるよ?」

 橋田が苦笑している。気恥ずかしくなり、咳払いをして立ち上がった。

「オレらも仕事に戻ろう」
「んじゃ、休憩までもうひと頑張りしましょーか」

 プラカードを掲げた橋田のあとに続いてオレも教室を出る。名残惜しくてもう一度だけ振り返って昴の様子を窺った。
 すると、呆れ顔の橋田に耳を引っ張られた。


「アキトー」

 遠くから昴が駆け寄ってきた。制服に着替えて、化粧も落とした状態で。

「メイド服は?」
「着替えたよ。休憩行こ?」

 言われてそろそろ休憩の時間だと気がついた。そういえばお腹も空いている。オレたちのクラスは軽食を出しているので昼の繁盛タイムからずらして交代で休憩を取ることになっているのだ。食事のことに意識を持っていったからなのか、朝食べた切りの胃袋が空腹を主張し出した。

「あ。昴、着替えちゃったんだ?」
「休憩だからな。戻ったらまた化粧されるらしいけど」

 橋田が制服に着替えた昴を見て、残念そうに言った。
 それに対して昴は、また化粧されることを考えて嫌そうに顔を顰めてぼやいた。

「残念だったね、昌斗」
「…………」

 見抜かれてる。というか、残念そうだったのは、オレの代弁だったのかと気づく。ニヤニヤ顔が何だか腹立たしい。

「アキト? 休憩行かないの?」
「あ。うん……橋田は?」

 橋田もこれから休憩だろう。一緒に行かないのかと思い声をかけてみる。

「僕は他の子と約束してるから、二人でどーぞ」

 相変わらずモテモテだな。いつの間に約束なんかしてたんだろう。ひたすら女子にばかりチラシを配っていた橋田の姿を思い返し、どの子だろう? などと考えてみたが、余りの多さに余計混乱したのでやめておいた。

 オレと昴は連れ立って、まずは腹ごしらえに屋台などをぶらついた。
 昴は何かしら買ってきては、せっせとオレの口に運ぶ。さっきからずっと食べさせてもらっているこの状況。何だか少し恥ずかしくなってきた。でも、受け取って自分で食べようと思っても、昴がそれをさせてくれない。
 まあ、よくわからないが昴が愉しそうなのでしたいようにさせておこう。……けど、そろそろ胃が限界だぞ。

「あれー? 昌斗くん」

 満腹感にギブアップを告げたその時、背後から声をかけられた。

「ども」

 振り返ってその相手を確認して、見知った顔だったので会釈をする。三年生の女子の先輩だ。

「お! 昌斗くんだー」
「どう? うち寄ってかない?」

 続いてぞろぞろと見知った顔の先輩たちが顔を出して声をかけてくる。知らない顔もちらほらいたが。

「昌斗くんのクラスは何してるの?」
「あ、あそこ行ってみたら? お勧めだよ」
「先生達が有志で何かするみたいよ」
「ここもよかったよ〜」
「私、さっき昌斗くんのクラス行ってきたよ」
「そういえば、今年の後夜祭にOBのバンドが来るらしいよ」
「一緒にいるの高倉 昴くんだよね?」
「昌斗くんが正門で一緒にチラシ配ってた子、紹介して?」
「アンタ彼氏いるでしょ〜浮気ぃ?」
「イケメンは別腹」
「あー確かに。あの彼氏は……」
「みなまで言わなくていいから」

 ……女子って怖い。返事しようとしても矢継ぎ早に話しかけられて何が何だかわからなる。そして、酷い言われようの彼氏も可哀想になってきた。
 オレの返答などお構いなしに勝手に盛り上がり、そのうち言いたいこと言って気が済んだのか、手を振りながら自分たちの持ち場に戻っていった。
 やっと解放されたことに、ほっとため息を吐く。持久走のあとの気怠さに似たものを感じた。

「アキトって、先輩の知り合い多いんだね……女子の」
「ああ。姉貴の中学の同級生がこの学校に結構いるからな」

 そう。話しかけてきたのは姉貴の同級生だった人たちだ。類は友を呼ぶというのか、姉貴に似たお喋りな女子ばかりだ。先輩じゃなければ、素通りで無視をしたかった。いや、単なる先輩なら無視できたのに、姉貴の同級生で顔見知りだからできなかったと言うべきだな。

「お姉さんの友達?」
「よく家にも遊びに来てたから、顔見知りは多い」

 そして、よくからかって遊ばれた記憶もある。好きな子いるのー? とか、彼女できたー? とか……殆どがそういうネタで。

「今でも来てたりするの?」
「んーどうなんだろ? 高校入ってからは家に来てるのは見てないかもな」

 あんな姉貴にも彼氏とやらが出来たみたいで、しょっ中デートに出掛けている様子だし。交流がなくなったわけではないみたいだが、家に集まって騒がしくお喋りしてるのは最近見かけないな。気にもしてなかったから、昴に聞かれるまで忘れてたけど。

「あ。そろそろ休憩終わりだな」

 先輩たちに捕まっていたせいで、もう休憩時間も終わる。折角だから他にも色々見て回りたかったが、休憩がまだのクラスメートと交代しないといけないし、諦めるしかないな。

「本当だ……あー。また接客かぁ。アキトも一緒やらない?」

 ため息混じりにぼやいた昴が、ついでとばかりに嫌な誘いをしてくる。

「広報班って忙しいんだぞ!」
「……のんびりチラシ配ってるだけでしょ」
「いや。意外とチラシ配りって難しいんだよ! 差し出すタイミングとかさ」

 受け取って貰えなかったりすると少し寂しい気持ちになるが、駅前のビラ配りとは違って文化祭なので、大体の人は受け取ってくれる。橋田が声をかけた女子なんかは立ち止まって話を聞いてくれたりもした。
 それが集客に繋がっているかは実際わからないが、広報班の仕事は主に文化祭前の準備が忙しいだけであって、当日は意外と暇なのは確かだ。
 逆に、接客班は準備期間はこれといって何かしなくてはいけないことは少なかったが、当日こそが仕事なのでかなり忙しい。それに加えあの衣装だし。

「そんなに接客したくないんだね」
「接客はしてもいいけど」
「……メイド服は着たくないんだね」
「うん」

 絶対に着たくないな。それこそあの先輩たちに見られ、写メでも撮られたりしたら、姉貴にバレて暫く笑い者にされるだろうし。

「アキト、綺麗な顔してるから似合うと思うけどなぁ」
「綺麗じゃねーよ。昴みたいに可愛いならしてもよかったけどな」

 オレが女装したところで、昴みたいに可愛いメイドさんにはなれないのはわかり切ったことだ。山本の二の舞にしかならないだろう。そんなのオレが可哀想だし、集客に繋がらないことをしても無意味だと思う。

「アキトって、自己評価低いよね?」
「低いんじゃなくて、妥当な自己評価しかしてないぞ」
「イケメンな自覚ないの?」
「イケメンなわけあるかよ」
「……モッテモテのくせに」

 何を勘違いしているのか、昴が真面目に言う。
 少なからず惚れた相手は何割増かよく見えるというあれなのか? 昴によく思われるのは嬉しいが、それと現実を履き違える程オレはおめでたくはできていない。

「モテた記憶ないけど?」
「月イチで告白されてるのに!?」
「昴はもっとされてるんじゃねーの?」

 いや。月イチで告白とかはされてないけどな。告白自体は、まあ、たまにされてはいる。けど、どれも知らない人ばかりで断ってきたし、昴と付き合ってからは当たり前に断っている。
 オレよりも、昴の方が断然モテモテだし、何度か女子に昴の呼び出しや伝言を頼まれたこともある。協力なんてしてやる気はさらさらないのでその場で断っている。食い下がってくるヤツには少し腹が立ち、昴に恋人がいることをはっきり宣言してしまったりもした。その恋人が誰かは言ったことはないが。

「そんなにされないよ」
「でも、この間も他校の子に告白されただろ。あと逆ナンとか多いし」

 一緒に出かけるとよく女子から声をかけられる。同世代の女子高生からOL風の女性までバリエーションは豊かだ。
 二人でいる時もそうだが、橋田や山本といる時はなぜかもっと声をかけられてしまう。橋田は愛想よく応対するし、山本はテンションを上げてさらに煩わしい結果になったりする。

「逆ナンは……俺だけのせいじゃないでしょ。あきらかにアキト狙いの子多いし……」
「声かけられてるのオマエだろ」
「それは、俺の方が声かけやすそうだからだろ」

 物腰の柔らかそうな昴は声がかけやすいんだろうか? 橋田も同じくらい声をかけられているが……橋田の場合はさり気なく橋田の方から声をかけている気もする。
 その点オレは今まで直接ナンパされたことはない。一緒にいて巻き込まれる形ばかりだ。

 と、話していたが、内容が不毛なものになっていくに従ってお互い馬鹿らしくなり打ち切った。

 昴がもう一度着替える為、準備教室に向かう。
 教室には誰もおらず、何着か脱ぎ捨てられたメイド服が散乱していた。

「着替えてくるね」

 そう言って扉を閉めようとした昴を手を止める。
 オレは一歩足を踏み入れて後ろ手に扉を閉めた。そして、肩を抱き寄せて唇を重ね軽くキスをした。なぜだか急にしたくなったのだ。理由はわからない。本当なら舌を絡ませて堪能したいところを、軽いキスだけで我慢できた自制心に自分自身を褒めてやりたい。
 そう思ったのは、唇が離れた瞬間に教室の扉ががらっと開いたからだ。自制心が働いてなかったら、危ないところだっただろう。

「高倉くん戻ってたんだ。お化粧するから着替えたら呼んでね」

 クラスメートの女子がそう言うと、また扉を閉めて離れていった。
 昴に視線を戻すと、顔を真っ赤にしてオレを見つめていた。そんな昴にもう一度キスをしようとしたら、可愛く怒られた。
 でも、キスはさせてくれた。

「昴、可愛い……」
「……もう。甘えても駄目だよ……」

 腰を引き寄せて抱きしめてみたが、それ以上はやっぱりさせてはくれないらしく口を尖らせた可愛い顔で抵抗された。
 まあ、ここで本当に欲望のままに行動しようものなら大変なことになるのはわかっているので、それ以上は諦めた。

 文化祭もあと二時間もすれば終わってしまう。メイド服に着替えた昴をもう一度目に焼きつけてから、オレも自分の仕事に戻った。


 文化祭も終了時間が迫り、オレたちのクラスは売り上げもよく軽食は完売していた。今は、何組かの客がドリンクを飲み終わるのを待っている。その客が帰り次第、片付けを始めようということになっていた。
 客足が途絶えたので、すでに片付けを始めているクラスもいくつか目につく。後夜祭の準備に走る人も見かける。

「中島ぁー」

 残りの接客は女子に任せたのか、着替え終えている山本に呼び止められた。あの破壊力抜群の女装姿も見れないとなると何だか物足りない。

「何だ?」
「悪ぃんだけど、屋上の垂れ幕片付けてきてくれねぇか? うちのクラスが片付け担当になってんだけど、先輩に他の片付け頼まれてさ……」

 そういえばさっき、生徒会役員の腕章をつけた先輩らしき人に話しかけられていたな。生徒会を筆頭に学級委員と文化祭実行委員は準備から後片付けまでやる事が満載だろう。

「わかった」

 オレは承諾して、忙しい山本の代わりに屋上の垂れ幕回収に向かった。
 通常は立ち入り禁止になっている屋上へ堂々と出れるというのは何気に気分がいいものだ。
 渡された鍵で扉を開け、外に出る。
 夕暮れに染まる校庭を見下ろすと、何だか感慨深い気分になった。

「アキト……一人?」

 垂れ幕を引き上げる為にしゃがみ込んだオレは、頭上から声をかけられて振り向いた。そこには昴がいた。

「まだ着替えてないのか?」
「あ……うん。アキトが教室から出てくの見えたから……」

 もう客も帰った頃だろうし、接客班の男子は早々に着替え終えていたが、昴はまだメイド服のままで、もごもごと呟いた。

「山本に垂れ幕の片付け頼まれたんだよ」
「そうだったんだ……」

 再度垂れ幕を引き上げながら、自分の状況を昴に説明する。

「どうしたんだ? オレに用事?」
「用事……て、いうか……」

 あれ程嫌がっていた服装のままで追いかけてくるくらいなのだから、何かあったのだろうと思い聞いてみる。
 けれど歯切れの悪い返事を返し、逡巡して言葉を続けた。

「アキト、さっき女の子に声かけられてたでしょ?」
「ああ。あの先輩のこと?」
「その……呼び出されて行ったのかと思って……」
「後夜祭なら誘われたけど、屋上に呼び出しはされてないぞ?」

 教室の前で呼び込みをしていた時に、確かに女子の先輩に声をかけられて後夜祭に一緒に行かないかと誘われた。姉貴の同級生と一緒にいたのを見た気がするが、よく知らない先輩だったので名前すら覚えていない。

「後夜祭誘われたの!? ……行くの?」
「行かねーよ。断った」

 知らない先輩と後夜祭に行ったところで愉しくも何ともないし、昴とゆっくり愉しもうと思っていたので考えるまでもなく断った。

「他に何か言われたりは?」
「何を?」

 何かって何だろう? その先輩との会話を思い返してみるが見当がつかない。

「えー……と。何もないなら大丈夫」

 ほっとため息を吐くように昴が言ったので、ならもういいかとオレも考えるのをやめた。

「よくわかんねーけど。ついでだから昴も手伝えよ」

 一つめの垂れ幕をクルクルと巻き終えて、残りもさっさと片付けしまいたかったのでそう言うと、昴は頷いて横にしゃがみ込んで垂れ幕に手をかけた。

「これ、意外と大変だね。重いし」
「落とすなよ」

 メイド服姿でスカートの裾が捲り上がらないように気をつけながら手伝ってくれる昴に注意を促す。
 垂れ幕よりも、スカートの裾が気になって仕方ないのはオレがエロいからなのか。昴も女子並にスカートの中が見えないようにそこに気を取られているように思う。

「そんなヘマしないよ──て、うわっ」

 言ったそばから風に煽られて靡く垂れ幕に体制を崩し、あわや落としそうになりながらも何とか堪えた。
 オレも一瞬ヒヤッとしたが、必死に堪えた昴にホッと息を吐く。下でまだ片付けをしているクラスもちらほらといるので落としていたら大変なことになっていただろう。

「あっぶねー」
「昴、大丈夫か?」

 体制を崩した時に膝を擦ったのか、黒いニーソックスが砂で擦り切れて汚れている。昴の膝の砂をぽんぽんと叩いていると、その先の露わな太腿に視線がいってしまう。やっぱりオレはエロいのだろうか。

「うん、大丈夫。……ね、アキト……ぎゅってして?」
「こうか?」

 オレのその視線に気づいたのかどうかはわからないが、昴が甘えたように身体を寄せてくる。希望通りに優しく昴を抱きしめた。

「ん……ふっ──」

 キスを強請られ、唇を重ねると強引な動きで昴が舌を絡ませてくる。舌に吸いついて、貪るようにキスをする。息と唾液が交じり合い、全身に甘い痺れが広がっていく。

「積極的にされると我慢できそうにないけど……」
「うん……」

 我慢しなくていいってことかな? さらに深くなるキスにオレの劣情が煽られる。

「あっ──んんっ……」

 スカートの中の昴の尻を撫で回し、耳や首に舌を這わせる。
 可愛い胸の突起は服に隠れて見えないが、布越しに触れると硬く膨らんでいるのがわかった。

「アキト……ご奉仕してもいい?」

 蕩けた表情で熱っぽく息を吐きながら甘い声で囁いた。

「ご奉仕……」

 卑猥なその表現に、オレの股間が反応するのがわかる。

「ん。俺、メイドだから……ご主人さまにご奉仕したい」

 昴が顔をオレの股間に近づけ、そこに頬ずりをする。可愛い仕草の昴に嚥下し喉が鳴る。
 オレがベルトを外すと、昴がズボンと下着をずらして熱が籠り主張し始めているソレに優しく舌を這わす。口いっぱいに頬張ると、緩々と奥まで呑み込み中で舌を蠢かす。吸い上げてはまた舌で擦り、オレを喜ばせようと丁寧に愛撫してくれる。

「あ──昴っ……」

 されているだけじゃ足りなくなり、寝そべるとその顔の上に昴を跨がせた。硬いコンクリートが痛かったが今はそんなことどうでもいい。

「ああっ、アキトっ!」

 スカートのレースの隙間から、ボクサーパンツが見える。膨らんだ箇所に舌を這わすとピクピクと反応して、じんわりと染みを作っていく。唇で食んでぐいぐい擦り上げると昴の股に力が入り顔を挟まれてしまう。

「スカートの中に顔突っ込むのって何か変な気分……」

 ボクサーパンツの隙間に舌を入れ、陰嚢をやわやわと舐めると、昴が甘く可愛い声で啼く。

「あああっ、ん……」
「昴、ご奉仕してくれるんじゃないの? 口、止まってる」

 与えられる快感に呑まれていた昴にそう言うと、ご奉仕の為に再度舌や口を動かす。甘い痺れが股間に集中していく。
 昴の下着が邪魔なので脱がし、丸出しになったソコを同じように舌で口で愛撫すると、ビクビクと震えながら甘い息を漏らした。

「はふっ──んん、んっ」

 昴がオレのを舐め上げると、オレも同じように昴のソコを舐めて、お互いにしゃぶり合う。口を離すと尖端からタラタラと涎のように液が溢れ、オレの顔に零していく。

「スカート汚れるから、自分で捲って」
「ア、キト……」
「うわ……ヤバイ……」

 上半身を起こし、昴の窄みに舌を当てる。
 スカートを捲り上げて尻を突き出している昴のその姿にイきそうなほど興奮した。
 たっぷりと唾液を絡ませ、ぐにゅぐにゅと舌で窄みを解していく。ほんのりと緩んできたそこに親指の先を食い込ませ、さらに舌で唾液を絡ませる。指を二本に変え、ゆっくりと挿し入れていくと呑み込むように肉壁が蠢くのを感じる。
 昴の喜ぶ箇所に指先が届くと、そこを重点的に責め立てた。
 卑猥な粘着質な音が、可愛く啼く昴の吐息とともにオレの色欲を満たし掻き立てる。

「あああっあっ、アキト……欲し、いっ──」
「ご褒美?」

 欲しがる昴に応える為、膝立ちになり昴の背中に肌を重ねる。うなじに舌を這わせ、耳朶に噛りつく。

「んあっ……ご褒美、ちょ、だ……い」

 色情に染まった顔で、淫らにおねだりする昴は堪らなく可愛い。ヒクつく窄みに屹立し熱く脈打つソレを宛てがった。

「……コレ?」
「は、ああっっ……そ、れ……っ!」

 先だけを僅かに入れて意地悪に焦らしてみると、待ち切れないとばかりに昴の腰が揺れ出す。その揺れに引き摺られ徐々に深くなる繋がりにオレも耐えきれず息が零れた。
 擦れる度に熱く溶けそうになる。腰に渦巻く官能の波に抗うことが無意味に思え、貪るように昴の中で律動させた。

「あああっ、アキ……んあっっ」
「昴っ、イく──」

 ぎゅうぎゅうと締めつける肉壁に、早々に絶頂へと誘導されそうになる。まだ愉しみたいのに、身悶えた昴は腰の動きを止めてはくれない。甘く啼きながら貪欲にオレを感じようと淫らに溺れる。
 もう駄目だと思い、昴の腰を掴むと律動を激しくし奥に奥にと突き上げた。ぐっと奥に沈み込ませ中で熱を吐き出すと全身がふるふると快感に震えた。
 その熱を感じて、昴もまた絶頂へと達したようだ。ビクビクと脚を震わせて、地面に白濁が飛び散るのが見えた。

「昴──大好きだ」
「はぁ、ん……俺も、大好き……」

 ハァハァと肩で息をしながら、身を捩ってこちらを向いた昴をきつく抱きしめた。
 可愛い昴──。オレの昴。
 唇を重ねるとまた股間に熱が戻るのがわかる。

「あっ!」

 甘い余韻に浸っていた昴が、突然慌てたように声を上げた。

「どうした?」
「スカート破けてる……どうしよぉ?」

 言われて確認すると、見事にビリリと裂けていた。
 そういえば、腰を振っていた時に布が裂けたような音がした気もする。
 エプロンで隠れる部分だったので、縫いさえすれば何とか誤魔化せるんじゃないかとは思う。
 けれどこれ以上破れてしまっては取り返しがつかないだろうと、再び疼き出した股間の熱は我慢して抑えることにした。とても残念だ。
 もう一度深く息を絡め甘いキスを充分に堪能してから、残っていた垂れ幕を巻き上げて片付けた。
 纏めて両腕で抱え、日が沈み始めた屋上をあとにした。


 二人で戻った教室に、待ち構えていたかのように橋田がいた。他には誰もいない。薄暗い教室でぽつんと橋田が机に腰掛けている。

「青春だよね……」

 オレたち──というか、主に昴の破れたメイド服を一瞥したあと、遠い目をしてそう呟いた。からかうというよりも、何かこう沁み沁みと。
 珍しく哀愁漂う橋田に違和感を覚えたが、後夜祭開始を告げる校内放送が流れると、またいつもの飄々とした態度に戻ったので気の所為かもしれない。
 昴と顔を見合わせて、何となく苦笑いした。


***


 中島 昌斗。十七歳、秋。
 可愛い恋人が、殊更可愛く乱れてみせた夕暮れの屋上──。
 とても愉しい文化祭だった。
 


3/6

≪ 前 次 ≫
目次



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -