零れる涙

「ボス、ただいま戻りました」
「あ、おかえり名前さん」


任務から帰還して、すぐさまボスである沢田綱吉の所に訪れた名前は、屈託なく笑って報告書を提出した。



しかし、ふとその笑みに違和感を覚えた綱吉は名前の顔を覗き込む。



「名前さん、なんか顔色悪い?」
「あぁ、多分疲れちゃったんだと思います」


こんなに元気です!と元気よく腕を振り回して言う名前に、苦笑した。


「今回の任務、危ないって骸に止められてたんだけど……大丈夫だった?」
「はい、それについては報告書に書いてあります」
「……そ、そうだよね。じゃあ、後で読んどくから名前さんは戻っても良いよ」


そう言われ、頭を下げて退室しようとした所にちょうど獄寺達と遭遇し、世間話に花を咲かせた。


「……名前?」
「あ、骸!」



獄寺達の脇をすり抜けて骸に抱き着くと、周りから散々茶化されるもみんな気を使ったのか、廊下に二人きりにされた。


「……ただいま、骸」
「名前……」


骸の胸板に顔を埋めるも肩を押されて、体を離された。
見上げた先には険しい顔をした骸の顔。


「……骸?」

首を傾げた時、廊下の向こうから走ってくる凪の姿を見つけた。


「名前……?」
「ただいま、凪」
「……」

ニコリと笑みを浮かべると困ったような顔をした凪は、黙っている骸と自分を交互に見つめる。


「骸さま……」
「凪、どうかし」
「名前、彼等を騙せても、僕達の目を騙す事は出来ませんよ」
「………」


思わずフッと笑みを浮かべた瞬間、気が抜けてじわりと服から血がにじみ、ポタポタと足を伝い落ちた。

すぐさま足元に血溜まりが出来、さすがの骸も驚きを隠せないようで、凪は口元を押さえて青ざめる。



「嫌、名前……っ」
「名前ッ!」

貧血のせいで目の前がチカチカして膝の力が抜けてよろけるが、力強い腕に抱き留められた。



「凪!お前はすぐに医療班を連れて来なさい!」
「は、……はいッ!」


今まで幻覚で塞いでいた傷が大きく口を開け、凪の足音が遠ざかると同時に、だんだん意識も薄れていく。


「どうして、こんな……っ」
「……むく、ろ」

(最期がこの人の腕の中なんて………)


嬉しさで口元を緩めたが、その頬に冷たいモノが降ってきて、名前は震える指でソレに触れた。


「……なみだ…?」

ぼやけた視線を必死に骸に合わせて彼を見上げると、そこには静かに涙を流す彼の姿。



「なか、ない…で」
「……っ無理ですよ。血が、止まらな」


ぎゅっと血に濡れた手で掻き抱かれ、彼の匂いを間近で嗅ぎ、胸が苦しくなった。


「嘘ですよね…こんなの、悪い冗談ですよね」
「……」


不謹慎ながらも、彼がこんなにも自分のために悲しんでくれるのが嬉しくて笑みが零れてしまう。

でも、こんなに愛しい人を残していくのが悲しくて、やっぱり切なくなった。


(全てが幻だったら、良かったのに…)




「ごめ、ん……ごめんね、むくろ…」
「……ッ」


忠告を、無視してごめんなさい。


言うことを聞いていれば、こんな事にはならなかったのかも知れない。



手を伸ばして骸の頬に触れると、そこにはやっぱり涙の筋が出来ていた。

そして、その胸元には自分のとおそろいの指輪がかかっていて余計に胸が締め付けられる。



これから、新たに始まる彼と歩む未来を全て無にしてしまったのだと思うと、悲しくて涙が溢れた。



更に抱きしめる力が強くなる中、名前は必死に言葉を吐く。



「む、く…ろ……」
「?」
「あ……い、して…る」
「ッ」


ごめんね、骸。

私は、貴方を手放せない。

だから、最期の最期まで貴方を縛るわ。






「ッ……僕も、君を愛してます……」


唇に当てられた温もり。

最期は笑おうと笑みを作った時、目尻から涙が伝い、拡がった血と混じり合う。


最期に見えた貴方の綺麗な瞳からも、真珠のような涙が幾つも零れ落ちていた。



2010.07.19


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