暗い……
寒い……
身体に巻き付けられた鎖は重く、酸素を吸うために口元を覆っているマスクから、時々零れた酸素がごぽりと音を立て、水泡となって上へ上がっていく。
「………」
片目だけを薄く開け、ぼやけた視界を見つめる。
(全て、廻る……だけ)
冷え切った身体は長い間動かさなかった為に、指をピクリと動かすだけでも痺れるような痛みが走る。
しかし、前世で刻まれた痛みはこの比ではなかった。
(……ここを出てもいずれ、同じ刻を刻むだけ……光など)
ふと眼を閉じると、瞼の裏に映ったのは太陽の下で笑う、一人の少女。
ヴィンディチェの監獄に捕らえられる前に、冷たく突き放して以来、会っていない。
初めて、愛しいと感じた少女。
「…っ……」
次に思い浮かんだのは、自分が放った言葉と仕打ちに傷付いた顔。
ごぽごぽ…と、大量の水泡が逃げていき、僅かに身動きをするも、全身を走った痛みに身体が硬直した。
(もう……忘れてしまいなさい)自分自身に言い聞かせるも、呪いのように纏わり付いて離れない残像。
逃れようと無意識の内に身をよじると、激痛に苦しみ、そして更に少女への想いに身を焦がして自身を痛めつける。
(彼女は、もう僕を待ってはいないのだから)
ある監獄で、少女は囚人に食べ物を運ぶ仕事をしていた。
始めは脱獄する為に利用するつもりで近付いた。
しかし、いつしか彼女に会えるのが待ち遠しくなり、監獄にいる筈なのに、心穏やかな日々が続く。
いつの間にか、荒れていた心に安らぎさえ、運んできてくれる存在となっていた。
『……じゃあ、さようなら』
監獄を出る時、利用しようとしたのを悟っていた彼女は、ただ穏やかに微笑んで骸達を送り出そうとしていた。
そのまま監獄に残れば、永遠に食べ物や着る物などに困る事はなかったのに、
半ば強引に、連れ出していた。
気付けば、木に背を預けて休んでいた自分の肩にもたれ掛かっ眠っている彼女を見て、すぐに罪悪感に駆られた。
その罪悪感の本当の意味を理解する事は出来ず、結局連れ回し、監獄に容れられる前に、思い切り突き放す事になってしまう。
……その感情を理解したのは、監獄に容れられてから少し経ってからだ。
「…っ……っっ」
罰だと云うように痛みに身をよじり、更に激痛を呼ぶ。
いっそ……
(……いっそう……憎んでくれれば、良かったのに……ッ)
そう、
彼女はどんなに傷付いても、骸に向かって言葉を浴びせる事はなく、最後にはあの時のように微笑んで別れを告げたのだ。
水泡が、逃げていく。 思い出の一つ一つが、手から擦り抜けていく。
祈りの言葉さえ、届く事なく冷たい水の中へ掻き消えた。
(Ti amo……愛しています……)
ただ、君だけを……
end
あとがき
骸って…… なんかこう……いつの間にか全部独りで背負い込んで苦しんでるタイプな気がします。 そして、人知れず独りで苦しんでるような……
こんなシリアスな話の最期に失礼しました!!!
2010.04.04
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