ライン

夢を見ていた



夢を見ていた。

目を開けるとどこまでも真っ青な場所にいた。
そこからいきなり霧が晴れるみたいに色んな景色が現れる。

風が遊ぶ草原。
コンクリートに固められた地面。
色んな形の石でできた砂利道。

田んぼに挟まれた道の先に並んだ背の高い建物たちが。
柔らかな色のフローリングの先には風船が空を舞う遊園地が。
整えられて綺麗な石畳の先にはボロボロな遺跡が。

まるで映画館にいるみたいに様々な風景が浮かんでは消えて、また浮かぶ。
立ち止まってそれを眺めてた私は、ふと歩いたらどうなるだろうと思った。
一歩踏み出すと、目の前に広がってた砂漠がたちまち雪原になった。
進む度にコロコロ景色が変わる。
始めは楽しかったけど、その内目が疲れてしまって私はギュッと目を閉じて立ち止まった。

するとちょっと苦いような渋いような匂いがして、冷たい風を肌に感じた。

ぱっちりと目を開ける。

私の周りには少し薄暗い林が広がっていた。

木漏れ日は届くけど明るさより暗さが目立つ。
足下は苔むしていて、指先に力を入れるとふかふかとした柔らかさを感じた。

ゆっくりと、私は歩き出す。
時々風で木々がカサカサと音を立てるのが不気味だけど、それ以外は静かな場所だった。
私の足音もびっしり生えた苔でほとんど音が消える。
まるで忍者にでもなったと思えば、この暗がりもなんだか楽しい。
そう思い直した矢先、あるものを見つけた。

赤色。
暗い緑に暗い赤色の、鳥居。
恐る恐る近づけばその大きさに思わず見上げる。
私が十人重なっても通れるくらい高い。
柱も太くて、私が三人で手を繋いでもきっと囲えない。
そんな鳥居の柱に真っ直ぐ並ぶように木が立っている。
木のトンネルと言えばいいのか、鳥居から真っ直ぐその道は続いている。
一番奥は黒に塗り潰されていて見えない。
流石にこの鳥居を潜る勇気はなくて柱の周りをうろうろする。
鳥居から続いてる道の周りにも相変わらず疎らな林は広がっていて、そちらの方が明るくて歩きやすそうだ。
そっちに行こうと決めて、ふともう一度だけ真っ暗な道の先を見ると、いた。

小さな灯り。

ぼんやりと光ってゆらゆら動く。

ゆっくり、ゆっくりとこちらに、鳥居の方へ近づいてくる。
灯りに照らされたそれを見て、慌てて私は鳥居から離れた。
そして道の外側、木々の隙間から内側を伺う。

先頭で灯りを持つのは大人の男の人だった。
神社で見るような和服を着て、背筋を真っ直ぐにして静かに歩いている。
その後ろを同じ格好の別の二人が、更に後ろにまた灯りが見える。
でも後ろの灯りは人が持っていない。
屋根に釣り下がっているみたいだ。
屋根下にまた新しい人の頭が見える。
お祭りで見たことのある御神輿みたいだった。
私からは前を支える二人しか見えないけど、多分後ろにも似たような人がもう二人いるんじゃないだろうか。

こうして見ていたら何かお祭りの最中にも見えるけど、そこには一切の音がないから少し怖い。
近づいて、徐々に細かなところまで見えるようになった御神輿に目を凝らす。


「何者ぞ!」

突然の怒鳴り声に飛び上がって頭上を見上げる。
いつの間にか先頭を歩いていた人が木を挟んで私の目の前にいた。
近くで見るとすごく背の高い男の人は、顔にお面をつけていた。
額から角の生えた、睨んだ顔の鬼のお面。
あまりの怖さに震え上がった私は体を縮み込ませる。
男の人の手が私の方へ伸ばされる。
ギュッと目を瞑って体を小さくすると、突然、地面が揺れた。

耳がキーンとする。

「何だ今の音は!?」
「侵入者か!」
「急ぎ確認を!!」

目を開ければ、列を成していた人達が一斉にバタバタと鳥居の外へ走っていく。
その人たちの話で、やっと私はさっきのが物凄い音による揺れだと理解した。
私に手を伸ばしていた人も慌てて走り去ってしまう。

シンとなったこの場には私と、御神輿だけが残された。
チラと御神輿を見る。
私の体よりは小さいそれはよく見たらとても豪華な造りをしている。
灯りに照らされた赤色は鳥居よりも鮮やかで、ところどころに黒と金の飾りが付いていた。
すごいと思いながらじっと御神輿を観察する。


「お前、迷い子か?」

男の子の声。
キョロキョロと周りを見るけど私以外に人はいない。
もしかしてと御輿を見るけど、屋根の下の、部屋になってるだろう部分の障子は閉じられてるし、とても人が乗られるような大きさに見えない。
はて、と不思議に思いながらじっとしてるとまた同じ声がした。

「どうした?別に何も問題はないからこっちに近づいてこいよ」

今度ははっきりと御神輿から声が聞こえたのが分かった。
言われるままに、なんとか通れる木々の隙間から内側に入って御神輿に近づいた。
そっと手を伸ばして、ゆっくりと障子を開けてみる。

「…あはっ!」

思わず声が出てしまった。
だって、部屋の中からこちらを見ていたのは、
小さくて丸いハムスターだったから。

「…かわいい」
「それはおれの事か?無礼者ぉ!おれはかわいいと言われる年じゃないぞ!」
「えへへ…プンプンしてるのもかわいい」

指を近づけると怒った様子なのに鼻をひくひくさせて顔を近づけてきた。
それがまた可愛くて両手を受け皿のようにして差し出してみる。
するとハムスターくんはあっさりと手の中に収まってくれた。
手を引いて顔を近づければくりくりの丸い目がキラキラしているのが分かる。

「お前…さっきまでアイツらにビビってたくせに臆せず近づいてくるな…」
「だって君は怖くないよ?」
「ムキーッ!遠回しにまでかわいいって言うんじゃねぇ!」

ふわふわの体をプルプル震わせてハムスターくんは怒ってるらしい。
でもそれも可愛くて、そっと右手で額を撫でてみた。
ハムスターくんがキュッと目を閉じる。
サラサラな毛を何度も撫でれば小さな鼻とおヒゲがピクピク動いて可愛い。
徐々に額から頭へ、最終的に手のひら全体で体を包むように撫でる。
そうすれば狭いだろう左手の中でハムスターくんは仰向けになって、私は遠慮なくお腹を撫でる。

「お前いい加減にしろよ!」

そう怒鳴ってハムスターくんが私の指を全部の足でギュッと掴んだ。
小さくてツルッとした足がもみもみしてきて、とても可愛い。
もっと撫でたいけどハムスターくんの声が相当怖くなってきたのでやめることにする。

「ねぇハムスターくん」
「おれはハムスターじゃねぇよ!」
「じゃあ…ネズミくん、どうして君はここにきたの?」
「そういう意味じゃ…あー…止めた。こんな不毛な言い争いはない…。
というかなぁ、それはこっちの台詞だぞ迷い子!お前こそ何を勝手に人の領域に入ってるんだ」

ぷりぷりと話すハムスター…もといネズミくんの言葉に私は首を傾げる。
だってここは、私の夢の筈なのに。
更に問いかけようと口を開く。


瞬間、世界が歪んだ。

そう感じてしまうほど重くて、固くて、勢いのある衝撃が頭の上の方からした。
空気に押し潰されるような錯覚。
驚いて胸の中の心臓がバクバクと音を鳴らす。

「乱暴者め…挨拶もなしに木っ端微塵にでもと思ったか」

ネズミくんが手の中で鼻をひくひくさせる。
そのキラキラした瞳は私を、私の頭より上の方を見ていた。
釣られてそっと顔を上げてみる。

真っ黒でギラギラと輝く玉が二つ見えた。
小さな悲鳴が勝手に喉を通る。
赤と黒が混じったような色をした大人の男の人より更に大きい、気持ち悪い何かが空中に立っていた。
人の形はしてるけど服のようなものはなく、肌だろう全身に血管だろう太い糸が網のように浮かんでいる。

「うん?流石にアレは怖いか?そこは普通の反応をするのか、変わってるなぁお前」

どこかのんきなネズミくんの声が響く。
それに合わせて何かは丸太のように太い腕を振り上げて、思いきり降り下ろす。
ボーリング玉のような拳が鈍い音を立てて何もないところを叩いた。
何かが立っているところもそうだけど、どうやら私や御神輿の回りに見えない壁があるようで、大きな拳が何度も何度も空気を叩く。

「オイオイ、どれだけ馬鹿力なんだ。へこみだしたじゃないか…全く、四層も五層も作るのは楽じゃないんだぞ?」

そう言ってネズミくんが小さな前足で顔を擦る。
どうも目の前で起きてる異常と手の中のネズミくんの行動が噛み合わない。
どちらを見れば良いのか分からなくて、逃げるように目を瞑る。

そうすれば、あれだけ喧しく鳴り響いていた轟音が止んだ。

いなくなった。
そう確信してゆっくり目を開く。


だけど目の前には依然、小さなネズミくんと不気味な何かがいる。
ただ、何かは腕を振り上げたまま制止していた。

時間が止まったのかと思ったが、よく見たら何かの傍らに新しい誰かが二人増えていた。
何かを挟むように立って、その動きを止めているらしい。

「遅いぞ」

ネズミくんの一声に二人の体が動く。
さっきまで御神輿を担いでいた人たちとよく似た着物の人が話す。

「我が君、ご無事のようで…」

それに続いて、同じ衣装だけど少し体の細いもう一人が話す。

「貴方様を一人にしたお馬鹿さん達を叱っていたのですよ主君」

一人は岩みたいな重い声で、一人は羽のような軽い声でそれぞれネズミくんに答える。

「はぁ…やれやれ…奔放なのも大概にしてくれ…。
取り敢えず、その目障りなのを片付けろ」
「御意」「了解」

微塵の緊張感もないやり取りを経て、後から来た二人が動いた。
そうすれば、まるで最初から何もなかったみたいに巨体がパッと消え失せる。
そして見えない壁も無くなったようで、浮いているように立っていた二人が私とネズミくんの傍に降り立った。
大きな体の二人は、さっきの人達みたいに鬼のお面をつけている。

「おやおやぁ?主君、その子どもはなんです?」

屈んで体を近づけてくる一人が怖くて後退る。

「迷い子だろう。ただ、どうも変なやつなんだ」

どうしてさっきから怖いものばかり見てるんだろう。

「……如何なさるので」

嫌だ嫌だ嫌だ。夢はもっと楽しくなきゃ嫌だ。

「無粋なことを聞くな君は、主君の事だ情けをかけて元の場所に戻す心積もりだろう」

別の楽しい場所へ、そう目を瞑ればきっと行ける。
私はギュッと目を閉じた。


「それは無理だ」

静かな声が木々の間に響いた。

「こいつの体にはもう帰る為の繋がりがどこにもない。
この迷い子は、もう現世(うつしよ)には帰れない」


目を開いた。

小さくてくりっとした綺麗な瞳が真っ直ぐに私を見ていた。



+++
一時間くらいで見た夢に色々付け足してみました。
大まかな流れは夢で見た通り。
冒頭の部分は見ていて本当に楽しかった。

続ける気はないですが私といってる子が“言子(ことこ)”、ハムスターことネズミくんが“連珠(れんじゅ)”というお名前でした。

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