「どうかされましたか?」
その場に似つかわしくない、恭しい声が響いた。一瞬、場の空気が止まる。誰よりも先に冷静に事態を打破したのは流石というか、佐々木異三郎だった。
「………すみません。朝から騒がしくしてしまって。…林さん」
「真選組に見廻組、江戸の二大武装警察がお揃いだなんて、何か大きな事件でも?」
「部外者が口つっこむとこじゃね…「ええ。また例の失踪事件です。昨夜、ここいらで何か変わったことはありませんでしたか?」
柔和な笑み。軽やかな動作。上流階級の人間であることは誰の目にも一目瞭然だった。
しかし、目まで吊り上げて笑っているというのに、冷たい印象しか与えないそれに、近藤達は背中が冷たくなっていくのを感じた。
「…特には」
「…そうですか」
佐々木は答えを聞くや否や自転車を隊士に運ばせようとしている。
「待てよ。話は終わってねえ」
「これ以上は無意味ですよ」
「…んだと…」
これでは逆戻りだ。にっちもさっちもいかない。
そんなときだった。
「―――おい!なにしてる!」
凛、と。
男のくせに凛とした、意志の強さを感じさせる声。林は恭しくも素早く、頭を下げた。
「申し訳ありません。主」
「何やら表が騒がしいと思えば…私の屋敷の前で、何事ですか」
主…と言うにはまだ若い。その歳は土方よりも幼く見え、とても林が頭を下げるような、この目の前に広がる塀の先の屋敷の持ち主だとは、思えなかった。
「い、いや………」
黙る土方に、慌てて近藤が適当にフォローしようとするがうまく行かない。
彼だって、妹のように可愛がっている智香が失踪したことに何のダメージも受けていないわけではないのだ。
「お騒がせして本当に申し訳ありません。もう話はつきましたので、私たちはこれで」
それを好機と見たか、佐々木はさも話を付けたという風体でさっさと切り上げて帰ろうとしていて。
「待…」
「 」
なおも食い下がろうとする土方に、佐々木は何やら呟いて。
それを聞いた土方は先ほどまでの剣幕が嘘のように静かに黒を翻した。
さすがに強引なそれに当主はまだ怪訝な顔をしていたが、近藤も慌てて血の気の多い隊士達を引かせるのだった。