苗字名前が黒曜中に転入して来たのは、ほんの二週間前。
所が、あまり人に慣れない筈の犬達が苗字名前には心を開いたようで、お互いに名前で呼び合っているのに対し、何故、僕だけは『六道骸』とフルネームなのですか?
「苗字名前、苗字名前」
「……六道、骸?」
両手で大量の本を抱えながらこちらを振り返る苗字名前。 そのまま話をしようにも、彼女の手に抱えられたモノが気になり、自分からその半分以上を手に持った。
「ありがとう、助かるよ」 「いえ、これくらいたいした事は……」
そして、我に返ると彼女の笑みに酔っていた事に気づき、慌てて気を引き締める。
「前から、聞こうとしていたのですが……」 「なぁに?」 「どうして君は千種達は名前で呼ぶのに対して、僕だけはフルネームなんですか?」
途端、ピタリと隣を歩いていた苗字名前が足を止める。
「…ち、だって…」 「?」 「そっちだって、あたしの事フルネームで呼んでるじゃない」 「え……?」
ムスッとした彼女も可愛らしい……などではなくて。
「じゃあ、名前で呼んだら、君も僕を名前で呼んでくれるんですか?」 「……うん」
あっさりと言ってのけて再び歩きだし、立ち止まったままのこちらの横を通る。
「…………名前?」
恐る恐る声をかけると、バッと振り返る名前。 まずい事をしてしまったのでは?と思ったが、その瞬間突然大輪の花が咲くように笑みを漏らす名前。
「うん、骸」
爆弾を落としていった相手は鼻歌を歌いながら足早にいなくなってしまう。 骸は、思わず落としてしまったモノを眺め、そのままその場に座り込んだ。
………やはり、君には敵わない。
その口元には微かに笑みをたたえながら。
2010.05.19
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