ライン

きっと気づかないね



愛嬌のある笑顔が印象的だった。
互いに趣味があって、何かと好きなことを語り合う友達。
世間知らずなのが玉に傷だけど、一緒に居て気まずくなることの少ない心地の良い相手だった。


「ねぇ、退屈は人を殺すと言うけどどう思う?」

久しぶりに会って、駄弁って、少し会話が途切れたところでそう持ち出された。
よく聞く言葉だ。
だけど改めて意味を考えてみるとなんとなく説明ができない。
退屈は死ぬくらい苦痛?
なんか大袈裟だ。

「まあ、ぼくだって意味を考えたことないけどね。それに退屈の基準なんて人によって度合いが違うしさ。
でもさ、案外すぐに暇だって騒ぐ人ほど人生を謳歌してるよね」

確かに。
うるさいやつほど楽しいときにはどんだけってくらい満喫してるように見える。
ああ、もしかしたらこちらには分からないけど、すぐに暇を訴えるやつはそのテンションの差が激しすぎて死にそうになるのかも。

「成る程。ぼくらじゃ分かんないね。そりゃ盛り上がりはするけどさ、かといって強すぎる刺激は要らないもん。というかまずそこまでの行動力がないんだよな」

思わず頷いてしまう。
同じ人間なのに、なぜ賑やかな人は次から次へと新しいことを始められるのか。
エネルギーが有り余っているなら少し分けてほしい。

「その言い方なんか老けてる」

うるせぇ。

「ごめんごめん。まあ、言葉の意味なんて辞書を引けばすぐ分かることだよね。
そういう事を言いたいんじゃなくて、ちょっと思うことがあってさ。聞いてくれる?」

二人きりで了承をとる意味もそこまでないが、そこはちゃんと返事をする。
たまに小難しいというか、よく分からないことを話し出すことがあって、大抵はそういうこともあるねで終わる。
愚痴に似てると思えばいい。
ただ同意が欲しかったり、吐き出したいだけのもの。
誰だって身に覚えがある、そんな程度のもの。

「あのね。長くなったらごめんね。
ふと思ったんだ。退屈は人を殺さないって。
それは一時的なもので、時にはかなり苦痛だけど、過ぎちゃうと忘れるようなものだから。
あんまり続くと辛いかもね。でも、ちょっとやそっとの事じゃ気晴らしでもすれば消えちゃうもの。
でもね、ぼく思ったんだ。
退屈は人を殺さないけど、その先にあるものはなりうるんじゃないかって。
ううん。なれる。
すごく殺傷性の高くて、怖いもの。
例えば、一秒前の楽しさが退屈を生み出すなら、それだけ楽しかったって証に退屈がなれる。意味がある。
だけど、消えてしまったら?
一秒前の楽しさがふっと消えてしまったら、どうやって忘れた楽しさを表せばいいんだろう。
そもそも、それは本当に楽しかったものなのかな?
楽しかった筈なのにと思うのも不思議なくらい、疑問に変わってしまうくらい思い出せなくなったら?
それはどんな気持ちなんだろう。

ふとね、蓋を開けたみたいにいきなり溢れてくるものがあるんだ。
それは多分、周りには見えなくて自分には…ううん。もしかしたら自分にも見えなかったりするのかも。
無気力と言えばいいのかな。
疲れた後でもないのに、やることは少なくとも一つはあるんだよ。
だけど動けないんだ。
ううん、体は動いてる。多分、心が動かなくなる。
何も感じないんだ。楽しいはずのことも、下手すれば痛いことや不快なことにだって。
それが分からなくなるんだ。
なにか考え込むように気を取られてる訳じゃないのに集中できなくて、そのくせちゃんと返事はできる。
目を開けてるのに、何も見えてないみたい。
覚えてる感覚が偽物になる。

退屈じゃあないんだよ。
一秒前まで楽しくて仕方がない、宝物みたいな時間なんだ。
でも、そこになにもなくなっちゃうんだ。
そうしてポツリと思うことがある。
どうして息をしてるのかって。
そんなの必要ないじゃないって。そうして無性に悲しくなって、生きてるんだなって実感するんだ。
ごめんなさいって言いたくなるんだ。
惨めで、悔しくて、甘ったれになる、でもそうやって感じるのがなぜか嬉しいんだよ。


ねぇ、退屈は人を殺さないと思わない?」

明るい声音をしていた。
愛嬌のある見慣れた笑顔を浮かべて、そう尋ねた二秒後には新しい話題を持ち出してきた。
なに食わない顔で、笑い話を振ってきて、声をあげて笑う。
それが理由もなく怖くて、いつもの調子に無理矢理戻すことにした。


それから二時間ぐらい話して、惜しみつつ次の約束もなく別れた。
一秒後に君は退屈を感じてくれたのか、知ることはできなかった。

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