夏の想い出


 夏。海。ジリジリと照りつける太陽の下で肌を焦がすアキト。
 インドア派なくせに無駄のない筋肉質な身体。海パン一枚でその肉体美を惜しげも無く晒す。ああ、目の毒……っ!

「昌斗って意外と筋肉あるよね」

 だよな、だよなー。その腕に抱き締められると、何も考えられなくなって蕩けそうになる。

「わ! 本当だぁ〜」

 あ、こら。触ろうとするなよ。その身体は俺だけのものなんだからな。許可無く触れるべからず! まあ、許可なんて絶対しないけど。

「私てっきりモヤシだと思ってたよ」
「あれだろ。中島、こっそり鍛えてんだろー」

 モヤシって何だよ、モヤシって。確かにゲームばっかしてるイメージだし、実際ゲームしてるのしか見たことないけど。本当、隠れて筋トレとかしてるのかな? あの筋肉どうやって維持してんだろ。
 …………。
 ……て、何でだよっ!
 何でこんな大人数なんだよぉぉーっ!
 俺は、二人で来るつもりだったのにっ! 教室で誘ったのがいけなかったんだ。寝る前にふと“海行きたい”って思いついて、そしたらすぐにでもアキトを誘いたくなって。
 もう夜中だったから寝てるの起こしたら悪いし、朝にでもメールしようと思い、朝起きたらこれから学校で会うんだし会ってから言おうと考えて。
 そして教室で誘ったんだけど。周りには他にも友達がいて、あれよとあれよと参加人数が増えていった。
 その日は終業式だったから帰る時でもよかったんだ。そもそも思いついたのが一日遅ければこんな事にならずに済んだのに。悔やまれてならない。

「高倉くん、どーしたの?」

 と、声をかけてきたのはクラスメートの近藤 綾香こんどう あやかさん。首を傾げて心配そうに俺を見ている。
 近藤さんは我がクラスの学級委員を務めるとても慎ましやかな女の子だ。男子生徒からの人気も高い。
 
「いや……暑いなぁって」
「そだねー。日焼け止め塗ったけど、焼けちゃうだろうなぁ」

 可憐に笑いながら腕を摩る。こういう仕草に並の男ならやられちゃうんだろうな。
 て、いたよ。やられちゃってるヤツが。クラスメートで悪友の山本 正也やまもと まさやが頬染めながら近藤さんをガン見してる。あと、アキトも。

 ──て、えぇっ!?
 何それ、凹むんだけど……。
 仕方ないとは思うよ。アキトも男の子なんだし。でもね、仮にも愛を交わし合った俺の目の前で、女の子に視線奪われるってどうなのよ。

「アキト、どうしたの?」
「……どーもしねーよ」

 え!? 何でアキトが不機嫌なの?
 俺、会心の貼りつけたような笑顔してたのに。そこは申し訳ない顔すべきでしょ。

「綾香〜! 浮かびに行こー」
「みんな泳ぎに行こうぜ」

 他の連中がいそいそと砂浜を駆けていく。太陽の熱を存分に吸収した砂が熱いらしく、若干飛び跳ねながら。

「俺、後で行くよ。アキトたちは先に行ってて」

 三人の背中を見送り、鞄から小さなボトルを取り出した。そうこれはラブローションっっ! ──じゃなくて、日焼け止めね。流石に今日は持ってきてないよ、ローション。
 さて。早速塗りましょうか。
 俺、肌弱いから焼くと赤くなるんだよな。痛いんだよ。けど、日焼け止め塗る男って情けない感じするし。みんなが行ってからこっそり塗ろうと思ってたんだよね。

 んー。背中は難しいな。でも、背中が一番焼けるしなぁ。

「塗ってやるよ」
「わっ! え……アキト」

 驚いている俺から日焼け止めのボトルを取り上げ、掌にクリームを出すと丁寧に背中に塗り始める。
 その絶妙な力加減に背中と腰が蕩けそうになる。
 後ろをチラリと窺うと、裸の腕や胸、海パンだけのその姿にまたドキドキする。

「あっ……」

 アキトの掌が首に触れた時、堪らず甘い声が漏れてしまった。

「ばか。変な声出すなよっ」
「だって……」

 すげー気持ちいいんだもん。
 思わずキスを強請りそうになって、慌てて自制。
 そのあとも丁寧に塗り込んでくれる。背中全面に塗り終わると、今度は腕に腹にと日焼け止めを塗り始めた。その掌が胸に辿り着き他と同様に丁寧に肌を撫で、敏感な突起に指先が軽く擦れる。

「んっ──ちょっと……アキト、だめ……」

 俺が感じたことに気づいたのか、今度は故意にそこに触れてくる。爪で弾いては、指の腹を擦りつける。

「ふぁっっ……本当、だめだって! 前は自分で塗ったからっ」

 それでもやめず、反応を愉しむように指先が俺を責める。もう片方の手が俺の腰を撫で背中がゾクゾクと震える。

「はぁっ……んあっ──!」

 ほんのりと膨れ始めていたそこをぎゅっと摘み上げられ、甘い痺れに我慢し切れず声を上げてしまった。

「……よし。塗り終わったぞ」

 弄ばれた。アキトに弄ばれたよ、俺。
 てか、本当駄目でしょ。誰かに見られてたらどーすんのさっ!

 胸にはまだ甘い痺れが余韻を残し、腰から股間に暑さのせいではない熱が籠り、与えられた愛撫に反応していたソコが未だ元気よく主張しているのがわかる。

「泳ぎに行かないのか?」
「……あ、あとで行く」

 アキトがちらりとソコを見る。そして、笑った。

「笑うなよっ」
「ごめん、ごめん……ぷっ」

 ぷっ、て何だよ。お前のせいだろっ!
 流石にこの状態では行けない。この股間の熱を落ち着かせないと、立ち上がることもできない。

「昴は相変わらず可愛いな」
「……何だよ、それ」

 甘く蕩けそうな笑顔でアキトが囁く。その甘いムードにまたキスを強請りそうになり、必死に自制。
 ああ。歯痒い! 何とも歯痒いっ! 何故二人きりじゃないんだぁぁーっ!
 俺は再び、この現実を引き起こした自分自身を悔やんだ。

 視線を海に向けると、砂浜を歩く谷沢 美波たにざわ みなみさんと木村 佳奈きむら かなさんが見えた。こちらに手を振りながら戻ってくる。この二人はクラスは違うが近藤さんと仲がよくいつも三人でいるのを見かける。

「喉渇いたー」
「飲み物買いに行くんだけど、何か要る?」

 財布を手に取り谷間を寄せる格好で前屈みに谷沢さんが聞いてくる。その何ともたわわな胸にアキトが釘づけになっているのを横で感じ、こればっかりは仕方ないかと思いながらも少し腹が立つ。
 そんなアキトが何か確認するように、木村さんの方を見る。具体的には木村さんの水着のリボンがあしらわれた辺り──端的に言うと、胸。そして……哀れそうな顔を向けた。

「……ほほう。中島、その目は一体何なのかな?」

 その視線に気づいた木村さんが、口元をひくつかせながらニッコリと問いかけた。底冷えするような笑顔に背筋がぞわぞわし体感温度が下がり涼しくなった気さえする。

「こう……際立つっていうか……」

 木村さんのその笑顔の意図には気づかず、何も考えてないアキトが至って真面目に答えてしまう。俺の体感温度は下降の一途を辿った。

「ななな、何が際立つって──」

 案の定、木村さんの表情にはみるみる怒気が籠り肩がぷるぷる震え出す。女子にはけして言ってはならない、デリケートな問題なのだ。だが、アキトにそんな女子の心の機微に気遣う神経の細やかさなど期待するのが間違いだ。

「かなちゃん落ち着いて……ね?」

 殴りかかろうかと言わんばかりの木村さんの肩を抑え、困った顔で谷沢さんがやんわりと声をかける。

「美波にはこの気持ちわかんないわよっ! ええいっ!」
「きゃあああっ!?」

 怒りに我を忘れた木村さんが、親の仇を見るような顔で谷沢さんの胸を鷲掴み揉み拉いた。とんだ八つ当たりだ。

「女はそこが全てじゃないんだからぁぁぁぁぁ〜っ!」
「か、かなちゃん! ちょっと待ってぇー」

 谷沢さんは乱れた水着の胸元を抑え、捨て台詞を吐いて走り去る木村さんを追いかけていった。
 ポロリしなかったことに心底安堵し、俺はため息を吐いた。

「どうしたんだ、アイツ……」
「ははは……」

 唐変木なアキトに苦笑するしかなかった。

「泳ぎに行こうぜ。もう、大丈夫だろ?」
「うん」

 気を取り直し、アキトに誘われるまま浮き輪を手にして立ち上がる。今の騒ぎのお陰で、股間の熱も素っ気なさを取り戻していた。
 砂浜に一歩踏み出すと、先ほどみんなが飛び跳ねていた気持ちがよくわかる。海水に足を浸けると冷んやりと気持ちがいい。ゆっくりと身体を沈め、アキトと二人で一つの浮き輪に掴まり、沖の方へと泳いだ。
 遠くの方に、ビニールボートに乗った近藤さんとそれを嬉しそうに引いて泳ぐ正也が見える。
 時折高い波に煽られ、その波に流されるままそちらとの距離が近づいていく。

「あ! 高倉くんに、中島くん」
「おー。二人とも、波浮かび楽しんでるか?」

 ぷかぷかと波に漂う俺たちを確認した二人が傍までやってきた。俺とアキトは互いに絡め合っていた脚を解く。遠退いていくアキトの体温が名残惜しい。
 
「乗り心地はどう?」
「ふふ。山本くんには何だか申し訳ないんだけど、お嬢様になった気分」

 俺が尋ねると近藤さんは愉しそうにクスクスと可憐に笑いながらそう言った。

「何なりと──お嬢様」

 正也がキメ顔で身動ぐ。海面からは見えないが、右手を胸に添え、左手を腰の後ろに──という、所謂執事ポーズをしたのだろう。

「そうね。じゃあ、浜まで連れて行って下さるかしら?」
「喜んで──」

 ノリを合わせて、わざとらしくお嬢様口調でお願いし、ごっこ遊びを愉しむ。俺とアキトもそれに合わせてお嬢様を持て成した。他愛もない馬鹿らしさに笑えた。

 そんなほのぼのした空気をぶち壊すかのように、突如ざばっと海中から橋田 太一はしだ たいちが現れた。

「きゃあっ」

 その勢いのままビニールボートの端に身体を預ける。太一の重みでビニールボートが大きく揺れ、近藤さんは振り落とされそうになるのを必死で耐える羽目になった。

「あ、ごめん。驚かしちゃった?」
「おいこら橋田っ! その腕を退かせろ」
「えー。泳ぎ疲れちゃったから、休憩」

 ふぅーと息を吐きながら疲れ加減をアピールする。悪びれない態度でさらに体重を預けた。

「中島達の浮き輪に掴まれっ」
「いや、そこすでに定員オーバーだし」

 太一は、正也が指し示す俺たちの方を一瞥し即答する。正しい判断だ。一人用の浮き輪は俺とアキトの腕で占拠され、もう殆ど掴まるスペースは残されていない。それに、少なからずそこを二人の空間とし堪能していた俺としては邪魔されたくもなかった。
 近藤さんは自分の足の先に太一の顔があるせいか、少し恥じらいながらも可憐に微笑んで俺たちの遣り取りを眺めていた。

「橋田くん、ずっと泳いでたもんね」
「うん。調子乗って泳ぎすぎた。あれ? あとの二人は?」

 メンバーが足りないことに気づき、太一が辺りを見渡す。

「何か喚きながら、飲み物買いに行った」
「喚きながら? ……あ。戻ってきたみたいだよ」

 俺は、アキトのその返答に内心苦笑しながら、太一が顔を向けた先に釣られるように視線を移すと、浮き輪を装備した木村さんが物凄いばた足で猛進してきているのが見えた。さらにその奥の浜辺では谷沢さんが手を振って俺たちを呼ぶ声が微かに聴こえる。
 谷沢さんに気を取られている間に、木村さんは俺たちとの距離を順調に縮め、目の前までくると、くるりと身体を前後に反転させバシャバシャと足で海水をぶっかけてきた。

「綾香に群がるなぁぁっ! ゴミ虫共め!」

 酷い言い様だ。未だ怒りを引き摺っているらしく、アキトへの海水攻撃は執拗だった。傍にいる俺が巻き添えを食らったのは言うまでもない。

「あ、山本は許す。下僕だから」
「下僕ってなんだよ」

 木村さんの下僕呼ばわりに、正也が口を尖らせて抗議する。

「じゃあ……下僕さん。美波ちゃんのところまでお願いします」
「喜んでっっ」

 不服そうにしていたその様子が近藤さんの言葉で霧散する。ここが地面であったなら額ずいてるんじゃないかと思うほどの従順さだった。
 浜に上がると、嬉しそうに谷沢さんが駆け寄ってくる。
 正也がしつこくお嬢様扱いで近藤さんをエスコートしようとしていたところを木村さんが牽制し、それを見て太一が笑う。俺とアキトはそのあとに続く形で自分たちのパラソルの下へと向かって歩いた。

「お昼食べよ〜」

 と、間延びした声で、谷沢さんがみんなをシートの上へと誘導する。そこには大きな弁当箱が三つと紙皿や紙コップなどが並べられていた。

「おお! すっげぇー」

 正也が目を輝かせて弁当箱を見つめる。

「すごいね。作ってきてくれたんだ?」
「うん。三人で頑張ったよ〜」

 太一も感心したように目を見開く。その隣にいる谷沢さんがにっこり笑って太一の問いに答えた。

「有難く食しなさい! このゴミ虫共っ!」

 ……木村さん、今日はもうそのキャラで通すのかな?
 
「すっげぇー超豪華っ」
「あ。タコさんウィンナーだ」

 興奮する正也の横で、太一が少し嬉しそうに頬を緩めて弁当箱の中のタコさんウィンナーを見つめている。

「シソのふりかけ混ぜ込んでるのが梅干し入りで、真ん中のが鮭で、こっちのは昆布だよぉ〜。あとこれは、もし好き嫌いがあったらいけないかな〜って具なしも用意してみましたぁ」

 おにぎりの中身を紹介して、さぁ食べよ〜と谷沢さんがみんなを促す。
 みんなに割り箸を配り終えた近藤さんがいただきますと手を合わせると、俺たちも手を合わせて唱和した。

「おぉ! 卵焼きうめぇー! これ、作ったの近藤さん?」
「違うよ。それは佳奈ちゃんが作ったの」

 近藤さんは首を横に振って、可憐に微笑んで答えた。

「なんだ……木村かよ」
「おい下僕、言葉に気をつけろ」

 褒めたことが心底残念だったと言わんばかりの声で正也がぼそりと呟いた。それに目敏く気づいた木村さんが警告する。その表情は目が据わっていて怖かった。

「この肉巻き旨い」
「あ、それは私が作ったよ」

 数種類の野菜が、彩りよく肉に巻かれている。焼き加減もほどよく咀嚼すると肉の旨味と野菜の食感が舌を喜ばせる。アキトの言う通り、確かに旨い。
 可愛くて、性格も良くて気配り上手で……さらに家庭的って、パラ高過ぎでしょ。

「マジで? 旨いよ」
「ふふ。ありがとう」

 可憐な笑顔をアキトに向ける近藤さんが、憎らしくて仕方ない。その近藤さんに笑顔を向けているアキトを見ると切なくなる。そんなことを考えてしまう自分にため息が出た。

「デザートに果物もあるよ〜」
「中島くん、食べる?」

 沢山あった弁当箱の中身も八割方みんなの胃に収まった頃、谷沢さんが果物が詰まったタッパーを取り出した。
 近藤さんがピックで突き刺した苺をアキトに向け、首を傾げて窺う。

「ん、貰う」

 とそのまま、ぱくりと口で受け取って食べる。
 俺は唖然とした。他のみんなもそのアキトたちの遣り取りにざわつき、何とも言えない空気が流れた。
 そんな微妙な空気を一蹴したのは正也だった。

「なななっ……中島ぁぁっ! てめぇ何してんだよ」
「苺食べてる」

 意味がわかってないのか、トンチンカンなことを言う。いや、ある意味正しいのは正しいんだけど。

「そうじゃねぇ! 何、近藤さんに食べさせてもらってんだよっ」
「ん? 手が塞がってたから……あ」

 自分が何をしたのかということにやっと気づき、咀嚼していた顎が止まった。頬を染めてばつの悪い顔を近藤さんに向ける。

「悪い……」
「え! や、私は別に……」

 食べさせてあげるつもりではなかったが、自分の渡し方やタイミングが悪かったのだからと、謝るアキトに逆に謝って、二人が照れ臭そうに微笑み合う。
 はたから見ると甘い空気に二人がドキマギする初々しい光景なんだろうと思えた。現に俺以外のメンバーは生温かい目を二人に向けている。いや、正也だけは悔しそうな顔で眉を寄せていた。
 俺は、胸が軋むような痛みに苦しくなり息が詰まった。たかがこれだけのことに、何をこんなに気持ちが焦るのか。自分の脆さに泣きたくなる。

「ほらほら。正也、あーん」

 自分を誤魔化す為、そしてその生温かい空気を別物に変える為に、正也には犠牲になってもらおう。
 切り分けられた苺をピックで刺し、正也の口に運んだ。

「あーん……じゃねぇよ! 男に食わせてもらっても嬉しくねぇっての」

 と、文句を言いながらもちゃんと食べる辺りが正也のノリのよさだ。
 まあ、俺だって男になんて食わせたくないよ。アキト以外にしたいと思わない。

「正也、あーん」

 今度は太一が、まだ咀嚼する正也の口にうさぎさんカットの林檎を捩じ込もうとする。観念して開いた口の中にうさぎ林檎が放り込まれた。

「……って、罰ゲームかよっ」

 正也のその様子にみんなが笑う。
 狙い通り、先ほどの生温い雰囲気が払拭させたことに俺は安堵した。
 近藤さんが、林檎に喉を詰まらせ咳込む正也にお茶を渡している。アキトは正也を横目で笑いながら、ピックを手に取り苺に突き刺した。

「昴、あーん」

 流れ的に正也に向けられると思っていた手が、目の前に差し出される。
 どうしよう。超嬉しい……ヤバイ、顔に出てしまいそうだ。
 ニヤけそうな顔を精一杯抑え、アキト差し出す苺にパクリと食いついた。ゆっくりと噛み、苺の甘酸っぱい果汁と幸せな気持ちを味わった。
 俺の心とは裏腹に、みんなは面白いものを見たとばかりに笑っていた。

 そのあとは他愛ない時間を過ごし、膨れた腹も落ち着いてきた頃、俺と太一の話題になった。

「へー。高倉と橋田って幼馴染なんだ」

 木村さんが意外そうに言った。
 そう。太一とは、幼少の頃からの付き合いだ。
 行き始めたばかりの幼稚園にまだ馴染めずにそわそわしていたのを覚えている。
 そんな時、空き家になった隣に太一の一家が引っ越してきた。俺と太一が同い年なのをきっかけに家族での交流も深まり、必然と遊ぶ機会も増えていき気づいた時にはいつも一緒にいたような気がする。
 いや、小中高と同じ学校に通っているのだから、気のせいではないだろう。

「中島くんも?」
「オレは高校から」

 近藤さんのその問いに、アキトは短く答える。

「そうなんだ〜。すっごく仲良しだからもっと昔からの友達かと思ってたぁ」
「高倉くんと中島くん、いつも一緒にいるもんね」

 谷沢さんと近藤さんが続け様に言う。
 付き合う前から、アキトと片時も離れたくなかった俺は常に傍にいたし、これからもそのスタイルを変える予定はない。できれば二人きりの世界にしてほしいくらいだ。
 話を戻すと、今日この場も本当なら二人でいることが理想だ。改めて後悔しかけたので、今更な考えは早々に打ち切った。

「逆に、橋田は幼馴染のわりに淡白な接し方だよね?」

 何やら不服そうに木村さんが言葉を挟む。

「えー。普通に仲良いよ?」

 何がいけないのかと、太一が首を傾げる。
 太一が言うように、普通に仲のいい友達付き合いだと思うのだが、本当に何がいけないのだろう?

「普通だからよ。幼馴染って言ったら、もっとこう……」

 一体何を期待しているんだ?
 木村さんの定義する幼馴染ってものに苦笑しそうになる。

「いやいや。僕ら男同士だし」

 太一は面白そうに笑って否定した。
 未だ嘗て、俺ら二人にそのような甘い空気が流れたことはない。爽やかそうに気取っているこの男が無類の女好きだという事実は俺しか知らないのかもしれない。
 俺だって、アキトは好きだが他の男になど興味はない。この性癖はアキトにだけ発揮されるものなのだ。
 笑っていた太一の視線がふとアキトに向けられる。その視線の意味が気になり、俺も横目でアキトを窺う。

「昌斗どうしたの?」
「ん……何か目に入った」

 と、涙目のアキトが鞄から取り出した目薬を差した。
 その涙目が色っぽくて何かいい……と惚けそうになり、咳払いをして気を取り直す。

「あれ? おまえコンタクトだっけ?」
「家では眼鏡だけどな」

 溢れた目薬を手で拭いながら、アキトが正也に返事をする。確かに、学校で眼鏡をかけている姿を見たことがない。俺もそれを知るまでアキトの視力が悪いことに気づかなかったような気がする。

「学校では眼鏡かけないの? 見てみたいなぁ〜。ね、あやかちゃん」

 谷沢さんが甘えた声で近藤さんに同意を求める。

「あ、うん。似合いそうだね」

 振られた話題に躊躇しながらも微笑んでそう言った。

「気にしたことないけど……そういや、昴しかオレの眼鏡姿見たことないんだな」
「うん。僕は見たことない」
「おれもー」

 俺しか知らないということに妙な優越感を覚えながら、アキトの視線に応えるように感想を口にした。

「よく似合ってると思うよ。眼鏡効果で賢く見える」

 熱い息で眼鏡が曇ることとか、キスする時に外す仕草だとか……色々と余計なことを思い出しそうになって内心慌てたが。

「さて。腹ごなしに泳ぎに行こうぜ」
「行こう行こぉ〜」

 話題も尽き、正也が腰を上げたのをきっかけに思い思いに立ち上がり海へと歩き出す。

「ちょっと協力して」

 みんなのあとに続こうとしていた俺と太一は、木村さんに腕を掴まれ呼び止められた。

「何を?」

 そう聞いた太一と思いを同じくして、俺も木村さんに向き直る。

「綾香ね、中島のこと気に入ってるみたいなのよ」

 何とも不穏な宣言をしてくれる。
 あの高パラヒロインが、アキトを気に入っている?
 確かにそう考えると色々と思い当たる節はあるが。かといって、特別そうとも言い切れないものだったので考えないようにもしていた。
 誰にでも分け隔てなく親切で優しい子だから、アキトへの態度だってそこまでの感情ではないと思っていた。

「私が見た限り、中島も満更でもない感じだし……ね? 二人きりにさせてあげて」

 ……アキトも満更じゃない?
 木村さんから見て、アキトは近藤さんに対して友達以上の雰囲気を出していたということなのだろうか。
 俺の欲目でそうではないと思い込んでいただけで、アキトはそれなりの好意的な態度で接していたのだろうか。
 あの可憐な少女に心が動いていると……?
 そんなことが本当にあるんだとしたら、俺はどうなる?
 アキトと近藤さんが──なんて、嘘でも考えたくない。それだけで心が圧し潰されそうになる。

「んー……昴、どうする?」
「え……」

 心が読まれたのかと思わせるタイミングで太一が俺を窺う。
 戸惑う俺を木村さんが訝しげに見つめている。
 単なる男友達なら、面白そうだと二つ返事で協力しているだろう。けれどアキト単なる男友達ではなく親友で、そして俺の恋人だ。
 それを知っているのは俺とアキトだけ。何も知らない木村さんは、友達の恋路を応援する為の後押しを画策しているだけなのだ。
 悪気がないだけに、その言葉は残酷なものとして俺を苦しめた。

「……ごめんっ!」
「え? あ、ちょっと! 高倉ぁー!?」

 木村さんが慌てたように俺に声をかける。
 明らかに不審な態度を取ってしまっているとは思ったが、それを気にして平静を保てるほど強くない。
 アキトへの想いは俺を幸せにする。想いが通じてからは殊更充実感で溢れている。しかしその反面、諸刃の剣のようにその想いが心を脆くし簡単に傷ついてしまう。
 信じているけれど不安は俺を蝕む。
 アキトの気持ちは、アキトにしかわからない。自分は勘違いしているだけなのではないか? なし崩しで手に入れたような関係が、本当にアキトの望んでいるものなのか? あの時の気不味さから惰性で今まで一緒にいただけなのでは?
 淀んだ考えばかりが頭を巡る。

「アキトっ!」

 二人は海辺で波と戯れていた。正也と谷沢さんは少し先の方でビーチボールで遊んでいる。谷沢さんもまた、木村さん同様に二人きりにする為に奮闘しているのだろう。でなければ近藤さんにべったりだった正也が素直に離れるとは思えない。

「高倉くん? ど、どうしたの?」
「昴、何そんなに慌てて……」

 たいした距離ではないが、それを全力で走り、焦る気持ちが胸を締め上げ息が上手く出来ない。
 心配そうに見つめる近藤さんに心の中で謝罪し、アキトの手を引いて連れ出した。

「お、おい。昴?」

 有無を言わさず手を引っ張る俺に、逆らうことなくついてきてくれる。俺は黙ったまま、少しでも近藤さんから離れるように歩き続けた。

「……何かあったのか?」

 何も言わない俺に痺れを切らし、繋いだ手が強く握り締められアキトが歩みを止める。
 躓くように俺も立ち止まり、ため息を吐いた。
 岩場の陰に隠れている場所で、近藤さんからは見えないだろう。結構遠くまできたと思う。

「近藤さんに……何か言われた?」
「ん? 何か…….って何?」

 よかった。まだ何も言われてない。
 訝しむアキトに気付かれないようにそっと安堵の息を漏らす。

「いや。何でもない」
「……大丈夫か? 何か顔色悪いぞ?」

 アキトが髪にそっと触れ心配そうな顔で覗き込む。その優しい表情に気持ち抑え切れず唇を重ねた。

「なっ!? ばか、誰かに見られたら……」
「俺っ……アキトが好き……」

 慌てたアキトが周りを確認するが、たとえ誰かに見られていたとしても今の俺には気にする余裕がなかった。
 込み上げてくる想いの丈をただそのひと言に吐き出す。

「どうしたんだよ?」

 脈絡もなく告げた言葉にアキトが動揺している。

「……昴?」

 他にも言葉を続けなくてはと思うのだが、上手く言葉を紡ぐことができずにアキトの肩に顔を埋めた。
 好きで好きで堪らない。誰にも渡したくない。こうして触れることで離れていかないようにひたすら願うばかり。

「オレも昴が好きだよ」

 そんな気持ちが伝わったのか、アキトが俺を優しく抱きしめて耳元で囁いた。温かい腕が背中を包み込み掌でそっと撫でてくれる。おまけに耳朶にキスまでしてくれた。

「アキト……んっ──」

 嬉しくてアキトの顔を覗き込むと、今度は唇に甘いキスが落とされる。
 優しく舌で唇を撫でられ、力を抜くと熱い唾液が絡み合う。
 その熱い唇の愛撫に、気持ちの箍が外れ涙が溢れてきた。

「……俺、男だし……」

 紡いだ声は震えて情けない。
 溢れた涙をアキトがそっと舌で舐め取る。涙で濡れた睫毛に啄ばむように唇が触れた。

「うん。知ってる」

 唇で優しく俺を慰め終えると、アキトがそっと呟いた。

「普通に考えて、女の子に勝てる気しないし……」

 言うつもりのなかった言葉を伝えるのは少し勇気がいる。

「やっぱアキトは……女の子の方がいいのかなって、思って」

 近藤さんと並ぶ姿はとてもお似合いに思えて、二人を見る度に、歪んだ気持ちに苛まれた。

「でも、そんなの俺嫌だし。アキトが女の子と話してんのも……笑顔も……俺だけに向けて欲しいって。こんな独占欲剥き出しにしてる自分が情けなくて」

 また涙で視界がぼやけてきた。押し留めようと思えば思うほど涙は溢れてくる。

「でも、やっぱ我慢できなくて……」

 そこからは言葉が続かなかった。
 さめざめと泣きながら、俺は何を言っているんだと情けなくなるが、涙は止まらない。
 せめて泣き顔を見られないように顔を背けようとしたが、俺の頬をアキトが両手で包んでそうさせてくれなかった。瞼を上げると真っ直ぐにアキトと視線がぶつかる。

「そんなの、オレだって同じだぞ」

 額をくっつけて鼻先が掠める距離でアキトが俺を見つめてそう言った。

「オレだって、昴が女子と仲良くしたら気分悪くなる」

 真面目な顔で、そう告げる。

「今日だって、近藤や木村と愉しそうに喋ってるし」

 愉しそうにしていたかな?
 いや、愉しくなかったわけではないが、別段変わった態度は取っていなかったと思う。

「何かずっと近藤のこと見てたりするし……腹が立った」

 それはアキトが近藤さんと仲良くしてたから恨めしい視線を向けてただけで、気になって見ていたとかそういう類のものではない。

「んで、できるだけ近藤と昴を引き離そうとオレなりに頑張ってみた」

 アキトが近藤さんと一緒にいたのは、俺に近づけさせない為の牽制だったんだと、そう告げられる。
 それは、全くもって俺がしていたことと同種のものだった。

「オレ、嫉妬って初めて経験した」

 アキトが嫉妬していたなんて……俺と全く同じ思いで今日を過ごしていたなんて気づかなかった。
 自分の気持ちばかりが気になって、アキトのことを考えられてなかった。まさかアキトが嫉妬してくれるなんて考えもつかなかった。そんな風に想われていたなんて、少しは自惚れていいのだろうか。

「ははっ……アキトの初めては俺が多いね」

 気恥ずかしくなって少し茶化してしまう。

「ん。オレの初めてはこれからもきっと昴ばっかだ」
「アキト……──」

 茶化した俺とは反対に至って真面目にアキトが言う。
 何て甘い言葉を俺に与えてくれるんだろう。照れ臭さと幸福感が高まり、貪りつくように唇を重ねた。

 アキトの存在を確かめるように、唇から首に、首から肩に。下へ下へと唇を這わした。
 そんな僅かな愛撫に反応して膨らんだアキトの股間にそっと手を触れる。
 ピクリと身体が跳ね、その先を期待するような熱っぽい視線が向けられる。ぐっと握ると硬さが増した。布越しでは満足できなくなり、海パンを腿の辺りまで引き下げた。勢い良く飛び出したアキトのソレにちゅっとキスをする。
 撫でるように舌を這わせ、アキトを喜ばせるように丁寧に舐めていく。海水のしょっぱい味がする。
 裏筋から先端の窪みへぐりっと舌で舐め上げる。ビクビクと身体を震わせるアキトに気分をよくし、さらなる快感を与えたくて、口いっぱいにソレを頬張った。
 ゆっくりと奥まで呑み込み、唇と舌で擦り上げる。徐々に動きを速めていくと、海水とは違う味が舌に広がる。それをご褒美とばかりに吸い上げると、アキトが甘い吐息を漏らした。
 ハァハァと肩で息を吐くアキトを見上げ、俺は堪らない満足感に身体が熱くなった。

 このまま求めてもいいだろうか?
 こんな場所で、誰に見られてしまうかもしれないのに……。
 そんな羞恥心にゾクゾクと身体が震える。
 ああ──繋がりたい。激しく突かれ、揺さ振られたい。無意識のうちに自分の窄みを撫で、解そうと指が動いていた。
 こんなことならローションを持ってくるんだった。けど、持ってきていたところで、鞄の中にあるそれを手にすることはできなかっただろうから同じことかと考える。
 痛みは伴うがしないよりはマシだと結論に至り、指先を窄みに潜り込ませる。突っ張る痛みに、しゃぶっていた動きが僅かに鈍る。
 気づいたアキトが、俺の口からソレを抜き、しゃがみ込んで唇を重ねる。
 舌を絡め何度も唾液を交換し、離れた時にはつつっと糸が引いた。
 もう一度、唇が重なったあと、アキトが自分の指をしゃぶり、俺の海パンをずらし尻を丸出しにすると唾液を絡めた指先を俺の窄みに圧し宛てた。ゆっくりと優しく中へと挿し入れていく。

「んあっ……──」

 唾液では滑りが悪く、挿し入れては抜いて唾液を絡め、また挿し入れる。肉壁をアキトの指先が這うのを感じる。ぐにゅぐにゅと中で蠢き、弱い箇所へと辿り着くと抉るように指先が動く。

「ああっああああっっ……!」

 待っていた甘い痺れが全身を襲う。もっと欲しくて腰が勝手に揺れてしまう。

「昴……可愛い」

 快感に身悶えていると、アキトは必ずそう囁く。
 そして、さらに悶えされるように執拗に責めてくる。

「はぁうっ……や、め……ア、キトっ」

 もう、頭が可笑しくなりそうだ。
 もっと欲しくて、でもこれ以上は耐えられなくて。甘く淫猥な苦しみが俺を快楽の頂きへと押し上げようとする。
 我慢し切れず求めると、屹立したアキトのソレが肉を割ってぐりぐりと圧し込まれる。
 堪らない圧迫感に俺のはち切れそうな股間がダラダラと涎を流している。その滑りを掌に絡め卑猥な動きでアキトに扱かれる。

「あ、あ、ああっあああ──!」
「──くっ……昴っ、昴っ……」

 もう、ただただ快楽の渦へと呑み込まれ、頭が真っ白になり……。
 速まる律動の先で、アキトの熱い飛沫が奥で放たれるのを感じた。
 全身の熱が下腹部に集まり快感の赴くままに俺も精を吐き出した──。

 やはりというか何というか、甘い気怠さを全身に纏い、腰は疼いて鈍く痛む。
 この毎度お馴染みの感覚が、俺を幸せにしてくれるのも確かで。痛い痛いと文句を言いながらも、アキトに身体を絡めその余韻をしっかりと味わう。
 繋がり合ったあとの、この蕩けるような時間が大好きだった。
 流石に砂の上なので、お互いいつまでも下半身丸出しにしておくわけにもいかず、そこはきちんと履き直している。
 顔を向き合わせ、何度もちゅっちゅっと唇を重ねる。
 いつもならここで第二ラウンドに入るところなのだが、外だということに自重したのか、抱きしめる腕に力が籠っただけだった。
 ほっとするが、若干物足りなさも感じる。

 そして、もう一度キスをしようとしたところで……──現実に引き戻された。

「あ! いた! 高倉……って、え……?」

 その声に身体が硬直する。
 木村さんの声だ。背を向けている俺にはその顔は見えない。

「え? 何……これ、どーいう……」

 アキトに抱きしめられたまま、ゆっくりと後ろに顔を向ける。それに合わせて、アキトの腕が緩んだ。
 木村さんは俺たち二人を見つめ、何事かを次第に理解し驚愕の表情へと変わっていく。

「ええぇっ──ふぐぅぅ……っ」

 途中で口を塞がれ、叫び声が籠った呻き声に変わる。
 太一が木村の口を掌で押さえていた。そして、耳元で囁くように話しかける。

「……落ち着いた?」

 木村さんがコクコク頷く。

「本当に? 手、離すけど叫んだりしちゃ駄目だよ?」

 またコクコクと頷いた。
 その返事に太一がゆっくりと手を離した。

「──ちょっと! 酷いじゃないっ」
「叫んじゃ駄目だって言ったのに」
「叫んでないっ!」
「……それが叫んでるんだよ」

 変な問答が繰り広げられている。太一までこの場に現れたことに俺は呆然とし、その二人の遣り取りをただ見ていることしかできなかった。アキトも同じように二人を見つめている。

「もうっ! そんなことより……アンタたちどーいうこと!?」

 と、いきなり聞かれても言葉が出ず、言い訳の出来ない状況に上手い言葉が見つかるわけもなく、ひたすら戸惑う。

「昴と昌斗はね……付き合ってるんだよ」

 その太一の言葉に、木村さん以上に俺が驚いた。俺たちの代わりに俺たちの関係をいともあっさりと言ってのけたのだ。

「太一……何で……」

 あまりの衝撃に、そうぽつりと呟くのがやっとだった。

「何で知ってるかって? んー。何となくかな……確証はなかったんだけど、そうなのかなって」

 戯けた態度で説明する太一だが、声音はどことなく真剣で、どう反応すべきなのかわからない。

「ま、今は確信してるけど。間違いじゃないでしょ?」

 至極真面目振って肯定を求められる。
 確かにその通りなのだが、何と答えればいいのだろう。迷えば迷うほどわけがわからなくなり、言葉が出てこない。

「このことは他言無用だよ。約束できる?」

 俺たちの沈黙を肯定の返事として受け取ったのか、太一が木村さんに耳打ちする。

「……私だってそこまでバカじゃないわよ」

 盛大なため息を吐いて、木村さんが俺たちに向き直る。

「まあ、恋愛の形なんて人それぞれだし。いいんじゃない? 私は応援するわよ」

 何とも、あっさりと事態を受け入れて見せた。

 いいのか? そんな簡単でいいのか?
 一般常識的に、ここは嫌悪感を醸し出すような態度を想像していたので、手応えのなさを感じてしまう。
 実際にそんな風に拒絶されたら、傷ついて切なくなっていただろうけど。
 アキトも何とも言えない顔をしていた。

「あー……綾香にどう言おっかな。んー」

 ぶつぶつ言いながら、もと来た道を逆戻りしていく。本当にあっさりとした態度に、逆に怖くなる。
 まさか戻ってみんなに言いふらすとかしないだろうか? そんなことをされたら、俺たちはどうなるんだろう。

「木村さんなら大丈夫だよ。──じゃあ、僕も先戻ってるよ。ごゆっくり」

 にこやかな笑顔で手を振って太一も去っていく。

 というか、全く納得できていないのは俺だけか? 何を根拠に太一は大丈夫と言ったのだろう。そもそもお前は大丈夫なのか? どうなんだっ!?
 こんがらがった思考に、へとへとになりそうだ。
 とりあえず、前向きに考えよう。
 気を取り直し再びアキトに抱きついた。

「バレちゃったね……」
「うん。でも、まあ……よかったんじゃねぇか?」

 投げやりにも聞こえそうな素っ気ない言い方だったが、その表情は相反して真面目だった。

「そう?」
「木村も応援してくれるって言ってたし。いいヤツらにバレて良かったよ」
「そっか……良かった」

 もし、これのせいでアキトから別れを切り出されたらと、心中穏やかではなかっただけに心底ほっとする。

「アキト、大好き」
「うん。オレも……昴が大好き」

 アキトが後ろからぎゅっと抱きしめてくれる。この腕は俺のものなんだと再確認して、蕩けてしまいそうな気持ちが抑えられない。
 うなじに熱くて柔らかいアキトの唇が触れる。触れた箇所から甘い震えと心まで包み込むような温もりが伝わる。もう一度強く抱きしめられ、俺もアキトの頬に擦り寄った。
 視界いっぱいにアキトの瞳が近づき、唇が重なった。
 身を捩じりアキトの首に腕を絡めてさらに深く唇を重ね息を溶け合わる。
 際限なく込み上げる欲求を抑える事が馬鹿らしく思てくる。今日一日の大半を嫉妬に胸を焦がしていた俺は、いつもよりアキトが欲しくて堪らなかった。

 アキトはどうだろう?
 同じように感じているかな?
 そうだと嬉しい。そうでなくても、求めると応えてくれる、唇や身体が愛しくて堪らない。
 アキトが傍にいてくれるなら──他に何も要らない。


***


 高倉 昴。十六歳、夏。
 思い返すと情けなくて、恥ずかしい。
 けれど、刺激的で幸せな想い出に胸が温かくなった。
 


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