手に入れたもの


 いつものように家に遊びに来ていた高倉 昴たかくら すばるが、隣で何かゴソゴソしてるなぁとは気づいてたけど、いつもながらオレはゲームに夢中でたいして気にはしていなかった。
 時折くぐもった声が聴こえたりしても、漫画でも読んで笑うの我慢してんのかな? と思っただけだ。
 そんな声が長く続くようになり、次第にハァハァと荒い息が聴こえてきた時には、さすがにオレも気になり振り返ってみた。

 そして、絶句。

「──あ。バレちゃった」

 蕩けた顔で、昴が言った。
 腰履きのデニムをさらにずらし、下半身丸出しで、握りしめているソレは屹立してらてらと濡れている。
 呆然としているオレに見せつけるかのように、上下にゆっくりと扱き続ける。

「な、にして……」
「ん。オナニー」
「…………」

 えっと。コレは無視すべきだろうか?
 友達がいきなり隣でオナニーとか、どう反応すればいいのか全くわかんねぇし。

「……頑張って」

 と、それだけ言ってゲームに戻ることにした。


 ────とは言ったものの。

「あっ……ん、はぁ」

 喘ぎに合わせて、粘着質な音がぐちゅぐちゅと室内に響く。

「……アキ、ト……アキトぉ──」

 オナニーしながらオレの名前を呼ぶなよ。からかい方が悪趣味だろ。

「アキト」

 先ほどの喘ぎ混じりでなくはっきりと呼ぶ声に、ボス戦を繰り広げていた手を止め振り返る。
 昴と目が合った。
 次になおも上下に動く手を、思わず目で追ってしまった。

「──あぁっ……んっっ」

 いっそう激しく上下したあと、その先から白濁が飛び散った。
 白いもので眼鏡の視界が遮られ、頬につつっと生温かいものが伝う。
 ぽとりと、小型ゲーム機の画面に滴り落ちた。

「……え?」

 思考停止。
 ぽとり、ぽとりとさらに画面が汚れていく。白くねっとりと汚れていく。
 自分が何をされたのか──。
 昴が何をしたのか。
 この状況を把握するのに、それ程時間は必要ではなかった。
 何より、その本人がこともなげに言ってのけた。

「アキトに顔射しちゃった」

 てへぺろ──とでも言いそうな無邪気な顔に、殺意が湧いたのはオレでなくても当然だろう。
 けどオレは硬直が解けないまま、小型ゲーム機から流れるボス戦メロディーを聴いていた。
 戦闘の苛烈さを表すかのようなプレイヤーを鼓舞するかのような激しいメロディー。
 オレの感情も徐々に浮上する。

「……帰れ」
「え?」
「帰れ」

 オレは顔を拭いながら、もう一度言った。
 汚れた眼鏡と小型ゲーム機の画面も綺麗に拭う。

「……いやだ」

 達した時の格好のまま、昴がぽつりと呟いた。


***


 最近、昴はオレをからかって愉しむ遊びを覚えたみたいで、何か思いついてはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる。
 オナニーを見せられたのは今日が初めてだったけど、それもいつもの嫌がらせの一環だろうと思った。
 喘いで、扱いて、それでも無反応なオレが気に食わなかったんだろう。顔射という暴挙に出たのは。

 この嫌がらせさえなければ、昴はいいやつだ。
 文武両道、周りからの信頼も厚くそれを鼻にかけない爽やかな男。
 鼻筋の通った顔。二重の綺麗な目元。柔らかそうな唇、白い肌。その中性的な顔立ちは一度女装をした時には女の子にしか見えなかった。
 けれど、身体は引き締まって、必要なところに必要な分だけ運動神経のよさを表す筋肉がついている。
 体格で言えば俺だって負けてない。
 頭の方は全然だけど。
 顔……も、全然だけど。
 周りから完璧人間とまで言われる昴は友達想いで、オレも何度となく相談し、慰められ励まされた。
 親友と呼べるほどに交友が深まった頃、昴はよく家に遊びに来るようになった。一緒にすることと言ったら、ゲームや漫画、お喋りする程度。

 嫌がらせが始まったのはいつだったか──。


 貸してあげると渡されたのは、刺激の強過ぎるおねーさんたちが、挿れられたり、挿れられたり……ひたすら、結合部ばかりのエロ本だった。

「アキト、勃ってる?」
「────なっ!」

 反応していたソコを指差して、昴がニヤっと笑った。
 オレは羞恥で顔が赤くなるのを感じた。

「写真のコレと、アキトのペニスどっちが大きい?」

 顔を覗き込んでそんなことを聞いてくる。

「オレ、こんなデカくねーよ……て、離れろよっ!」

 昴の顔が股間のすぐ傍まで近づいてきたので、慌てて腰を引く。

「んー。コレより大きい気がするんだけどなぁ。──ね? 確かめていい?」
「いいわけないだろっ!」

 ぐいっ──と、昴の頭を押し退けて距離を取った。

「減るもんじゃないし、ちょっとだけでいいからさ」

 懲りずににじり寄ってくる。
 目線は股間に固定されていて、隙を見せれば本当に脱がされる気がした。
 オレは僅かな恐怖心を抱きながら、慎重に後退しさらに距離を取る。昴もにじり寄り、空いた距離を詰める。

「見せねーからな! 離れろよ、ばかっ!」
「男同士なんだし、そんな照れなくても」
「恥ずかしいに決まってるだろ! 逆に聞くけど、オマエは見せれんのかよ?」

 昴がきょとんとした顔を向ける。

「見せてもいいけど……俺、勃ってないからふにゃふにゃ」

 ほら、ね。
 と、下着から掴み出してオレに見せつける。

「見せんなよっ!」
「見せろって言ったのアキトだろー」
「んなこと、言ってねぇーっ!」
「俺見せたから、次アキトの番ね」
「だから、やめろって──しつこいっ! ばか!」

 昴を押し倒し、飛び越え、慌てて部屋を出た。

「あ。逃げた」

 と、声がしたが追ってくる気配はなく、オレはほっとしてトイレに向かった。
 部屋に戻ると、昴は漫画を読んでいて、オレと目が合うと微笑んだ。

「これの新刊ってまだないの?」

 至って普通の昴の態度に安心する。
 オレもいつも通り、昴の横に座ってゲームを再開した。


***


「フェラって気持ちいいのかな?」

 期末試験前、一緒に勉強しようと昴が家に来ていた。

「なぁ。ここってどうやって解くの?」
「ん? ああ、ここは──」

 習ったんだろうが、オレ的には初見に思われる問題に苦戦し昴に助けを求めた。
 昴はさらさらとノートの横に数学公式を書いていく。

「……で、フェラって気持ちいいのかな?」

 書き終えて、またそんなことを聞いてきた。

「知らねぇ」

 答えないとしつこそうなので、ぼそりと返事をしておいた。
 一問、二問と教えてもらった公式で問題を解いていく。

「されたことない?」

 まだ聞くのか。面倒くさいな。

「誰とも付き合ったことねーもん」
「あれ? あの後輩の子は?」
「断った」
「ふーん。可愛い子だったよね?」
「……だったかな? あんま覚えてねー」

 そっか、そっかと何やら満足そうに頷く。

「なら、アキトは童貞なのかな?」

 ニヤニヤ笑う。
 また嫌がらせが始まったのかと、心中でため息を吐いた。

「エッチしたいとか、考える?」
「別に」
「えー。健全な男子なら考えるでしょ。アキト、エロ本やAVで勃起してたから、不能ってわけじゃないし。……したくならない?」
「興味ないわけじゃねーけど、どうしてもしたいとかはない」
「じゃあ、フェラされたいとかも考える?」

 そこに戻るのか。
 さっきから、フェラ、フェラうるさい。

「もういいから勉強するぞ」
「俺、予習復習ばっちりだから大丈夫」
「……いや。勉強しようって言ってきたの、昴だろ」
「そだね。ごめん、ごめん」

 笑って謝りながらオレの髪を撫でる。
 猫っ毛のオレの髪を、時折こうやって触るのは昴の癖だ。
 自分が手持ち無沙汰になると、ゲーム中のオレの髪を触ってくる。長い時にはゲームを中断するまで続く。
 泊まりに来た時も、布団の中でオレが眠るまで触っていたこともある。眠ったあとももしかしたら触られてたかもしれない。
 ふとした時に何も言わず静かに髪に触れてくる。
 昴が何故か嬉しそうに触るから、オレは黙って触らせておく。
 だから、今日も黙って触らせていたのだが──。

「甘い香りがする……」

 昴が、髪に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。
 急に近くなった距離にオレは身を竦めた。ふわっとした香りが鼻腔を擽る。

「オマエの方がなんかいい匂いがする……香水?」
「少しね。気に入った?」
「オマエに合ってんじゃね? ……うん。いいと思う」

 もう一度匂いを確かめる為に昴の首の辺りに顔を近づけて確認する。甘過ぎず、爽やかな匂いがした。

「ちょ──アキト……」
「さて。勉強しようぜ」
「…………」
「ん? どした?」

 一瞬の間が空いたあと、はぁ……と深くため息を吐いた昴が首に腕を絡めてくる。わしゃわしゃと髪を撫でる。

「酷いなぁ。アキトは」
「首ホールドして、髪ぐしゃぐしゃにするオマエの方が酷いと思う」
「首、ホールド……か。そだね。──はぁ」

 またため息。絡めていた腕がするりと落ちる。その直後、こてんと首の辺りに頭を乗せてきた。
 ぷにゅ──と何か柔らかいものが触れ、擽ったくて身を捩ると、後ろからぎゅっと腕を捕まえられた。

「昴、擽ったい」
「ここ?」

 またぷにゅっぷにゅと首筋を擽る。

「アキトは首が弱いんだね」

 首筋を柔らかいものが這い上がり、耳朶にがりっと痛みが走る──。
 背中にゾクゾクした痺れが駆け抜け思わず胸を反らせた。

「か、咬むなよっ!」
「……耳も弱いんだね」

 熱っぽい声で耳元に囁かれ、また背中がゾクゾクと騒ぎ出したので、力任せに腕を振りほどき慌てて耳に手を当てた。
 またそこを悪戯されないように、ぐっと掌で覆い隠す。

「悪ふざけもいい加減にしろ! これ以上したら怒る」
「今はまだ怒ってないの?」
「うん。でもこれ以上したら殴る」
「殴られるのは嫌だな。……わかった。もう今日はしない」

 今日は──というところに多少の疑問を抱いたが、もうしないと言った昴がもとの位置に座り直してノートを開いたのを見届け、オレも改めて座り直し解きかけの問題に集中した。

 それ以後も昴の嫌がらせに何度となく翻弄されたが、嫌がるとすぐにやめるので、オレが本気で怒ることはなかった。
 嫌がらせのあとはいつも通り、昴は静かに隣にいて、オレはゲームをする。
 変わらない日常がそこにあった。


***


「アキト、怒った?」
「……怒らない方が可笑しいと思う」

 昴はまだ下半身丸出しだ。
 手に隠れて半分ほどしか見えないが、精を吐き出したばかりのソレは先ほどより幾分が力をなくしている。
 とりあえず、早くソレをしまってほしい。
 見たいわけじゃないのについ視線を向けてしまう。

「アキト……」

 その視線に気づいたのか、昴が羞恥を孕んだ声で呼ぶ。
 けど、なぜか隠そうとしない。
 視線を上げて昴の顔を見ると、頬を赤く染め熱っぽい目線を向けてきた。

「……服、ちゃんとしろ」
「ん……履くから、ちょっとこっちきて」

 そう言って、自分のすぐ横をぽんぽんと叩く。
 そこに座れってことみたいだ。

「お願い……」

 黙ったままでいると、苦しそうな顔をしてこちらの様子を窺う。
 オレは盛大なため息を吐いて、仕方なしに昴の横にぼすんっと腰掛けた。
 安いベッドのスプリングが軋む。

「……アキト」
「何?」
「俺にアキトの童貞くれない?」
「…………は?」

 何を言い出すんだコイツは。
 反省してるのかと思ってたのに、まさかの嫌がらせ続行とか。オレ、本気でキレた。

「勝手に言ってろ。もうオマエなんか知らねぇ」

 冷たく吐き捨てて立ち上がる。
 一歩動こうとした途端、視界がひっくり返りベッドの上に仰向けに転んだ。昴に腕を引っ張られたのだ。

「なに、す──んっ!」

 起き上がろうとしたが肩に体重をかけられて、抗議の声を上げようとしたが──途中で遮られた。
 柔らかい感触が熱い息とともに唇を包み込む。
 湿り気を帯びた温かいものが、その唇を這う。それは徐々に口内に押し入ろうと歯列をなぞり……その強引な動きに引き摺られるように僅かに口を開くと、熱い息がさらに深く重なり口内を弄った。
 執拗に舌を絡めとられ、引っこ抜かれるのではないかという程に吸い上げられる痛みに身体を強張らせると、今度は優しく撫で回す。呑み込みきれない唾液が溢れて頬を伝っていく。
 息苦しさに顔を逸らすと、ちゅぱっと軽い音がして唇が解放される。オレは肩で息をしながら新鮮な空気を貪った。

「アキト──」

 声の方を見上げると、湿った唇をペロリと舐める昴と目が合った。

 ……キス……された。
 男同士で何をするんだとか、ファーストキスだったんだぞとか、キスってこんな風にするんだ勉強になったなぁとか……。色んな思考がぐるぐる巡って、最終的に頭が真っ白になった。結果、何も言えず呆然とするしかなかった。
 そんなオレに構うことなく昴の指が鎖骨をなぞる。その指がTシャツ越しに胸を這い、腹を通り腰の辺りで止まる。
 そして、部屋着として愛用しているスウェットを中の下着ごと下にずらされた。力無くくたっとしたペニスが晒される。
 ソコを優しく包み込むように、昴の掌で上下に擦すり始める。
 他人に触れられたことのないソコは、与えられる刺激にとても素直に反応してしまう。握る力が強くなり、徐々に動きも速くなる。

「……んっ……」

 堪らず吐息が漏れてしまう。
 ぎゅっと擦り上げられて身体がピクリと反応し、ぐっと下に引っ張らてビクビクと足が震える。
 オレの反応を確認するように覗き込んでいた昴がふと離れる気配がして、硬くなったソコに熱い息がかかる。
 目で追うと、昴の顔がソコのすぐ傍にあった。ペロリ──と舌を出して舐め上げる。
 初めて味わうその感覚に、一際ビクリと腰が震える。
 両サイドを舐め上げ、時折ちゅっと唇を当てながら裏筋を舌で上下に撫でる。カリ首にぐるりと舌を這わせ、先っぽの窪みから溢れる液をじゅるっと吸い取られた。

「ぐっ──!」

 腰から背中に、そして脳天に電流が走ったように痺れた。
 その痺れに全身をぷるぷるさせていると、さらなる痺れがオレを襲った。

「ん……あぁっ!」

 ソコが熱い息で包まれる。熱く湿った昴の口内にゆっくりと収められていく。柔らかい舌が蠢いて、その度に腰が騒ぎ出しそうになる。
 慎重にゆるり、ゆるりと繰り返されていた動きが、突如激しいものに変わった。吸い上げられ、上下に動く。先っぽが昴の喉に何度も当たった。
 苦悶に歪む昴の眉。そんなに苦しいのならやめればいいのにと思うのだが、やめる気配はなく、何の執念なのかなおも繰り返す。うっと喉の奥が鳴り目尻に涙を浮かべて……それでもやめない。
 オレは上体を起こし両手で昴の頭を掴み、ぐっと力を込めてその動きをやめさせた。

「アキト……?」
「もうやめろ」

 昴が首を横に振る。

「オレ……充分驚いたから。オナニーも顔射も──キスされたのも、かなりの衝撃体験だったから」
「アキ──」
「だから……そこまでするな。嫌がらせするにしても、流石にやりすぎだろ?」

 昴の頭を撫でる。いつもオレがされるみたいにそっと優しく指先で髪に触れる。

「いつもオレが怒るとやめるのに、今日はやめないし……やることも度を越してるし……オレよりオマエが辛そうだし」

 目を逸らさずこちらを見つめる昴の瞳が僅かに揺れる。
 何か言いかけて、でも言葉にならず息が零れただけ。

「オレがオマエに嫌がらせしてる気分になる」

 普通に考えて、男が男のソコを舐めて咥えて──なんて、される方よりする方が苦痛だろう。
 オレをからかって愉しんでる様子はなく、ただひたすら必死に咥えて呑み込んで、喉に当たる度に涙を浮かべて……。
 それを見ていると、怒りも薄れて次第に生まれる嗜虐心に嚥下し喉が鳴った。
 これ以上はヤバイと思った。だからやめさせた。

 昴がゆっくりと身体を起こす。目線の高さが同じになる。
 髪を弄んでいたオレの指先にそっと手を重ねて、俯いて深く息を吐くのがわかった。

「……俺……少しだけと思って、ゲームしてるアキト見ながら股間触ってたら……思いの外というか、案の定というか興奮してきて、止まらなくなって」

 震えた声で吐き出すように昴が話す。

「気づかれるかもしれないスリルにゾクゾクして──何も気づいてないアキトの横で"こんな卑猥なことをしてる自分"にまた興奮して、止まらなくなって……そしたら、急にこっち向くし……」

 昴の長い睫毛が不安そうに揺れる。

「内心、超焦った。アキトに嫌われるって思った。嫌われたと思った。でも、普通に……頑張れとか言われるし」

 それを思い出したのか、頬を上気させてちらりとこちらを窺う。目が合うとさらに頬を染めてもう一度俯いた。

「興奮しすぎて譫言のようにアキト名前呼んじゃうし……恥ずかしさを誤魔化す為に言い直したら、アキトが振り返って……アキトが……アキトの目が……ずっげー見られてるって……気づいたらもう出したあとで……」

 触れていたオレの指先を、昴がぎゅっと強く握った。

「アキトに顔射したんだってことに堪らなく満足して。でも、そのすぐあと、とんでもないことをしてしまったと…………本当にごめん」

 伏せていた瞼を持ち上げ、潤んだ瞳にオレを映す。
 いつになく真剣な表情で、真摯に向けてくるその視線に怯み肩に力が入る。

「……嫌なら突き飛ばしていいから。そしたら、俺やめるから──俺、アキトとエッチがしたい」

 首に腕を絡めて顔を埋め、搾り出すようにそう言った。

「昴……」

 オレが名前を呼ぶと、気の毒なほど身体が震え出す。絡めた腕は震えて力が入らないのかそれでも必死に抱きついているのがわかる。
 どうすればいいのだろうか?
 突き飛ばせばやめると言った。ならその通りに突き飛ばして怒るべきなのだろうか?
 男同士だからと、突き放せばいいのだろうか?

 オレはどうしたいんだろう?

 男同士でそんなことをするなんて考えもつかない。ふざけるなと思う。
 けれど、腕の中の昴は幼い子供のように震えて──そんな昴を突き放すなんてできる気がしない。
 なら受け入れるのか? と自問すれば、またどうしようもなくて……。
 オレは無意識に……気づけば昴の頬にキスをしていた。
 昴が驚いているのがわかる。オレ自身それ以上に驚いている。これがオレの答えなのかはまだわからない。
 ただ昴を悲しませることはしたくなくて。大丈夫だと、落ち着かせてあげたくて。頭を撫で、頬を撫で、震える肩を抱きしめて……全てを包んであげたい。
 昴が恐る恐る背に腕を回すと、それに応えるようにオレもまた強く抱きしめた。
 鼻先が掠めるほど近くで互いを見つめる。
 オレはもう一度、頬にキスをした。今度はちゃんとした意識を持って。そして……唇に熱い息を重ねた──。

 歯列をなぞり、舌を絡め……昴がそうしたように、今度はオレが口内を愛撫する。昴も負けじと舌先を絡めて唾液を交換し合う。吸われては応えるように吸い返し、甘く蕩けていく。
 暴れるように互いに服を脱がせ、全裸になるとまた唇を貪り合う。下腹部にじわじわと熱が集まり、腰を抱いて密着させると、昴のソレも熱を孕んで大きく硬くなっていた。

「ああっ……──!」

 擦り合わせると甘い痺れが腰を襲い、昴が甘い声をあげる。熱に浮かされたその声は、堪らなく劣情を煽った。

 絡み合っていた唇が唐突に離れる。名残惜しそうに何度も啄ばむように唇が触れ、今度は身体ごと離れていく。
 ベッドから降り、ガサゴソと鞄を漁って何かを取り出した。それを手にしたまま、またオレの膝の上に戻ってくる。

「何それ?」

 掌サイズの小さなボトル。中にはピンクの液体が入っている。
 蓋を開けて掌に液体を取り出す。どろりとしたそれを指先に絡めた。ぬちゃぬちゃとした粘着質な音と甘い香りが部屋に広がる。

「ラブローションだよ。こうやって使う」

 さらに零れるほどローションを掌に乗せると、昴は自分の後ろに塗りつけていく。丁寧に塗り終わると、指を一本その中にゆっくりと挿し入れた。抜いては指先にローションを絡めまた挿し入れる。
 ボトルから直接ローションを垂らし、指を二本に増やして同じ作業を繰り返す。

「解さないと、アキトの入らないから……」

 もう少し待ってね……と囁く。
 痛いのか、時折息を詰まらせながらローションを何度も足し柔らかく拡げるように指を動かす。
 指が三本になると、流石に辛いのか痛みを紛らわすように自分のソレをもう片方の手で扱き始めた。
 何とも卑猥な姿で、昴はオレにキスをせがむ。熱い口内に舌を絡めながら、オレはローションを手に取り両手に塗りつける。

「あっ……まだ……」

 昴の指を掴んで抜き取ると、柔らかく解れ始めている窄みへオレの指を突っ込んだ。
 一本は呑み込むように侵入を許す。すぐに二本に増やし肉壁をなぞる。二本めもすんなりと呑み込まれていく。
 暫くその二本で、昴の中を堪能する。柔らかい肉壁はオレの指をぎゅぅぎゅぅと咥えて動きの邪魔をする。そんな時はもう片方の手で昴のペニスを優しく撫でる。ぎゅっとひと際咥え込んだあと、緩々と力が抜けていく。
 前と後ろと……オレの指で、手で昴が身悶え蕩けていく──。

 何と淫らで……。
 言い知れない可愛いさなんだろう……!

 オレの股間は、ご馳走を前にした飢えた獣のようにダラダラと垂涎し揺れ動く。
 指を三本に増やしぐりぐりと肉壁を抉る。ここにオレ自身を入れたら、どんなに気持ちがいいんだろう。
 まだ見ぬその快楽に期待し、焦がれ、鼻息が荒くなるのがわかる。
 いつまで解せばいいんだろう。
 もう充分ではないか、と声がする。いやまだだと諭す声も聴こえる。
 丁寧に解したとは思うが、オレを受け入れるにはまだ狭い気がする。痛いのは昴だ。辛い思いはさせたくない。
 再び丁寧に肉壁に指を這わす。昴の反応を確かめながら、優しく──時に強引に指を蠢かす。その箇所に指が触れた時、昴の脚がピクっと揺れた。他とは違う反応に、確認する為同じ場所をぐりっと刺激してみる。

「んあっ──だ、だめ……そ、こっ……!」

 昴が背中に爪を立て、ビクビクと胸を反らせて震え上がる。

「はぁっあ、ああっ……んっ、や、め……」

 見つけたばかりのその箇所を、撫でて圧してぐりっと抉り蹂躙する。あまりの刺激に逃げようとする腰を掴み、何度も責めた。

「ひゃっ、あ、アキ……トっ、も……む、り……」

 赦しを乞うように掠れた声で啼く。

「痛い?」

 ふるふると首を振る。

「気持ちいい?」

 逡巡したあと、コクンと頷く。でもまた首を横に振った。

「俺……も、イキそ……だから、お願い」

 もう挿れて──。

 その甘い誘いにオレが抗うはずがない。
 昴の中から指を抜き、新たにローションを手に取り屹立した自身のソコに馴染ませる。
 たっぷりと解した窄みに宛てがうと、昴が身体を強張らせた。
 ゆっくり、ゆっくりと腰を進める。思った以上の圧迫感に堪らない快感を覚える。

「昴、締めつけたら……ヤバイ……力、抜いて……」

 何とか理性を保ち慎重に腰を沈めていく。
 全て収めると、二度、三度と昴にキスを落とした。

「大丈夫か?」
「ん……」

 喘ぎなのか返事なのかわからなかったが、それを肯定として捉え、腰を律動させる。

「んんっ──あ、あっ……」
「……くっ……!」

 腰が砕けそうな快感が襲いかかる。初めて味わうその官能の痺れに打ち震える。
 律動を速めると、繋がったそこが溶けそうな程熱くなる。

「ふっ……う……や、やぁ……アキっ、あ、ん……だ、め、あんっ……」

 与える刺激に予想通りの反応してくれると言い知れないほど満ち足りた気持ちになった。
 優しくしたいのに意地悪してしまい、それが愉しくてまた意地悪してしまう。
 昴の弱い箇所に擦り付け、何度も何度も突き上げる。締め付けて腰も脚もビクビクと震わせて喘ぐ昴が愛おしい。

「ああっ……きもち、イ……もっと……あっあ、あっあっ……だ、だめっだめっっ、んんっ──だめぇぇっ──!」

 劣情と嗜虐心を煽る甘美な声で啼く。その声がもっと聴きたくて、啼かせたくて欲望のままに腰を振る。覆いかぶさる姿勢で前後に律動していたそれを、今度は膝に座らせ上下に変える。

「ア、キトっ……アキトっ! アキトアキトっア、キトぉっっ……!」

 速まる律動に耐え切れず、昴が白濁を噴き上げた。
 眼鏡の視界が遮られ、頬も唇も生温かいもので包まれる。本日二度めの顔射は、一度めの時より熱く激しかった。

「あ! ご、めんっ……!」

 昴が慌ててオレの眼鏡を外し、脱ぎ捨てていた服で顔を拭ってくれる。

「ははっ……昴は顔射が好きだな……」
「別に好きなわけじゃ……うぅ……もぅっ!」

 照れて拗ねて口を尖らせる。
 その可愛い唇に、ちゅっとキスをした。

「んっ──」

 首に腕を回し、強請るようにキスを返してくる。
 昴の身体を寝かして膝裏を抱えると、律動を再開した。

「あ、ああっ──んあっ……ああぁっ……」

 両手で腰を掴み、深く激しく腰を打ち付ける。
 パンッ、パンッと肌を打ち鳴らし、快楽を貪りひたすら腰を突き動かす。

「ご、めん……もう、止まらないっ──!」

 込み上げてくる快感の波に溺れ、頭が真っ白になり──昴の奥で熱い精を吐き出した。

「昴……」
「……アキト……」

 蕩けた顔で力無く微笑む。
 オレも同じような顔をしているかもしれない。
 あまりの運動量に心臓は早鐘を打ちなかなか治まらず、触れ合う肌はどちらも汗ばんでしっとりしている。ハァハァと荒い息で唇を重ねた。
 余韻を愉しむように唇を舐め合い、舌を絡めて深く重なる。
 抱きしめては抱き返し、存在を確認するように肌を撫で回した。
 昴が首に吸いついて、甘い疼きとともに痕を残す。その痕を愛おしそうにペロペロと舐めそっとキスをする。

「俺……アキトが好き」

 唐突に紡がれた言葉に、ピクリと肩が強張る。

「ずっと前から、好きだったんだ……」

 身体を求められた時に気づいてはいたけれど、改めて言葉にされるとどうしていいかわからなくなる。
 言葉で返す勇気がなくて、身体だけの軽薄な男になった気分にぐっと息を詰まらせる。

「ごめん。困らせるつもりじゃなくて……ああ、でも思ったより苦しいかも……」

 今にも泣き出しそうな瞳が不安に揺れる。それを隠すように片腕を顔に乗せた。

「身体だけでも……それだけでもいいと思って……全て捨てる覚悟で……いたんだけど。どこかで期待してて──僅かな期待のつもりだったけど、思ったよりそれの方が大きかったみたい……」

 切なさに震える声で、聴いているこちらが苦しくなる。

「だから……その……今、かなり辛い……」

 血の気がなくなるほどぐっと唇を噛む。オレは思わず唇に触れて噛むのをやめさせた。歯形のついた唇をそっと撫でる。

「……ありがとう」

 まるで永遠の別れを告げるように、ぼそりと呟いた。
 何がありがとうなのか。何に対してのありがとうなのか。
 唇を撫でたことにではない。“最後に抱いてくれてありがとう”と、そう聴こえた。
 オレは無性に怖くなり、昴をかき抱いた。
 この腕を解かない限り離れていくことはないと信じて。

「アキト……? お願い……離し、て」
「……無理」
「え? ……いや、ちょ──」

 いっそ接着剤でくっつけてやろうかと本気で考えてしまうほど、オレは昴を離したくはなかった。

「オレ……まだわかんないけど。ちゃんとわかってないんだけど……。昴を離したくない」

 今、伝えておかないと手遅れになる気がする。自信を持って言える言葉じゃないのが不甲斐ないけど。
 それでも、この胸に芽生えた想いは勘違いなんかじゃなく、これから育んでいくものだと思うから。

「答えを待ってくれるなら、待って欲しい。けど……すぐに出せと言うなら……」

 思ったよりも震える声に、一度息を吐いて落ち着かせる。

「俺、待つ──」
「オレも昴が好き──て、え? 待つ?」

 覗き込んだ昴の顔が驚いたように固まっている。

「……いや。待たない」

 言葉が重なってよくわからなかったが"待つ"と言ってくれた気がするんだけど。けど確認したらそうじゃないみたいだし。素知らぬ顔の昴を訝しむ。でも、そこを突っ込んでも仕方ない。
 しかし時間が貰えるならそれに越したこともないんだけど。

「や、待ってくれる方が……」
「待たないったら、待たないっ! てか、待てない!」
「そ、そうか……わかった……」

 まるで駄々っ子のような態度に若干気圧され、オレは苦笑した。
 行き着く答えは同じだと思う。できるなら昴が向けてくれる想いに追いついてから伝えたかった。でもそれは単なる自己満足で、振り回される身になって考えてみれば馬鹿らしい。

「アキト。俺、アキトが好き」

 その瞳は先ほどの不安に揺れるそれではなく甘く熱の籠ったものだった。答えるオレの表情が、果たしてどのようなものなのかは鏡がないから知ることはできないけど。

「うん。オレも……昴が好き」

 甘く優しく伝わりますように。
 そう祈りを込めて、初々しいキスをした。

「俺、超幸せーっっ!」

 突然、昴が大声で叫ぶ。
 ビクっと身体が跳ねた。もう本当、自分でも可哀想なほどに驚いた。感慨に浸っていただけに、衝撃が半端なかった。
 幸せー幸せー! と悶えて暴れる昴を落ち着かせようと頭撫でると、その腕にすりすりと頬を寄せる。
 それでも興奮が抑え切れないのか、仕舞いにはオレの肩や首にガブガブと咬みついてきた。

「オマエは犬かっ! ……こら! やめろって……あっ」
「アキト、感じた? ここ?」

 ゆっくり丁寧に甘咬みしてくる。咬んでは舐めて首筋を這い上がり、耳朶に齧り付く。舌先を耳に這わし執拗に舐め回す。

「だから、やめ……──んんっっ」

 与えられる刺激と卑猥な唾液の音が、快楽の渦へとオレを引き摺り込もうとする。覚えたばかりの色情に貪欲なオレには抗うすべがない。誘われるまま身を委ねる。

「……え」
「……あ」

 気づいたのは昴の方が早かった。昴の中に入れたままだったソコが再び熱を孕んで膨張していく。

「あ。えっと……抜くの忘れてたね……アキト……抜いていいよ?」
「ばか言うな。煽ったのはオマエだろ?」

 きちんと責任は取ってもらわないとこちらも色々と困る。主に下半身の熱の処理が。
 嫌がる昴を組み敷いて、頬をペロリと舐めれば唇から甘い息が零れる。お返しとばかりに首筋に肩に舌を這わせて、昴の反応を愉しむ。
 滑らかな白い肌が快楽にほんのりと色を染め、胸の小さな突起を唇で食んで舐めて吸い上げるとぷっくりと膨らんでいく。

「や……ちょ、だめだって──……あああっっ!」

 腰の律動を速め、抑えきれない色情を奥へ奥へと突き入れる。身体を仰け反らせ、行き場の無い指がシーツを掴んで、しどけないその姿がさらにオレの劣情を煽る。

 二度めの絶頂を迎えるまで、貪るように腰を振り続けた。


「うぅ……腰が……」
「ごめん。でも……気持ちよかった」

 まだ昴の中に包まれているんじゃないかと思うほど、未だにその余韻が下半身のソコに纏わりついている。
 あの圧迫感と官能の痺れを思い返すと、またそこに突き入れたくなる衝動に駆られる。

「……俺も……気持ちよかった……けど」
「嫌だった?」
「そんなことないっ! 嫌なわけないだろ。アキトになら何されてもいい……」
「そっか」

 寄り添う身体をさらに密着させるように抱きしめた。昴の体温で心まで温かくなるような気がした。
 繋がっている時よりも、神経が結びつき溶け合うような感覚に深い喜びを感じた。

「いてて……うぉっ……笑いそうなくらい脚ガクガクだ」
「寝とけよ」

 おとなしく寝ておけばいいのに、オレの腕から擦り抜けて離れていく。簡単に離れていくその姿が憎らしい。
 空いた腕が少し寂しくなる。

「ん。でも出しとかないと……」
「何してんの?」
「掻き出しとかないと腹こわすらしいから」

 そうなんだ。何も考えずに中に出してしまってたけど、やめておくべきだろうか。
 快感が上り詰めた瞬間、引き千切られるほどの締めつけに何も考えられなくなってしまうのだ。余裕を養わないといけないなと、自分に言い聞かせた。

「オレがやるよ」
「や、恥ずかしいからいいよっ」

 手を伸ばすと慌てて尻を隠して身を捩る。

「何が恥ずかしいんだよ? 散々脚広げて見せてただろ」
「ぎゃっ! なんつー恥ずかしいことを平然と言っちゃうかね。この子は」
「オナニー見せつけてきた人に言われたくない」
「ぐあぁーっ! やーめーてーっ! 俺、羞恥で悶え死ぬってば!」

 両手で顔を覆い隠し、呻いて悶える。
 指の隙間から覗く頬は赤く染まり、耳まで真っ赤だった。

「わかったから……ほら」
「うぅ……」

 ひと言呻いて、観念したようにオレの指を受け入れる。
 愛撫と同じように丁寧に指先を這わし、掻き出していく。オレの残滓がどろどろと垂れ流れ太腿を伝う。

「あっ……ぐ、そんな……卑猥、な動きしなくても……んあっ……掻き出せると思うんだけどっっ! ──……はぁあっっ」

 全部掻き出して指を抜くと、その可愛い窄みが名残惜しそうにヒクヒク動く。挿れて、挿れてと淫らに誘う。
 ゴクリ──と生唾を呑み込んだ。

「昴……」
「な、に……え……?」

 準備万端と屹立した先をそこ宛てがうと、昴の身体が強張るのを感じた。窄みにきゅっと力が入る。

「ちょっ、ちょっと! な、ほら、折角掻き出して綺麗にしたんだし……」

 窄みの強張りを解すように尻を撫でる。

「……中に出さないから……」
「だめだって……」
「オレになら……何されてもいいんじゃないの?」
「う……」

 抵抗を諦めた昴が身体の力を抜く。怯えさせないように、優しくゆっくりと中に沈めていく。蕩けた肉壁はオレを呑み込むように蠢く。耐え切れず一気に奥まで突き入れた。

「……昴……くっ……」
「あああっっ……んっ、あぁっ……アキトっ……」

 優しくしようと思っていたのに。挿れたその瞬間にぶっ飛んでしまった。抉るように何度も何度も突き動かし、崩れそうになる昴の腰を掴んで持ち上げ蹂躙する。

「も、だめぇっ……壊れ、ちゃうぅ……」
「ああ……昴っ!」

 もっと。もっとっ──。
 昴を感じたい。昴を啼かせたい。脳天が痺れ、今はもうただ腰を振ることしか考えられない。

「はぁんっ……あっ……うぅ、アキトの変態ぃぃぃーっっ!」

 後ろから激しく腰を打ちつけると、昴も応えるように腰を振る。言葉とは裏腹なその素直な反応が堪らなく可愛い。


 ──大好きだよ、昴。


***


 中島 昌斗なかじま あきと。十七歳、夏。
 童貞と引き替えに、何よりも愛おしくかけがえのない存在を手に入れた。
 


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