「智香ちゃんが来てない?」
爽やかな朝。稽古の時間。
局長なんだかお荷物なんだか分からない局長、近藤は実に不思議そうにそう言った。
「あー…昨日も遅くまで残ってやがったからな。寝坊じゃねえの。」
対して返すNo.2土方は事も無げに冷静だ。
彼は昨日智香と別れた後直ぐに床についたがそれでもかなり体がだるい。
今日くらいは寝かせてやっても良いだろう。鬼の副長と呼ばれる彼からは考えられないようなことを思っているのだからやはり相当疲れているのだろう。
「佐々木の野郎とよろしくしてやがってんじゃねえですかィ」
そして最後に…、一番隊隊長、沖田がぽつりとそう言った。
その整った顔に覇気がないのはいつものこと、なのだが。
「佐々木と?」
「いやいやいやいや!!智香ちゃんに限ってそんな……」
怪訝な顔をする土方に慌てる近藤。その中で一向に表情を変えない、沖田。
何とも言えない空気だけが流れ、誰かが口を開こうとした瞬間、近藤の携帯が叫びを上げた。
「はい!もしもし近藤ですが」
『佐々木です』
「ああ佐々木殿……………ってええええええええええ!!!!」
電話に出た近藤は、数秒の間の後、目を剥いて絶叫した。
『宝生さんの事なのですが』
「智香ちゃ……っえええええええええええええええええ!!」
近藤の反応に周りも状況を理解し始め、ざわつき始める。
『昨夜…』
「あああああああああああああああああああああ!!!!」
そして最悪のシナリオが頭をよぎり思わず叫んだ瞬間、通話は切れた。
ツーツーという終了を知らせる音だけが空しく近藤の耳に響いている。
「ちょ、もしもし佐々木殿ォォォ!!もしもしィィ!!」
電話が切られたことに気づき無反応な携帯に向かって叫び続ける近藤だが、はっきり言って無意味だ。
数秒後、いい加減喧しいので止めようと肩に手を伸ばした土方の携帯が鳴る。
「…土方だ」
『土方さんですか。佐々木です。何やらノイズで通話が乱れたのでかけ直した次第です。いえ、見廻組はエリートですので門限には厳しくてですね。いや、エリートですから破ることはまずないんですが』
「…………!!」
『若い女性を泊まりだなんて少し…』
嫌みに返す余裕なんて、無かった。
サッ、と全身の血が逆流する感覚に、肌が泡立つ。冷え冷えとした汗が背中を伝った。
『……泊まり、ですよね?』
「だって、昨日あいつは自転車で…っ!」
言い終わる前に、通話は着られていた。ツー ツー と流れる終了のメロディーを聞いた土方は我に返って―――無我夢中に飛び出した。
「トシ!」
「見廻組と話しに行くだけだ!」
「…無事なのか?」
「クッソ…!!」
なんであの時無理矢理にでもついて行かなかった。
正直な理由は、妙な気迫に気圧された、だ。
まさか、智香はこうなることが分かっていたとでもいうのか?
…しかし、考えても始まらない。
乱暴にハンドルを切って巨大な財閥の屋敷の角を曲がる。
途端に映った白い軍団に土方は慌ててブレーキを踏んだ。急なそれについて行けず額をぶつけた近藤が妙な呻き声を上げるが気にしている暇はない。
「おい!!」
怒濤の勢いで土方は運転席から飛び出して、見廻組に叫んだ。その声に気づいた佐々木と今井が振り向く。その足下には、少しひしゃげた自転車があった。
見覚えのあるそれに土方は慌てて駆け寄る。しかし、一斉に白によって遮られてしまう。
「その自転車は宝生の…っ」
「重要な証拠品です。無闇に触れないで頂きたい」
「…!」
「証拠品?佐々木殿、そいつをどうするつもりですか」
「どうもこうもありません。これはごらんの通り、見廻組管轄内で起きた出来事です。そちらは手を引いていただけますか」
「ふざけんな引けるわけねえだろ!!ウチの隊士が巻き込まれてんだ!!」
土方と一緒になって『そうだそうだ』と沖田以外の一番隊士が声を上げる。この辺りが佐々木曰く『育ちが悪く』て『品がない』。
幼稚な罵りが気に障ったのだろう。信女が底冷えするような無表情で刀に手を伸ばす。
まさに一触即発。ここは見廻組の管轄だと分かっているのかと近藤は気が気ではなかった。
誰でもいいからこの状況を変えてくれ!
彼は切に願っていた。しかし、かき回して欲しかったわけでは、ない。